376.ボクを助けて!
「へ?」
春希の口から戸惑いの声が漏れた。
そんなの無理だ。にわかに信じられない。理性が即座に隼人の言葉を否定する。
隼人だってこの状況を理解しているはず。
だというのに、隼人があまりにもいつも通り気負いなく言うものだから、どうしてか何かいい方法があるのではと思わされてしまって。
春希が縋るような色を滲ませた目を向けると、隼人は安心しろと言わんばかりに頬を緩める。そして隼人は沙紀と茉莉と顔を見合わせ頷いた後、スマホを取り出して、ある動画を見せてきた。
「これを見てくれ」
「これは……」
「ほぅ」
その動画を見るなり春希は目を大きく見開き画面に釘付けになり、清司もこれは見逃せないなと食い入るようにスマホを覗き込み感嘆の声を上げる。
動画は有名なお嬢様校の制服を着た茉莉と沙紀がティンクルの曲を唄い踊るもの。
ただしそれは、春希が知るパフォーマンスのものではなかった。
小さくリズムを踏みながら伸びやかで突き抜けるように力強く唄う茉莉。そんな茉莉を引き立てるかのように、沙紀が周囲を大胆に華やかかつ軽やかに舞う。
歌と踊りを通じて、どちらも存在感が相乗効果的に引き立てられていた。
オリジナルと比べても、引けの取らないクオリティだ。否、これに衣装や設備の補正が掛かれば超えるかもしれない。
知らず、ごくりと喉を鳴らす。胸が打ち震える。
沙紀の踊りの上手さは知っていたが、茉莉の歌がこうも心に響くのはなぜなのか。
春希が狐につままれたような顔をしていると、隼人がその理由を口にした。
「これさ、どうやったら春希を倒せるかって、皆で話しながら撮ったんだ」
「……ぁ」
そこで春希は、茉莉と沙紀がどこまでも自然体だということに気付く。それから、何のてらいのない笑顔をしていることにも。
あぁ、そうだ。ただ歌や踊りの技術が高いだけじゃない。画面越しにどれだけ好きで楽しいかが伝わってくるからこそ、こちらの心を動かすのだ。
しかもその目的が、自分の打倒だときた。春希はそんな楽しそうなこと、自分をのけ者にしないでよねと、少し拗ねたように呟く。
「ボクを倒すって何さ、もぅ」
すると沙紀が自信満々に言う。
「舞うことに関しては私、春希さんに負けませんので」
「わ、私だって歌に集中すれば負けてないし。1人じゃ無理でも沙紀と2人でなら、おばさんにだって勝てるもん」
続いて茉莉も乱暴に涙を拭いながら言う。
そして隼人もにやりと笑いながら口を開く。
「てわけだ。ホントはこの場で直接2人のパフォーマンスを見せるつもりだったんだけどな、誰かさんが涙声でちゃんと唄えなさそうだったから、動画になっちまったが」
「うっさい!」
「痛っ!?」
隼人の揶揄いに、茉莉は目を吊り上げ脛を蹴とばす。
そして隼人は大仰に痛がった後、真剣な表情になって問いかけてくる。
「なぁ、茉莉と沙紀さんで春希の代わりを務められないか?」
「それは……」
春希の目にも、オリジナルと比べても遜色ないように見えた。
だが、それを最終的に判断するのは自分じゃない。春希は躊躇いつつ、ここまでずっと沈黙している清司を見やる。
清司は重々しく息を吐き出した後、片眉を上げた。
「確かに、パフォーマンスのレベルは高い。それは認めよう。だが、今回の客の目当ては春希くんだ。ライブに春希くんがいないというのは、今日集まった人たちの期待に応えられないということになる。果たしてその逆境を覆せられるほどのもかというと疑問だ」
「それは……っ」
茉莉が何かを言おうとするも、途中で止めて悔しそうに口を噤む。
清司は簡易テーブルの上で手を組み、春希を見据え淡々と事実を指摘する。
「春希くん抜きでやるのはリスクが大きい。もしそれでライブが失敗すれば、ティンクルがせっかく積み上げてきた名前にも傷が付き、人気も翳る。再起も難しくなるだろうね」
清司は言外に、茉莉のアイドル人生を踏みにじってもいいのかと聞いてくる。
何ともいやらしい問いかけだ。だが、事実だ。
ぎゅっと拳を強く握りしめ、ぎちりと奥歯を噛みしめる。
するとその時、隼人が鼻を鳴らし挑発するように獰猛な笑みを浮かべた。
「だけどここで成功すれば茉莉の実力が認められ、ティンクルの人気は跳ね上がる」
清司は一瞬呆気に取られた後、愉快そうに笑いだす。
「……ははっ! そうかもしれない。しかしどう甘く見積もっても、成功率はせいぜい3割いくかどうかだ」
「上等っ! 3割も(、)あるなら、十分私のアイドル人生掛けるだけの勝機があるわ!」
清司の忠告に、茉莉はパンっと握り拳を叩いて闘志を燃やす。
そして未だ戸惑いを見せる春希に、沙紀はにこりと笑って訊ねた。
「春希さん、私たち(、、、)が何とかします。私たちのこと、信じられませんか?」
「っ、そんなわけないでしょっ!」
即座に否定の言葉を返す春希。その質問はズルいと思った。
隼人や沙紀がどんな気持ちでここに来てるかなんて、よくわかってる。
そしてこの状況はもう、自分1人じゃどうにもできないことも。
春希は瞳を潤ませながら、心からの言葉を告げた。
「ボクを、助けて」
「はい、そのために来ました」
近寄ってきた沙紀が、春希の手を握る。
そして沙紀は手を引き、まるでバトンを渡すかのように隼人の下へ。
隼人はそれを受取ろうと、無邪気な笑みを浮かべて手を伸ばす。その姿がかつて月野瀬で初めて声をかけてくれた幼いはやと(、、、)と重なる。
「お兄さん、後は頼みます」
「おう、任せとけ。んじゃ、行こうぜ春希」
あぁ、あの時と同じだ。
この選択がどんな結果になるのかわからない。
だけどきっと、あの時と同じように笑顔に繋がっている――そんな確信があった。
「うん、ボクをお母さんのところへ連れてって」
手を伸ばせば、すぐ届く。
春希はかつてと違い、迷うことなく隼人の手を掴んだ。




















