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第三十五話 フレイム帝国建国記・後編

ええ、ええ。三部作って言ったよね、先週。でも、四部作だよ、コンチクショー!

巧くまとめられねぇー……

8月10日


先日、皇帝から使者が来た。難しい言葉がずらずら書かれていたが、要約すると『荒れてたフレイムを良く治めたな。忠誠誓うんなら領地の統治権と爵位やるよ?』という事らしい。日本で由緒正しい平民である高津家の長男坊として生まれた俺が爵位って……しかも、侯爵って。結構上の方だったよな、侯爵。

柄にもなくちょっと興奮したけど、次の文章を見て首を傾げた。




『忠誠の証として、名高き『フレイムの三美姫』を我が妃として差し出せ』だって。





……なあ。フレイムの三美姫って、誰?





8月11日


フレイア、ユメリア、アレイアの三人が仲良く俺の所に来た。皇帝に嫁ぐって。


……は?


きょっとんとする俺に、皇帝からの書状に書いてあったでしょ! ってフレイアがキレる。い、いや、皇帝からのお手紙には別にそんな事は一言も書いて無かったんだが!


『フレイムの三美姫を差し出せって書いてあったんでしょ!』


……。

………。

…………は?

フレイムの三美姫って、お前らの事!? いや、だって一人は暴力娘、一人は守銭奴、一人はコミュ力ゼロの自意識過剰なヒキ娘だぞ! お前らの何処が三『美姫』何だよ! 『三』しかあってねーぞ! 問い詰めたい! 皇帝を小一時間問い詰めたい!



――オッケー、会話をしよう。俺達には言語という素敵な文明がある。その振り被った剣をゆっくり降ろせ……俺の頭にじゃねーよ!!



…………フレイアから詳しく話を聞いた。何でも巷でフレイアは『剣姫』、ユメリアは『商姫』、アレイアは『学姫』と呼ばれてるらしい。


えっと、つまり……皇帝はお前らを『嫁』に迎えたいって、そう言う事か? え? でも、皇帝って結構イイ年だよな? しかも酒池肉林を地で行く様な、トンデモ無いエロジジイ何だよな? 


『側室として召し上げたいって……そう言う事だと思うわ。美しいのも罪ね』


なんて、何時も通りクソ面白くもねえ冗談をアレイアが言いやがった。


……は?


『皇帝陛下の命は絶対。逆らったら、きっとフレイムに軍を差し向けられる。そんな事、絶対許せない。だから……陛下の下に、嫁ぐわ』


…………は?


『短い様で長い付き合いだったけど……マコト、貴方のお陰で随分楽しく過ごせたわ。お金も稼がせて貰ったしね。ありがと!』


……。

………。

…………ふざけんな!!!!


『ま、マコト? 落ち着いて!』じゃねえよ! 落ち着けるか! アレか? その皇帝とかいうエロジジイは、ちょっとつまみ食い程度にお前らに手出そうとしてやがんのか? ふざけんな!! そんなん絶対認められっか! 大体、お前らもお前らだ! 何簡単に皇帝の所に行くなんて言ってやがんだよ! 行きたいのか! なに? 『行きたい訳ない!』って? じゃあ行くなよ! 何が『そう言う訳にはいかないのよ!』だ!! 行きたくないんだろう? 違うのかよ!!!



『いぎだいわげない……まごどと……ずっど、いっじょにいだい……』って……



いいか? 泣くほどイヤなら最初からそう言え! 皇帝? 国? ハッ、知るか! 俺はNTR物に理解は示してやるが、されるのは好みじゃねえんだよ!!


8月14日


クソ皇帝への返信を書いた。『ふざけんな、エロジジイ! 寝言は寝て言え、ボケが!』って書きたかったが、フレイアに全力で止められた。今更取り繕っても断るのは一緒なんだから書きたいモノを書きたかったんだが……まあ、敢えて恨みをかう必要はあるまい。丁寧にお断りの文言を入れて、使者に持たせてやって城門から追い出して塩を撒いていると、ユメリアが『やっちゃったね~』なんてヤケに嬉しそうに、『ま、これで名実ともに私達は『マコト』のモノになっちゃったけど!』なんて言ってきやがった。


……へ?


