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第百話 聖女と陛下と商人の受難 前編

第百話です。百話ですが別段記念すべき話の展開になったりしません。普通通りです。でも、区切り! 今後とも宜しくお願いします。

「……ふーん。本当に彼女がおるんじゃな」


 ロンド・デ・テラ、商業区。商店が立ち並ぶ一角にあるオープンカフェ――と言う程、洒落てはいない、そんな露天商の店のテーブルでウェストリア姫殿下マリーを目の前にして変装済みのカルロス一世と綾乃、それに。

「い、いや~、そうなんですわ、マリー様! ホラ、このウチのヘイカ、もう既に『イイ仲』の恋人がおるんですわ。そういう訳でホンマすんませんけど、今回はヘイカとのデート、勘弁してやって貰えへんでしょうか?」

 マリアが座っていた。そんなマリアをジト目で見やり、マリーは口を開く。

「まあ、それはえんじゃけど……なんでアンタがおるんじゃ? 確か……マリア、じゃったか?」

「へ、へえ! ウチ……やなくて、わたくし、生まれも育ちもカト、カト川で産湯を使った生粋のカト商人、マリア・サーチともうし――」

「長い」

「――長いですよね! ええ、ホンマ! 自分でもそう思っとったんですよ! ええ、ええ、流石マリー様! いよ! オルケナ一の美少女ひめ――」

「長い」

「――ですね! ええ、分かっていました! は、話は変わりますけど、マリー様? 『マリア』と『マリー』って、ちょっと似てへんです? いや~、なんかウチ、マリー様にごっつい親近感湧くな~って、思うて――」

「五月蠅い」

「――黙ります。マリア、貝になります」

 両手の人差し指を使って、お口の前でバッテン。そんなマリアの仕草を見つめて納得いったか、マリーはカルロス一世に視線を向けた。

「脇道に逸れたけど……まあ、あれじゃな? おじさん、きちんとした彼女が居るにも関わらずウチにコナ掛けて来た、言う事かいの?」

「い、いや~、別にコナ掛けたわけやあらへんねん! こう、何やろ? 商売上の、セールストークちゅうか!」

「……へえ。ほんじゃなにか? ウチの事が別嬪じゃなんじゃ言うとったんは全部嘘なんかいの?」

「そ、そうやあらへん! 確かにマリー……様は別嬪やと思います! せやけどな? こう……」

「もうええ」

 しどろもどろ。反論して見せるカルロス一世をばっさりと斬って捨て、マリーは視線を綾乃に向けた。

「……えっと」

 ソニアも十分『綺麗な』子だが、マリーも負けず劣らず綺麗。自身の容姿が著しく劣る事に小さな劣等感を覚えながら、にこやか、という割にはぎこちなく綾乃が笑んで見せる。

「……何でしょうか、マリー様?」

「なあ、お姉さん? アンタ、ホンマにええんか? このおじさん、絶対浮気者じゃで? 何時か『泣き』を見る事になると思うんじゃけど?」

「いや、本当におっしゃ――」

 思わず素で返し掛けた綾乃の足に、激痛が走る。口をパクパクと開閉させながら、涙目で隣の、未だに口の前でバッテン継続中のマリアと目があった。

「……『おっしゃ』? その続きはなんじゃ?」

「い、いえ。仰る通りなのですが、それでも私はヘイカを愛していますと、そう言おうとしただけですわ?」

「……涙目なんじゃけど、どうしたんな?」

「そ、それは……そう! つ、つい! マリー様にヘイカを奪い取られる想像をしてしまいまして、悲しくなってしまったのですわ!」

 華麗とは言い難いハンドリング。それでも、ちらりと隣を窺った視線の先に、綾乃にだけ見える様に目配せをするマリアが映った事に少しだけ安堵の息を吐く。

「……厄日だ、今日」

 痛む足を机の下で小さく振って、誰にも聞こえない様に綾乃が小さく口の中で呟いて見せる。同情すべき点はあるも、元々悪いのはカルロス一世の顎を打ちぬいた自身である事をこってり忘れている辺り、綾乃も大概イイ性格をしている。

「ふーん。まあ、エエわ。心配せんでエエよ? ウチもそのおじさんをお姉さんから奪い取っちゃろうって思うとる訳じゃないけん」

「そ、それは良かったですわ」

 本当は熨斗を付けて送りつけたいが。勿論、キャンセル・クーリングオフは無しで。そうとも言えず、綾乃は曖昧な笑顔を浮かべた。

「そ、それではマリー様? 今日の所はコレで失礼させてもろうてもエエでしょうか? こう、ヘイカにも仕事を任せておりますし、そこそこ忙しいんですわ!」

 今までお口にバッテンを続けていたマリアが、『此処が勝負どころ!』とばかりに口を開く。会話の流れから、マリーが納得したと当たりを付けたマリアのフォローに、机の下でカルロス一世が『ぐっ』と拳を握り、そのまま口を開いた。

