346.春希と茉莉
入学式から数日後、昼下がり。
都内の6階建ての出版社系列の撮影スタジオ内に、カメラマンの熱っぽい声が響く。
「おー、いいよ春希ちゃん。うん、いい、最高! あー、茉莉ちゃんはもうちょっと春希ちゃんに近寄って、夏を先取りしたような爽やかな笑顔、お願いできる?」
「は、はいっ」
固い声を返す茉莉。
カメラの前に並んで立つ春希と茉莉は、水辺をイメージしたような爽やかで可愛らしい衣装を身に纏っていた。女子中高生をターゲットにした雑誌で特集が組まれるということで、そのための撮影である。
個別の細々とした撮影は終え、あとはその号を飾る二人一緒の表紙だけ。しかし先ほどから何枚か撮っているものの、どうもカメラマンの納得がいくものが撮れていない。
春希の方は特に何も言われないものの、茉莉は注文がよく入る。それは茉莉もひしひしと感じているのか、顔には焦りが滲み出ていた。
このままだと泥沼になりそうだ。それにあまり、時間もかけていられない。
そう思った春希は片手を上げて撮影を中断させ、カメラマンへと声をかけた。
「少しいいですか?」
「どうしたんだい?」
「これって〝水辺の私たち〟、というテーマですよね?」
「うん、そうだね。いくつかいい感じのものは撮れているんだけど、もっといいのが撮れそうで、それでこだわっちゃって……」
申し訳なさそうにたははと苦笑するカメラマンに、春希は顎に手を当て考える素振りを見せた後、にこりと笑ってある提案した。
「思ったんですけど、そこにちょっとしたストーリー的なものを意識したらどうかなって思いまして。例えば、茉莉ちゃんと一緒に荘厳な滝を見に来たとか、綺麗な魚をいると聞いて探しにきたとか、そういうのです」
「ほぅ……面白そうだ。ちょっとやってみようか」
カメラマンも乗り気になり、他のスタッフもいいんじゃないかと頷いている。
自分の案が受け入れられたのを確認した後、春希は茉莉に挑発的な笑みを向けた。
「行くよ、着いてきてね」
「ちょ――」
茉莉が何か文句をいう前に、春希は纏う空気を一変させ――期待に満ちた弾けんばかりの笑顔を咲かす。
それを見て息を呑む茉莉。その丸くした瞳には、唯一無二の親友と共に小川に遊びに来た女の子の姿が映っていた。
春希がはしゃいだ様子で指を差したり、興味深そうに周囲を見渡せば、誰もがこの場が山の中にある小川を幻視する。すぐ傍の茉莉もすぐさま春希と一緒になって無邪気な笑みを咲かせれば、たちまち迫力のある滝や川で泳ぐ魚が目に浮かぶ。
誰もが信じられないと、春希と茉莉に釘付けになっている。
そして川を泳ぐひときわ大きな魚が跳ね、水飛沫を掛けられそうになったその時、カメラマンは吸い寄せられるようにその瞬間を切り取っていた。
カシャリという音がスタジオ内に響く。
それを確認した春希は肩の力を抜き、小さく息を吐いて気を緩めた。
「ふぅ、どうでした?」
「っ! あぁ……いいね、うん。すごくいいのが撮れた。撮れてしまったいうか……」
「それはよかったですっ」
唖然としたままのカメラマンに春希はニコリと微笑み手を合わせる。
他のスタッフもどこか狐につままれた様子のまま。
春希は苦笑しつつ、彼らにぺこりと頭を下げた。
「これで撮影終わりですよね? ありがとうございました! 時間も押してるので、私たちはこれで……ほら、茉莉ちゃん」
「っ! あ、ありがとうございました……っ」
茉莉は春希に促され、慌てて頭を下げる。
春希はにこにこ笑顔で手を振りながらスタジオを後にして、着替えるために控室へ。
そしてロッカーの他はパイプ椅子ともうしわけ程度の机があるだけの、殺風景な控室に戻るなり「はぁ~」と大きなため息を吐く。
すると同時に中へ入ってきた茉莉が憮然とした顔で、悔しそうな声色で呟いた。
「さっきはありがと、おばさん」




