『だって、マコト、陛下から私達の所有権の譲渡を求められて断ったじゃん。それってつまり、私達はマコトの『所有物』って事でしょ?』って……え? これって、そうなるの?

『当たり前じゃん。あーあ。『フレイムの三美姫は客将であって、自分に所有権は無い。だから差し出す事は出来ない』って選択肢もあったのにね~』って……


ええーーーー! あんの? そんな裏技! あるんだったら教えろよ! 『本当、女心の分かんない奴ね』って、何で溜息つくんだよ! 


『ま、私は男になんて頼らなくても一人で十分生きていけるし、そもそも『あの女は俺のモノだ!』なんて言う奴は死ねば良いのに! って思ってるけど……言われるのはともかく、自分で『誰かのモノ』って思うのは悪くないモノなのよ?』


意味が分かんねえよ! だからそれが何処に関係する――何で溜息何だよ! あからさまに『やれやれ』って首を振るな!


9月4日


皇帝から返信が来た。文面では良く分からんが、えらい剣幕で怒っているらしい。軍勢を差し向けて来るらしいから対策を練らなきゃ。


◆◇◆◇◆◇


「あ、あの~……コータさん?」

「……え? あ、ああ、すいません。どうされましたか、アリアさん」

 本に眼を通していた頭上にかかる声に、浩太が顔を上げるとそこには遠慮がちに……それでも、期待に眼をキラキラ輝かせたアリアの姿があった。


 ……ちなみに興奮し過ぎで鼻血を噴出するという失態を犯したシオンは今、王立学術院の医務室送りとなっている。止まらない程興奮するってどうなんですが? とも浩太は思ったが『……姉様ですから』という、アリアの諦めた様な姿に思考を停止させた。


「そ、その……ど、どんな感じかな~、って」

 申し訳なそうに、それでいて興味深そうに眼を向けるアリアのその姿に思わず浩太も苦笑。

「興味、ありますか?」

「そ、それは……はい」

 姉のあんな姿を見た後だからか、恥ずかしそうに俯きながらそれでもコクリと首を縦に振るアリア。なるほど、姉妹である。

「今はアレックスが皇帝からフレイア達を差し出せ、と言われて断るとこ――」

「ソコですか!」

 浩太の言葉に被せる様、アリアがぐいっと身を乗り出して興奮したように鼻先を近づける。デジャブだ。

「近いですよ!」

「アレックスが『三美姫』を差し出せと言われながらも断る、建帝紀でも書かれる名シーンですね! 私、そこが一番好きなんですよ!」

「だから近いですって! ああ、もう! やっぱり貴方達は姉妹ですね!」

 言動がそっくりである。

「……ああ……圧倒的多数の軍勢に攻められる事が分かっていながら、それでもフレイア、ユメリア、アレイアという自らの愛する人を守るため、自ら死地に飛び込むアレックス帝……素敵です」

「えっと……アリアさん?」

 少し……否、大きな違和感を覚え、それを指摘しようと浩太が口を開きかけ、

「――圧倒的な逆境の中でもフレイム領を守り抜き、ついには悪逆非道な皇帝を打ち破り、千年と連綿と続くフレイムの基礎を作り上げる……その裏には、『愛』の力があった……素敵です……素敵過ぎます! そう思いませんか、コータさん!」

