348.新人介入
何の気なしに答える春希。
清司が自分のことを心配してのことなのか、大切な商品を気にかけてのことなのか判断がつかない。
『僕はキミの才が、最も輝く環境を整えよう』
彼が自分に向けて言ったことを思い返せば、まぁ後者なのだろう。
今も清司は精力的に仕事を取ってきては、調整してくれている。まぁかなり強引な手を使っているようだが。
しかしそれは春希からも頼んでいることでもあった。
利用しあっているのはこちらも同じ。
今更兄妹でのハートフルなことなんて期待していない。
とにかく、まずは知名度を上げること。
アイドルはそのための手段、今回のモデルじみた撮影もその一環。
ゆくゆくは演技で直接母の前に立ち、自分のことを認めさせるためだ。
数々の浮名を流しつつも、結婚していない田倉真央の娘というのは、注目の恰好の的だ。その才を十二分に引き継いでいるというのなれば、なおさら。
幼い頃の春希なら、そうした周囲の好奇心や悪意に翻弄されてしまっただろう。母が良い子で大人しくしてろというわけだ。
しかし今は違う。
心を許せ、頼りになる友達がたくさんできた。親友でライバルな女の子がいる。それから、かつて自分を暗いところから引き上げてくれ、どうしようもなく好きになってしまっていた幼馴染も。彼らの存在が、自分の中で確固たる軸になっている。
先日、入学式に出演した時、こちらへ強引に会いに来た皆の顔を思い返す。
自分勝手に目の前から急にいなくなってくれたにもかかわらず、彼らは春希を暖かく迎え入れてくれた。そしてすっかり立場が変わってしまったのに、まっすぐな言葉もぶつけてくれた。
だから、いち早く母に結果でもって証明しなければ。
もう自分は世間に振り回されず、親の庇護なしでも歩いていけると。
そして皆が待つ日常へと戻るのだ。
やがて春希が着替え終わったタイミングを見計らって、茉莉がスマホ片手に声をかけてきた。
「叔父さん、表に車を回してくれるって」
「ふぅん、あの人も忙しいのに。そのまま次のやつに移動かな」
「……そっちは叔母さんだけね」
「…………っ」
春希は言葉を詰まらせ、曖昧な表情を作る。
茉莉とは同じアイドルユニットだ。
しかしこうして春希だけ個別で仕事を受けることもあり、それは如実に彼女との人気の差を物語っていた。茉莉としても、その心境は複雑だろう。
結局春希は無言のまま、控え室を後にする。
廊下に出ると、フロア内にあるもう1つのスタジオの準備をしている人たちが、慌ただしく行き交っていた。
しかし春希がこの場に現れると、彼らは一瞬手や足を止め視線を向ける。
そしてひそひそと「あれ、田倉真央の」「グラビアの撮影?」「やっぱ親のコネ」と囁きあう。その内容は、お世辞にも友好的なものではない。
出る杭は打たれる、あるいは目の上のコブ。
彗星の如く芸能界に登場し、人気を掻っ攫っていった春希を、よく思わない者は多い。
当の春希本人は、彼らからの視線や声をまるで気にした素振りも見せず、颯爽と歩く。
するとふいに春希と茉莉の前に、ある男性が行く手を阻むように現れた。
「や、春希ちゃん。偶然だね、オレのこと覚えてる?」
「はぁ」
春希はなんともげんなりしそうになる顔を、必死に取り繕い曖昧な言葉を返す。茉莉はどうしていいかわからずオロオロしており、彼女を背中で庇うように一歩前に出る。
端正な顔立ちに明るい茶髪、オシャレだが軽薄そうな、春希より一回り年上のイケメン。彼とは先日、どこかの番組収録で一緒になった記憶があった。とある男性アイドルグループの一員で、クラスの中にも彼のファンが居たのをなんとなく覚えている。それなりに有名らしいが、名前も咄嗟に出てこない。春希にとってはその程度の知名度。
スッと目を細める春希。
彼の瞳にはこちらに対する好奇や興味、淫欲といった色は見当たらず、代わりにギラリとした野心が光っていた。
「色々、苦労しているみたいだね。少し息抜きとかどう? この近くに美味しいケーキを出してくれるカフェがあるんだ。愚痴を吐き出すだけで、肩の力も抜けるからね」
そして彼はなおも春希に気安そうに話を続けつつ、春希を見てさえずっていた周囲に視線を走らせる。
春希はあぁやはりと少し眉根を寄せ、笑顔の仮面を張り付けたまま内心ため息を吐く。
大方、春希の人気にあやかったり恩を売ってコネを作ろうという魂胆だろう。
春希を疎む人がいる一方、こういう手合いも多い。
そしてこうした動機で近付いてくる人種は、強引かつしつこい傾向がある。
さてどうやってこの場を切り抜けようか――春希は頭の中で算段をつけていると、ふいに見慣れた姿が割って入り、手を掴まれた。
「すみません。彼女、先約があるんで」
「海童っ!?」




















