347.有名税
「誰がおばさんだ!」
すぐさまジト目で鋭い声を返す春希。
しかし茉莉はぶすっとしたままの顏で言葉を続ける。
「だって、おばさんはおばさんじゃん。私のお母さんの妹だし」
「そりゃ続柄はそうだけどさ。誰かに聞かれたら困るし、外でその呼び方は止めてよね」
「はーい、叔母さん」
「……ったく」
茉莉は春希の忠告にまるで悪びれもせず、自分の着替えを入れたロッカーへ向かう。
春希は思わず大きなため息を零す。茉莉の母は、春希の腹違いの姉だ。そして百花や愛梨たちのマネージャーを務める桜島清司の実姉にもあたる。
こうして茉莉と組んでアイドル活動をすることになったのは、春希が芸能界入りを決めた時、母ではなく清司に話を持っていったからだった。
女優である母と向き合うのだから本人を頼るのは筋違いだし、それに百花や愛梨をプロデュースしたというのも大きい。
事実、清司の手腕は確かだった。それは現在の春希たちの人気が証明している。
元々、ソロデビューをしようとしていた茉莉と組ませたのも清司の案だった。
茉莉を往年の名優、桜島清辰の孫として売り出そうとしていたところに、乗っかった形だ。茉莉自身もコネ案件と言われればそうかもしれないが、茉莉としても、同じく人気絶頂の田倉真央の娘である春希と組むことは、面白くもないだろう。
また春希にもなりふり構っていられないとはいえ、横入りして申し訳ないという気持ちもある。だからある程度、茉莉に関しては鷹揚でいるつもりだ。
それに茉莉は春希へのあたりこそ強いものの、仕事に関しては人一倍真剣だった。
才能も有り、努力も怠らない。
つい先ほどの雑誌の表紙の撮影だって、春希のアドリブに即座に対応していた。
芸能界に来てからというもの、春希の演技に呑み込まれないだけでなく、切り返してくる相手は稀だ。しかもそれだけじゃなく、茉莉は春希の背筋をゾクりとさせる演技を見せることもある。
まるで抜き身の刃によるやり取りのような緊張感、気の抜けない真剣勝負。正直、茉莉とのそうした応酬はひどく楽しく、少し意地が悪いと思いつつもやめられない。
それに実感はないものの、茉莉は姪だ。姪が自分に対抗意識を燃やしてぶつかってきて、どんどん実力を伸ばしているのは、少し上から目線ではあるが微笑ましくもある。
春希がくすりと笑いながら自分も着替えようとロッカーを開け――その中身の惨状を見て、困った声を上げた。
「うへぇ」
「どうしたの、おばさん?」
「……これ」
春希は僅かな逡巡の後、実物を見せた方が早いと思い、刃物でズタズタに切り裂かれた私服をロッカーから取り出し茉莉へと掲げる。
するとそれを見た茉莉はみるみる顔を嫌悪に歪め、吐き捨てるように言う。
「はぁ、何それ、意味わかんない! また嫌がらせ?」
「うん、そうっぽいね。ここのセキュリティ、ガバガバだし」
「ダサッ! 妬みでしょ、それ。やるなら裏でこそこそせず、直接言えってーの!」
「そんな度胸あるなら、こんなこすいことしないって」
「わかるけどさ! あーっもう、ムカつくッ!」
春希がされたことを、我がことのように怒りを露わにする茉莉。
こういうところがあるから、茉莉が春希に生意気な態度を取っても憎めない。茉莉は基本的に、性根は真っ直ぐなやつなのだ。
彗星のごとく現れ、たちまち人気を獲得していった春希を疎ましく思う者は多い。
今回の雑誌の表紙の撮影だって、急遽決まったことだ。
それはつまり、この雑誌の表紙から降ろされた人がいるとも言い換えられる。
こういう嫌がらせはアイドルを初めて以来、何度もあった。
春希は諦め交じりのため息を吐き、茉莉を宥める。
「ま、有名税として割り切るしかないね」
「でもっ!」
「そういう奴らには、実力で殴り返せばいいだけ。違う?」
「それはっ……違わないけど……」
不承不承といった感じで矛を収める茉莉。
春希は肩を竦めながら言う。
「とりあえず、ボクの服をどうするかなぁ。この衣装で帰るわけにはいかないし」
「あ、それだけど、これ」
「これは……?」
ふと茉莉が何かを思い出したように、ロッカーから取り出した紙袋を渡してくる。
それを受け取り、どうしたことか春希が聞き返すと、茉莉は素っ気なく呟いた。
「予備の着替え、おじさ――マネージャーから」
「兄――清司さんから?」
「うん、こういう事態もありそうだからって言われてて、持たされてたやつ」
「へぇ」




