 有無を言わさぬ、マシンガントーク。重ね重ね、人の話を聞かない姉妹である。

「……コータさん? どうしたのですか、微妙な顔をして」

 不思議そうにこくん、と小首を傾げるアリアに溜息一つ。

「いえ……もう、読まなくても良いかなって」

「え、ええーーーー! な、何でですか! そこから! そこからが良い所なのに!」

 喰ってかかるアリアに、溜息をもう一つ、重ねて。

「……だって、内容分かってしまったんですもの」

「…………へ?」

「ネタバレですよ、アリアさん」


 ……そう、ネタバレである。


「……」

 瞬間、アリアの顔がさーっと青くなる。

「も、申し訳ありません! お話の展開を今読んでいる人の前でペラペラ喋るなど、万死に値する大罪!」

「いえ、そこまでではありませんけど」

 人にも寄るのであろうが、読んでる本の内容を先回りして喋られれば怒る人は居るだろう。

「いいえ! 私も昔、お姉様からお借りした推理小説に『コイツが犯人』と書いてあり激しく失望した記憶があります! コータさんの気持ちは良く分かります!」

「……何してるんですか、シオンさん」

 まあ、やりそうではあるが。

「人にやられてイヤな事はやるなという戒めを自らに課していた私がこんな失態を……すみません! 本当にすみません!」

「ああ、いえ。その、そこまで謝られると……」

「……昔からこうなんです、私。こう、いつも大事な所でドジで……迷惑をかけたり、恥ずかしい思いも沢山してきました」

 浩太の脳裏に『くまさん』が浮かび、アリアの言っている事を違和感なく理解した。たまにいる、『肝心な所でドジを踏む』タイプなのだろう。

「い、言い訳をするつもりはありませんが、推理小説ではありませんので展開が分かっても十分楽しめます! こう、恋愛模様で!」

 そう言って、再びうっとりと妄想世界にトリップするアリア。本日……既に何度目になるか、深い深い溜息を浩太はついた。

「……そう言うのを、私の国では恋に恋する、と言いますよ? まあ、別段否定はしませんが」

『女の子は幾つになってもお姫様』という言葉がある。幾つになっても夢を見られるのは女性の特権だ。

「こ、恋に恋している訳じゃありません! その、い、何時か私にも、こう、す、素敵な王子様とかが現れて……」

 真っ赤に染めた頬に両手を当てていやんいやんと首を捻る少女。非常に微笑ましいその姿は、浩太の父性を非常に刺激した。

「そうですね。何時かアリアさんにも素敵な男性が現れますよ」

 頭を撫でながら、優しく微笑む浩太。頭を撫でる行為についてはエリカ、エミリで定評がある浩太だ。最初はムズがりながら、それでも心持嬉しそうに微笑むアリア。

「な、何だかお父様に撫でられている気分です」

「おや? 私にはこんな大きな子供はいませんよ?」

「ふぇ? ……ち、ちがいます! そ、そう言う訳じゃありません!」

「そんなに私は老け顔でしょうか? ちょっとショックです」

「そ、そう言うつもりじゃないんです! そ、その! こ、コータさんは凄く落ち着いているから……な、なんとなく……その……はい」

 まあ、若年寄と言われていた浩太である。ある程度、その評価は間違いでも無いのであろうが。

「ほ、本当にすみません。お父さん、じゃなくお兄ちゃん、でした」

「……それはちょっと」

 浩太には『お兄ちゃん』と呼ばれて喜ぶ趣味は無い。この姉妹は浩太を殺しにかかっているのだろうか。主に、社会的な意味で。

「だ、大体、失礼な話でした。十歳程上の人を捕まえて『お父さん』は無いですよね?」

 先程とは違う意味で頬を朱に染め、上目遣いで浩太を見やるアリア。その顔に、思わず浩太の頬も緩みかけ――


 ――その頬が、引き攣る。


「……え?」

「な、何ですか?」

「今、少し聞き間違いがあったかと思うのですが……十歳程上?」

「え? わ、私、また間違えました? お姉様と同年齢ぐらいだと思っていたんですが……」

「……女性にこういう事を聞くのはアレですが……シオンさんはお幾つですか?」

「に、二十六歳です」

「同い年ですね。って……え?」

「え?」

「……その……重ねて失礼なのですが……アリアさん、おいくつですか?」

 浩太の質問に、アリアはきょとんと首を傾げ。



「十七歳、ですけど? 陛下と同年齢で、御学友も務めさせて頂きました!」



「じゅ、十七歳? え? 十一歳とか十二歳じゃなくて?」

 少しだけ目を見張ってアリアを……不躾とは承知で、上から下までじっくり眺める。リズと同年齢というよりはソニアより少し上がしっくりくる、低い身長と突起物に乏しいシャープなそのボディ。日本であれば女子高生に当たる、お洒落に一番敏感な年頃であろう彼女が身に纏うのは野暮ったい白衣であり、その白衣の下には例の『くまさん』柄の下着を装着されている筈で在り、まあ有体に言って――

「ど、どうせ私は発育不良ですよ!」

「そ、そう言う意味では!」

「いいんです。いいんですよ。みんな、みんなそう言うんです……ふふふ。こんな私が恋だの愛だの、白馬の王子様だの、とんだお笑い草ですよね? ええ、ええ……いいんですよ……」