「そ、そうですわ! ほなマリー様? ほんまに色々ご迷惑をお掛けしました! ほな、この辺で失礼させて貰おうか? なあ、アヤノ!」

「え、ええ! そうですわね! 折角お逢いできたのに残念ですが、マリー様? わたくしども、この辺りで失礼させて貰いますわ!」

 カルロス一世&綾乃コンビによるフォローによるたたみかけ。一刻も早く立ち去ろうと、その意思を見せながら席を立ち。


「――まあ、待ちんさい」


 その行動を、紅茶を飲んだままのマリーに止められる。決して大きくは無い声、男尊女卑甚だしいウェストリアと言えど、流石は王族の貫録を見せつけるマリーに綾乃、マリアは動きを止め、自身も王族の、しかもトップで有る筈のカルロス一世に至っては『座れ』と言われる前に大人しく椅子に腰を降ろした。

「……よわ」

「……しゃーないやん。オンナには勝たれへんよ」

 コソコソと小さく話すカルロス一世と綾乃を見やり、マリーは手に持った紅茶のカップを机に置き、そのまま口を開いた。

「もう知ってると思うけど……ウチ、今度結婚するんよ」

「え、ええ。それは存じ上げておりますけど……」

 何を言いたいのか分からず、それでも無言は失礼と判断したマリアの言葉に小さく頷いて見せ、マリーは言葉を継ぐ。

「ウチの結婚はどう言い繕おうが政略結婚じゃ。年も二十以上離れた男を旦那様として立てんといけん。それも、逢った事も、話した事もない男をじゃ。どんな男かも、どんな人間かも分からん、そんな男をじゃ」

「……」

「同情の籠った視線じゃの?」

「……へ? い、いや、そういう訳やあらへんです!」

 王族の結婚の常とはいえ、逢った事も話した事もない男と結婚、しかも十四歳の少女が、だ。少しばかり視線に同情の色が籠った事を見破られたマリアが慌てて首を左右に振るも、マリーは別段責める風も無く肩を竦めて見せた。

「エエよ、別に。同情してくれるんじゃったら有難く受け取って置く。自分で言うのも何じゃけど、知りもせん男の所に嫁ぐんじゃ。『オンナ』としては同情に値するじゃろうしな」

「ウェストリアでも、ですか?」

「男尊女卑じゃけんって、感情まで失くした訳じゃないで? まあ、それでも仕方ない事じゃと割り切っとる所もある」

 ウチは『王女』じゃけんのと、そう言って一つ溜息。

「王族に産まれたのはウチの責任じゃない。別に、望んで王族に産んでくれと頼んだ訳でもない。ほいじゃけど、王族に産まれて、その特権を享受したのはウチじゃ。ほいじゃけん、別に政略結婚自体は仕方が無いとは思うとる。嫌で嫌で仕方が無いんは仕方がないけどの」

「……」

「……まあ、それはどうでもええんじゃ。ともかく、ウチは『愛』ちゅうもんを知らずに結婚するんじゃ。政略結婚、別に愛なんぞ無くても構わんのは構わんけど、ほいでも有れば有った方がエエと思わんかいの?」

「そ、それは……まあ」

「加えてウェストリアは男尊女卑の国じゃけ、『オンナ』から何かをする、と言う事は少ないんじゃ。男の背中に黙って付いて行くのが美徳とされる国じゃけんの。ほいでもローレントに嫁いだらそういう訳にも行かんじゃろ?」

「そ、それは……そうなんでしょうか? ちょっとウチには分からへんのですけど……」

「言い方を変えようかの。『もしかしたら』そうかも知れんじゃろ?」

「……確かに」

「背中に付いて行くだけじゃったらエエ。ほいでも、そうじゃ無かったら困るんじゃ。一般的な男女の仲が分からんウチじゃ。一体、どんな失敗をしでかすかわからんじゃろ?」

「……」

「もし、ウチがどえらい失敗をしてローレントに愛想を尽かされて離縁になってみいや。ウェストリアは国家の威信をかけてローレントと戦争をするじゃろうな。そうなったらマリア……いうたかの? 自分も困ると思わんか? まさか、戦争が何処までも儲かると思うとる訳じゃなかろう?」

