342.俺、寂しかった
そして白泉先輩は隼人たちを応接室へ押し込んだ後、「あとはごゆっくり~♪」と言ってひらりと手を振り、この場を去っていく。彼女なりに気を遣ってくれたようだ。
「「「「…………」」」」
互いの探るような視線が絡む。
まるで会話の仕方を忘れたかのような沈黙。
それだけ、春希とずっと話していなかった。
そんな中、みなもが少し緊張気味に口を開く。
「き、キャベツがほぼ全滅しました……っ!」
「……へ?」
唐突な話題に虚を突かれ、間の抜けた声を漏らす春希。
それは隼人に一輝、伊織にとっても同様で、皆で目をぱちくりさせている。
しかしみなもは、なおも必死に言葉を紡ぐ。
「す、少し目を離した隙に、虫に食われてボロボロになっちゃいましてっ」
するとこの場の空気を変えようとしていることを察した一輝が、会話に入ってくる。
「あぁ、確かものの見事に穴だらけになってたね」
「その後、生き残った子たちは青虫に気を付けて育て収穫したんですが、今度は葉の間にナメクジがび~っしり!」
みなもが両手を大きく広げ、こんなにも! と嫌そうな顔でアピールすれば、春希は堪らずといった風に「ぷっ」と噴き出した。
「それは残念だったね」
「すぐに塩かけて、懲らしめてやりましたよ。最近は春になったおかげか蝶々も増えてきたので、気を抜けませんっ」
「あはっ、園芸してると蝶って天敵みたいに見えちゃうよね」
「せっかく出た芽が、青虫に食べられちゃいますから」
「大変そうだ」
「はい、大変です。だから……春希さんもたまには手伝って欲しいです」
「みなもちゃん……」
申し訳なさそうに眉を顰める春希。
そこへ伊織が努めていつものおちゃらけた風を装い、みなもを援護する。
「そうだぜ、3学期とかほとんど顔出さなかったし。たまには学校に来てくれよな、二階堂。そんでアイドルと友達だって、オレの周りに自慢させてくれ」
「僕はアイドル業界の面白い話とかあったら、教えて欲しいかな」
続けて一輝もおどけた調子で肩を竦めて話を広げれば、みなもも「それ、私も聞きたいです!」と興味を示す。
この場の空気が緩むと共に、春希も頬を緩ませ苦笑い。
「そんな大したこと知らないよ。現場のことで手一杯で」
すると伊織が頭の後ろで手を組みながら言う。
「でもオレらそういう業界のこと何も知らないし、ちょっとした話でも物珍しいから」
「そうですよ。どういうことをしているのか、気になりますもん」
みなもも同意すれば、春希は顎に指を手を当てむむむと唸る。
「急には思いつかないよ。てか海童の方がお姉さん絡みで詳しいんじゃない?」
「僕が知ってるのは、姉さんのやらかしくらいだよ。別のスタジオに行ったり、大寝坊したり、着る服間違えて撮影して、誰も気付かなかって撮りなおしたこととか」
一輝がげんなりした様子で姉の失敗談を語れば、皆からもくすくすと笑い声が上がる。
そしてみなもが、ふにゃりと柔らかい笑みを春希へ向けた。
「皆さん知りたいんですよ。今の春希さんが、何をしているのかを」
「……そっか。ホント、なんてことないことしか話せないよ。それに多分、愚痴ばっかになっちゃうと思うし」
「その愚痴こそ、聞きたいんだよ。な、隼人?」
「っ!」
伊織からこちらに話を振られると共に、パシンと背中を叩かれる。
その勢いで隼人は一歩前に出る形になり、春希の前へ。
「俺は――」
そこで一度、言葉を区切る。今、皆と春希は和やかな会話をしていた。
きっとこの友人たちは、意識してそういう空気を作ってくれたのだろう。
これまでと同じノリで話せるように、明らかにお膳立てしてくれている。
そんな皆の心遣いをありがたいと思う。
――この流れに乗って、いつも通りの日常に浸ればいい。
そのためにやってきた。そんなことはわかっている。
だというのに隼人の口からは、今の感情を濃縮した言葉が零れてしまった。
「俺、寂しかった」
「…………ぇ?」
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