 暗黒面に落ち、床にのの字を書きだすアリア。その姿を困った様に……それでいて、呆れた様に見つめ、浩太は溜息一つ。溜息をつくと幸せが逃げると言うが、今日一日で浩太の幸せも随分逃げて行った事だろう。まあ、溜息程度で逃げる様な幸せはそもそも幸せかどうか、微妙な所ではあるが。

「……なんでしょう。あれです、まだまだ成長の余地が――」

「……あると、思いますか?」

「……」

「本当に、あると、思いますか?」

「……」

「……」

「その……あると思いますよ…………需要は」

 来年は、合法ロリである。

「そんな局地的な需要は要らないんですよぉ! 普通! 普通で良いんです! 大体、何ですか! お姉ちゃんはあんなボン・キュ・ボンで煙草なんて吸って格好いいのに! ちゃんと血を分けた姉妹何ですよ、私達は! お父さんとお母さん、年の差姉妹良く頑張った!」

「何ですか、『良く頑張った!』って!」

 色々と残念な感じに……主に『シオン化』するアリアに、浩太の絶叫が響く。なんだ、これ。

「お、落ち着いて下さい」

「ふー……ふー……」

 面倒くさい。非常に、面倒くさい。

「わ、わかりました! 続き! 私は続きを読みますから――」

「ふかーー!」

「ああ、もう! ハウス!」


 ようやくアリアが落ち着くまで三十分程時間を有したという。


◆◇◆◇◆◇


7月14日


フレイアやユメリア、アレイア何かは『そんな事ない、マコトのお陰で此処まで来れたよ』なんて言ってくれるけど、実際問題俺は何にもしてねえ。それは、誰よりも俺が分かってるんだよ。


部隊を指揮し、たび重なる戦場で実際に傷つけ、傷ついて来たのはフレイア。


決して楽では無い筈の財政を切り盛りし、どうにかこうにか戦える様にしてくれたのはユメリア。


戦場で必要な武器とか兵器を発明し、陰ながらこの『戦争』を支えてくれたのはアレイア。




……最後ぐらい、俺が決めたかったんだよ。




『皇帝、なにするものぞ!』って、息まいて見ても、皇帝はやっぱり『絶対者』なんだよな。いざ、皇帝を殺そうとした時のフレイアの殆ど血の気の失せた真っ青の顔、見てられなかったからな。意識の奥底、殆ど刷り込み見たいな感じで、皇帝は『傷つけてはならない』存在何だよ。まあ、別に珍しい話じゃねえ。簒奪者ってのは何時の時代も、どんな場所でも嫌われるもんだし。



……だから『これ』は俺の仕事だって、そう思う。この世界の人間じゃ無い俺なら、この世界の『絶対者』を倒せる。力とか、魔法とか、そう言うんじゃねえ、もっと根本的な、『刷り込まれて無い』俺なら。俺の召喚された意味なんて、多分これしかない。




異世界トリップから七年目。今日、俺は生まれて初めて人を殺して……チタン帝国を、崩壊させた。




ただ、それだけの話だ。




8月19日


チタン帝国崩壊から一カ月。大陸の各地ではまだまだ暴動や蜂起、或いは大陸各地の領主達が独立を宣言している。『皇帝』って重しが取れ、しかも暫定的とは言え、トップについてる奴が何処の馬の骨か分かんねえようなこんな状況じゃそりゃこうなるよな。あーあ、鬱だ。


8月22日


ユメリアが、チタン帝国の第三皇位継承者である皇女を連れて来た。第一、第二の皇位継承者が死んでる今、この皇女様がチタン帝国の事実上の後継者になるらしい。んでもって、この皇女様と結婚しろ、と。



……ちょっと何言ってるか分かんないです。



8月23日


アレイアが来た。『皇女をチタン帝国の皇帝に据える。その配偶者である貴方を共同統治者に指名した後、皇女は退位。皇位を禅譲させるわ』との事。その為に『仮』の婚儀を結べ、との事らしい。ちなみに皇女は既婚者であり、この婚儀の為に旦那さんと離婚する事も承知済みとか。流石に皇帝になる為だけに女性を不幸にするのはどうか、そもそも結婚はお互いが好き同士でするものだと反論したが、『夢見がちな女の子か! 五十歳を越えた、孫まで居るおばあちゃんに何遠慮してんのよ。形だけよ、形だけ』との有り難いお返事が来た。そういう問題じゃないと思います。