「……まあ、はい」

「ほいじゃけん、そうならん為にも見せて欲しいんじゃ」

 そう言って、喋り過ぎて乾いた喉を潤す様に紅茶を一口。



「――そこの二人の『デート』を、の?」



 音も立てず、カップをソーサの上に置く。

「ま、マリー様? で、デートって……わ、私とヘイカのデートを、ですか?」

「そうじゃ」

「い、いや、そうじゃって……えっと……え?」

 慌てる様に視線をキョロキョロ、口をパクパクさせる綾乃。その姿を訝しげに見つめ。

「そんなにおかしな事を言うとるかいの、ウチ?」

 心底分からないと言った風に、マリーは首を傾げて見せる。

「今後の円滑な新婚生活を送る為にも、ウチは参考となるケースを見せて欲しい。お姉さんとおじさんもデートが出来る。お互いに、利益のある『お願い』じゃないかの? 『デート』ちゅうのは幸せな事なんじゃろ?」

 マリーの言葉に綾乃もぐっと言葉を詰まらす。確かに、デートは楽しく、心が躍るモノではある。相手が好きな男であれば、ではあるが。

「で、ですがマリー様? こう、私とヘイカみたいな……庶民のデートは参考にはならないかと愚考しますが!」

 綾乃、必死。此処に来るまではある程度覚悟はしていたが、実際に『じゃあ、デートしてみせて』と言われれば……まあ、イヤなモノはイヤである。なまじ『アレ? これ、このまま帰れるんじゃね?』とか思ったりしちゃったので余計にだ。

「確かに、ウチの結婚は王族同士の結婚、庶民のデートは参考にならんかも知れんけど……ほいじゃけど、見方によるじゃろ? 『愛した人』と二人で仲睦まじく歩く姿を見るだけでも、ウチに取っては十分じゃで?」

『愛した人と仲睦まじく』を見るのであれば、絶対に参考にならない。思わず喉奥から漏れそうになる声を必死に堪える綾乃。

「ほ、ほいでもマリー様! その……ヘイカに今日休んでもろうたら困るんですよ! こう……そう! ヘイカはウチでも優秀な商人ですし、売上も稼いでもらわなあかんのですよ!」

 言葉を詰まらす綾乃のフォローをマリアが買って出る。総力戦で臨む所存のマリアに、顎に手を置いて見せるマリー。

「なるほど。マリアの所の商会に迷惑を掛ける事になるんかいの」

「そ、そうです! せやから――」

「白金貨で五十枚、でどうかの?」

「――って、へ?」

「おじさんの仕事分、その商品をマリアの所から買おう、と言うとるんじゃ。ウチは王族じゃし、今は『マリッジ・バケーション』中じゃ。多少の融通は利くけん、払いは心配せんでもええよ? おじさんがどれだけ優秀な商人かしらんけど……ほいじゃけど、一日で白金貨五十枚分の働きをするんかいの?」

「そ、それは……」

 マリア、揺らぐ。一日で白金貨五十枚の売上が何もしなくても入って来るのだ。一日店を閉めても、お釣りが来る売上ではある。

「……そ、そういう問題やないんです、マリー様」

 が、耐える。その姿にほっと息を吐き、綾乃は頬を緩めかけて。


「ほいじゃあ、白金貨で百枚でどうじゃろうか?」


「今日は休みや、ヘイカ!」

 マリア城、陥落。親指をぐっと立ててカルロス一世にイイ笑顔を見せたりなんぞしていた。

「マリアぁーーーーー!」

 緩めかけた頬を引き攣らせ、綾乃は叫ぶ。その声に、瞳を『¥』の文字に変えていたマリアが我に返り、慌てて口を開きかけ。


「――ほんなら、決定じゃな。言うまでも無いと思うけど、マリア? 一遍、王族にした約束、反故にしたらどうなるか……分かっとるじゃろうな?」


 言を封じるかの様なマリーの言葉にマリアはガクリと肩を落とし、綾乃は天を仰いだ。


◇◆◇◆


「そ、そろそろお昼にしようか、アヤノ!」

「そ、そうね! それが良いわ、ヘイカ!」

 肩を並べ、商業区を歩く綾乃とカルロス一世。賑わう商業区の中を、男女二人で歩く姿は正にカップルの姿に――

「……何だか、えらくぎこちないの? あんなもんかいな?」

 ――見えない。二人の距離は微妙に開いているし、何よりこの雑踏の中で手すら繋ごうとせずにいる光景は、『カップル』としては異質ですらある。

「……あ。またはぐれたぞ、あの二人」

 決して身長が高くはない綾乃は直ぐに人の波に溺れ、その度にカルロス一世が綾乃の脱出を待つ、と云う展開が都合三度繰り広げられていた。綾乃を『助ける』ではなく、綾乃を『待つ』といった辺りもマリーの眉根を顰めさせる原因になっていたりする。