8月25日


皇女様――エレノア様と初体面を果たした。年上だからとか、女性だからではなく、何と言うか『皇族』って感じのオーラのある、『様』付けが似合う人だった。品があるというか、何と言うか。欲望の塊みたいな皇帝と血が繋がっているとはとても思えん。


エレノア様は開口一番、俺に頭を下げた。驚く俺に、エレノア様は自らの父が横暴の限りを尽くした皇帝であった事、本来であれば自分達が皇帝を討つべきであったのに、それを赤の他人である俺にさせてしまった事を詫びた。


『前途ある貴方の様な若者の手を、血で汚させてしまった事に深いお詫びと……そして、感謝を』だって。




……ちょっとだけ、涙が出た。




8月27日


俺とエレノア様の婚儀はつつがなく終了した。普通、皇族の結婚と言えば一年以上前から準備をかけて行うのが通例であるが、今回は仮もイイトコの婚儀。加えて、下手に準備に時間をかけるとあっちこっちから文句が出る事は必至。電撃結婚で既成事実を作ってしまおうという作戦らしい。婚儀の終了後、エレノア様に何か希望は無いかを聞いてみた。可能な限り、叶えさせて頂く事を付け加えて。


『そうですね……それでは、離縁を。そして、私と、私を愛してくれる夫との復縁をお許し願えますか、『陛下』?』だってさ。勿論、オッケーしますた。


9月15日


皇女エレノアがチタン帝国皇帝に即位し、共同統治者として俺を指名。その後、エレノア帝は退位し、離縁。書類上の手続きだが、こうして俺はチタン帝国皇帝になった。『これで終わった訳じゃない。これからが大変だから』とはフレイアの弁。だよな……これからが大変だよな……


9月30日


予想以上に反響があった。色々問題はあるけど、一応『仮』に俺を皇帝として認めるって諸侯が封書を送って来た。良かった、と思っておく。



10月10日


体育の日。

今日、ウェストファリア公爵の所の公子が来た。公子って言っても年齢は俺と殆どかわらねえけど。開口一番、『ぜってーみとめねー!』だって。フレイアが『無礼な!』って怒りだしたら、慌てたウェストファリア公爵が諌めた上に平謝りしてたけど。


10月11日


『昨日は済まなかった』ってウェストファリアの公子、ヘンリーが詫びを入れに来た。キニスンナ、というと変な顔をして、変わった奴だなと言われた。そうか?


10月12日


ヘンリーが今日も来た。なに、お前暇なの? というと顔真っ赤にして『し、仕方ねえだろう! 俺は別に来たくないけど……お、オヤジが行けって言うから! 仕方なくだ、仕方なく!』だって。ツンデレ乙。


10月13日


『お前、良いよな……あんな可愛い奥さん三人もいて』とヘンリーさんがのたまう。誰の事かと聞くと、『フレイムの三美姫! お前の奥さんだろう!』との事。いや、別に奥さんじゃねえし。つうかヘンリーにもすげー美人な奥さんがいるんじゃなかったけ?


『ウチの嫁さんは可愛いし、気立ても良いんだけど……』


 ……何だよ、溜めを作るな。

『……ちょっと屋敷の侍女と話しただけで枕元で『ねえヘンリー様? ヘンリー様はエレナの事が一番好きですね? 好きですよね好きですよね好きですよね好きですよね好きですよね好きですよね……』ってずっと言い続けるんだぞ?』だって。



……ヤンデレ乙。愛が怖いわ。



と、待てよ? まさかヘンリー、フレイアとかユメリア、アレイアが側に居るの見て『ぜってーみとめねー!』とか言ったのか? はは、まさかね。



……まさか、だよね?



11月18日


ヒキ娘の才能を遺憾なく発揮して全力で研究室に閉じこもっていたアレイアが一カ月ぶりに部屋から出て来た。『マコトを、元居た世界に帰す機械を発明した』との事。すげーすげーと思っていたが、ついには異世界トリップ出来る機械を作りやがりましたよ、この子。『どうする? 元居た世界に帰りたいなら……その、帰してあげるけど』だって。


まあ、帰りたくねえって言ったら嘘になる。親父やお袋、友達も心配してるだろうし。でも、今更帰れねえだろう? この大陸はまだまだこれからだし、仮にも皇帝だし。



1月1日


明けましておめでとうございます。


区切りも良いので、『これからのチタン帝国の行く末を考える会議』を行う事にした。


まず、国号。何時までも『チタン帝国』ではあんまり宜しくないとの事。『皇室も変わった事だし、国号も代えよう』だって。すったもんだのあげく、『フレイム領主の国だから』という理由で国号はフレイム帝国に決定。


次に俺の名前。仮にも皇帝が家名なしの『アレクズ』では具合が悪いらしい。いや、アレ、クズの方が随分具合が悪い気がするが。こちらは『フレイム帝国の皇帝だし、フレイム家で』とすんなり……決まらなかった。『それだったらフレイアとマコトの帝国みたいじゃん!』とはユメリアの弁。そら、ユメリアやアレイアにも随分助けて貰ったし、不満なのも分かるけど……というと、すげー冷たい眼でアレイアに『そういう意味じゃないわよ、馬鹿』と言われた。


こちらもすったもんだの挙句、ミドルネームとしてユメリアの家名である『オーレン』とアレイアの家名である『フェルト』を入れる事にした。つまり、俺の名前は『アレクズ・オーレン・フェルト・フレイム』って事になるらしい。ミドルネーム持ちなんて、それなんて中二の星?


次に論功行賞。随分長い間放って置きっぱなしだったが、これが一番重要だってさ。『まさか皆、義憤に駆られて助けてくれたなんて思って無いわよね?』というユメリアさんの有り難いお言葉通り、ある程度の『見返り』は必要らしい。『特に、エレノア様と嫁ぎ先のソルバニア伯爵家には良い領地をあげてね? 今回の『建国』の一番の功労者なんだから』らしいけど、言われるまでも無い。良い所を見繕う事にする。


ウェストファリア公爵については難航した。帝国戦に遅参して来た事も去ることながら、ヘンリーの態度もお気に召さないらしい。『ヘンリー公子の態度は皇帝に対するモノではないわ。何時か絶対、火種になる』って、主に、フレイアが。流石にそれはヘンリーを過小評価しすぎで……同時に、過大評価し過ぎだと思う。アイツはさっぱりした良い奴だが、嫁さんの尻に敷かれるタイプだ。所領安堵が妥当だろう。


功労者と言えば、ユメリアやアレイアだってそうだ。二人にも領地と爵位を……と思ったらもの凄い勢いで反対された。曰く、『貴方は私達を追い出すの!』だって。いや、追い出すってアンタ……それでも一番の功労者が何にも無しじゃアレなんでユメリアとアレイアの欲しいモノを聞く事に。いや、『別に何にもいらない』じゃなくて! そこで『じゃあ、マコト』とかいう冗談もいらないから!


……結局、ユメリアとアレイアの論功行賞は持ち越しに。取りあえずユメリアには帝国の財務大臣を、アレイアには文部大臣でもして貰おう。ぴったりだろう、多分。


1月2日


昨日に引き続き、会議。

国教は高津教で決定。『アレクズ様を聖者に認定!』なんて言われてるらしいが、全力で拒否した。聖者って柄じゃないし。


後は、税金。現状の不安定な大陸情勢で税率を引き上げたりしたら、また暴動が起きるらしい。各領主には取りあえず国に対する税金は無しの方向に落ち着いた。ユメリア曰く、『アレイアの作った武器とかを売り捌いた貯えがあるから、領主から税金を貰わなくても大丈夫。それなら税金を無しにして人気を取った方が良い』だってさ。国を運営できる程溜めこむって何だよ、それ。



5月19日


異世界トリップしてから書き続きたこのキャンパスノートも、残す所後1ページになった。最後のページでコレを書くのは運命というか、何というか。



……俺、フレイアに告白された。告白というより、逆プロポーズだ。



『今まで、私を守ってくれてありがとう』


『俺は何にもしてない? ううん、貴方が助けてくれなかったら、私、ローラで死んでた』


『あれだけ邪険に当たっていたんですもの。私ならさっさっと見捨てるわ』


『でも……貴方はそんな私を助けてくれた。ご飯をくれた。住む所をくれた。働く場所も、働き方も教えてくれた。寂しさを癒してくれた。辛さを紛らわしてくれた。悲しさを半分に、喜びを倍にする、そんな素敵な魔法を教えてくれた』