「ち、違うんですよ、マリー様!」

「違う?」

「ほ、ホラ! あの二人は付き合い出したばかりでして! こう……照れとるんですわ! いやー、初々しい二人やんな~って! 軽々しく手なんか繋いだらアカンですって!」

「ふむ。そういうもんかいの? 普通は『はぐれない様に手を繋ごうか』『え、ええ』みたいな嬉し恥ずかしなイベントがあるんじゃないんかいの?」

「……何処で仕入れたんです、そんな情報」

 一瞬、素に戻るマリア。

「モノの本に書いてあったんじゃが……まあええ、分かった。ほいじゃ、そういう風に覚えて置こうか。初々しさを出す為に、手は軽々しく繋がない、じゃな」

 少し離れた位置から二人を見やり、ほいじゃ気を取り直して行こうかの、と何でも無い風にそう言うマリーにマリアが肩を落とす。王族と二人も大概気を使う上に、ある程度予想が付いていたとは言え、全く恋人同士『らしさ』を出さない二人にマリアのストレスも溜まりっぱなしである。

「……マリア」

 地面を見ながら、ああ、アリさんも一生懸命働いてるな~、ウチも頑張って働かなあかんな~、なんて事を考えていたマリアに声が掛かる。視線を上げないのが失礼な事は重々承知しながら、それでも疲れから言葉だけで『何ですか?』と返答し。


「今度はあの二人、喧嘩しとるぞ?」


「……は?」

 マリーの言葉に、落としていた肩と視線を上げてマリアがそちらを見やる。成程、確かにマリーの言う通り、雑踏の真ん中で喧嘩をしている様子だ。思わず額に手をやり首を振ろうとして。

「……なあ、マリア」

「言わんで下さい、マリー様」

「いや……その、なんじゃ? ウェストリア以外の女性は怒ったら男の胸倉をつかみ上げるんかいの?」

「アレは照れとるだけなんですよ、マリー様!」

「て、照れ? 照れで男の胸倉をつか――」

「いや~、ほいでも往来でアレはちょっとみっともないな~。そうは言うてもアヤノさんとも知らん仲やないし? ヘイカに至ってはウチの従業員ですし? ちょーっとだけ仲裁、行ってきます!」

 最後まで言わせない。不敬と知りながら、マリーの言葉を途中で遮ったマリアは尚も喋り続けようとするマリーを置いて走る。

「だ・か・ら! 何で真っ昼間っからニンニクたっぷりのステーキなんて発想が出てくんのよ? お昼よ? デートよ? どんなセンスしてんのよ! 普通はもっと食べやすい軽食でしょうが!」

「はあ? 軽食? んなモンで腹が膨れるかっちゅうねん! 肉一択に決まってるやないか!」

「『はあ?』はこっちの台詞なんですけど? 食べますかねぇ、普通? 太ったらどうしてくれるんですかぁ?」

「丸々肥えたらエエや~ん? 狸鍋にして喰うたるわ!」

「……へえ? 知ってる、ヘイカ? 私、やる時はやる女よ? 誰が見てようがそんなモン、知った事じゃな――」


「何やってんねん、アンタらは!」


 言い争いを続ける二人の間に割って入る様にマリアがその体を滑り込ませながら怒鳴る。小声で、それも笑顔を浮かべながらという器用な事をして見せるマリアに、不満の色を浮かべたまま綾乃は口を尖らせて見せた。