『怒った事もあった。泣いた事もあった。ぼ、暴力だって振るったし、拗ねた事も、喧嘩だってした』


『それでも……貴方は、『しょうがねえな』って言いながら、優しくしてくれた』


『私なんて助けても、貴方には何の得も無いのに、それでも貴方は私を満たしてくれた。満たし続けてくれた』





『そんな優しい貴方が、私は大好きです。愛しています』





『何か貴方にお返ししたいって、そう思ったけど……私には何にも無いから』


『そ、その……め、迷惑かもしれないし、要らないって言われるかも知れないけど……わ、私が返せるモノは、わ、『私』しかないから』


『だから……お願い。マコト、私を貰って下さい』


『お、『お返し』って言ってる癖に、自分でも変な事言ってるって思うけど……その……』





『……私を、貴方の……アレクズ・オーレン・フェルト・フレイムじゃなく、世界で一番幸せな、唯の『マコトのお嫁さん』にして下さい』





頬真っ赤に染めて、そんな事を言ってくれた。返事は直ぐに要らないって言われたけど……まあ、アレだ。返事なんて決まってるよな? なんだかんだで、その……まあ、アレだよ、アレ! 取りあえず、『世界で一番幸せな旦那さん』にでもこう、なってみっか!




……あーやべ。皇帝になる時よりテンションあがってるわ、俺。





◆◇◆◇◆◇


「……ふう」

『アレックス書簡』を最後まで読み終わり、浩太はそっと本を閉じる。読書後の軽い疲労感から、浩太は目を揉み一息。

「……終わりましたか?」

「ええ。お待たせしました、アリアさん」

 先程の惨事で教訓を得たか、黙って浩太の読み終わるのを待っていたアリアに頷く。

「いえ……それで? どうでしたか?」

「そうですね……はい、非常に興味深かったですよ」

 閉じた本の表紙をそっとなぞり、手元の本を机の上に置き、すっかり温くなったお茶に一口、口をつける。

「ぬるい、ですね」

「あ! す、すみません! 直ぐ淹れ直しますね!」

 慌てた様にパタパタこちらに走りより、カップを手に取る。そこまでアリアが気を使う必要も無いのだが、ホスト役の使命感からか、手に取ったカップを持って先程と同じ様、パタパタ走る。

「アリアさん、こけないようにして下さいね」

「もう、コータさん! 私だって流石に何にも無い所でこけたきゃーーーー!」

「言わんこっちゃ無い!」

「だ、大丈夫! 大丈夫です! ギリギリ、こけてません!」

 開脚状態でプルプルしながら、それでもカップを落とす事の無かった自分に安堵するアリア。ゆっくりゆっくり開脚状態を戻し、ふうっと大きく溜息。

「……大丈夫です。うん、大丈夫です。そーっと行けば……」

 そう言って、ゆっくりゆっくり歩みを進めるアリアに苦笑を浮かべ、浩太は口を開いた。

「それで……アリアさん?」

「な、何ですか? 今、話しかけられると結構ピンチです!」

「普通に空のカップを持って歩いてるだけですよね! ……まあ、良いです。それで、アリアさん? アリアさんはアレックス書簡でどの部分が一番好きでした?」

「好きな所、ですか? そうですね~……やはり、最後の告白のシーンでしょうか? あの、フレイアの告白には胸があつ――」


 言いかけて、自分の失言に気付いたのか。


「……ああ、やっぱりそうですか」


 カップを持ったまま、アリアが浩太に振りかえる。


「……な、何の事ですか? そ、その……すみません。仰ってる意味が――」


 カップを持つ手が、震えている。落とさなければ良いのに、と場違いな想いを思いながら。



「アリアさん……貴方、『理解でき』るんですね?」



 古オルケナ語……否。



「『日本語』を」




 目を見開いたアリアの手からカップが滑り落ち、音を立てて砕けた。




ちなみに『転生者』とかではありません。

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