「聞いてよ、マリア! 陛下、お昼にニンニクたっぷりのステーキ食べようとか言うのよ? 有り得る? 太るし、息だって臭くなるし、普通は言わないわよね!」

「んな事あるかい! 太る? ソルバニアは商人の国や! 体が資本、喰った量だけ動けばエエだけの話や! なあ、マリア!」

「そうだとしても、なんで『ニンニクたっぷり』なんて発想になんのよ! マリー様だってドン引きするに決まってるじゃん!」

「なんでやねん! デート、イコール豪華なご飯やないかい! ステーキは豪華やろ!」

「うわ、考え方が昭和」

「なんやねん、ショウワって!」

「古いって意味――ああ、そっか。陛下、『古い』人間ですものね? 加齢臭と相殺するためにニンニク食べるんですかぁ~?」

「はあ~? 何言うてんねん、自分? 俺は何時だってフローラルな香りや!」

「ぷっ……フローラルだって。どうしましょう? カッコワライ、とか言いましょうか~?」

「おおっと? 獣臭プンプンさせる仔狸が何か言うてはるな~? 済みません、人間の言葉で喋って貰えへんですかね~? 狸語、理解出来んのですわ~?」

「……あれ? あれあれ? 良く見たら頭髪、ちょっとピンチなんじゃないですか~?」

「あれ? なんやジブン、段々狸に戻って来てんちゃうん? ホラ、早く人間に化けなあかんやん! 葉っぱいるんやったっけ?」

「……」

「……」


「「――ブッ飛ば――」」


 二人の拳が唸りを上げる。綾乃は顎、カルロス一世は左頬を狙うその腕を。

「……本当に」

 ガシッと、マリアが捕まえた。結構なスピードが乗ったソレを軽々と掴んだマリアに、思わず驚いた様な視線をカルロス一世と綾乃が向けて。

「「――……」」

 瞳のハイライトを消したマリアに、思わず息を呑む。虚ろな、二人を見ていない様な視線をカルロス一世、綾乃と交互に向けて。


「お前ら、本当に、いい加減に、しろ」


 ――マリアからソルバニア語が抜けた。

「……は、ははは~。ま、マリア? い、いやね~、そんな怖い顔して。だ、ダメよ? 女の子がそんな怖い顔した――」

「……人の顎を、何の躊躇もなく、ぶち抜こうとする女が言うな。そっちの方が、怖い」

「――はい」

「ま、マリア? 折角可愛い顔してんねんから、笑顔で! 俺、マリアの笑顔、好きやな~って、前から思って――」

「……誰のせいで、私の顔から、笑顔が無くなったか、分かって、言ってますか?」

「――はい」

「そもそも、陛下が、軽々しく、マリー様に、あんな事言うから、こんな事に、なってるんですよね? 分かってます? 分かってるなら、返事」

「は、はい!」

「それと、アヤノさんが、陛下の顎を、ぶち抜いたり、するから、こうなっているんでよね? 分かってますか? 分かってるなら、返事」

「は、はい!」

 怒りを抑える様に、ワンセンテンスごと区切って喋るマリア。消えたハイライトと相俟って正直、無茶苦茶怖い。

「……マリア? どうしたんじゃ?」

 そんなマリアの背中に、人混みを抜けて追いついたマリーが声を掛ける。その声にピクリと反応、マリアがマリーに顔を向けた。

「――いや~すんまへん、マリー様。どうやら二人、お昼ご飯で揉めてたみたいなんですわ~。『アヤノが食べたいモノを食べたいな』『私は、ヘイカの食べたいモノで良いわよ』って、お互いの意思を尊重し過ぎて喧嘩になったらしくて。いや~、仲が良過ぎるんも考えモンですわ。もう、ウチ、その会話だけで甘ったるくて胸焼けしそうですし~」

 そう言って、マリアが視線を綾乃とカルロス一世に向ける。


「――そうですよね、お二人とも?」


 先程同様、ハイライトの消えた瞳を。まるで赤べこの様、ガクガクと首を縦に振って見せる二人に満足そうに頷き、マリアは満面の笑みをマリーに向けた。

「ね?」

「……二人の顔が真っ青なんじゃけど?」

「そりゃ、緊張し過ぎただけですわ。いや、初々しい二人ですからしゃーないですわ」

 有無を言わさないマリアの言葉に、結構好き放題言って来たマリーも思わず口籠る。今のマリアは一味違う。

「どーでっしゃろ? この二人、人に見られながらデートちゅうのがどうも緊張する様でして」

 先程は失敗したが、今度はミスの無い様に。慎重に、それでも大胆にマリーに対してそう言って見せるマリア。これ以上は絶対にボロが出る。その一念で、必死のマリアの攻撃に。

「そういう訳で申し訳ないんですけど、マリー様? そろそろ――」

「ほいじゃ、お昼にしようかの?」

「――お開きに……って、え?」

「お互いが譲り合って決めれんのんじゃろ? ほいじゃ、お昼はウチがエエとこ知っとるけん、そこにしようか。心配せんでもエエ。ウチの奢りじゃけん!」

 そう言って綺麗な笑顔を見せるマリーに、図らずも三人は気付く。


 ――受難はまだまだ続く事を。


※その頃のソニア

「……はー。まあ、わたくしが行っても仕方ありませんし、マリー様にばれても困りますが……ですが、一人でご飯は寂しいですね……折角、この里芋の煮っ転がし、上手に作れたのですが……」

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