340.偶像(アイドル)
春希はこの場に居る皆と同じ、制服姿だった。
当たり前だろう、同じ学校の生徒なのだから。
隼人たち在校生にとって見慣れた格好であるが、しかし新入生たちにとっては初めて目にする姿でもあった。新入生たちの席から「ホントに居た!」「マジでこの学校の生徒なんだ!?」といった興奮気味の声が上がっている。
その声を呼び水として、隼人たちの周囲でも「久々に顔見た」「学校、また来るのかな」「来なきゃ出席日数足りなくなるだろ」といった声がさざ波のように広がっていく。
当然のことながら、春希が登校しているなんて聞いていない。
春希をよく知る、同じクラスの一輝に伊織、みなもも、驚きから目を見開いている。
隼人だっていきなり現れてどうことだよと、春希を睨む。
しかし壇上の春希は隼人たちや周囲の反応をさして気にした風もなく、笑顔のままコホンとわざとらしい咳払いをひとつ。
するとたちまち、水を打ったように静寂が広がっていく。たったそれだけで、この場の空気を春希が支配していくような感覚。沙紀を除く新入生なんて、完全にこの場に呑み込まれてしまっている。
ややあって壇上以外の体育館の照明が落とされ薄暗くなると共に、軽快な音楽が流れ出した。春希のデビュー曲だ。
『時の旅人~♪』
春希が唄い出すと同時に、「「「「わぁっ!」」」」と沸き起こる大歓声。
この曲の歌詞は、新しい挑戦をする自らを奮い立たせる応援歌。やってやるぞ、という意気込みが込められたもの。新入生に送るエールとしても、ぴったりだ。
一気にこの場のボルテージが、天井を突き抜けるような勢いで高まっていく。
しかし暴発することなく、春希の振り付けに合わせて手を突きあげたり、合いの手を叫んだり、この場が一つにまとまり巨大な生き物になっていく。まるで何かの儀式のよう。
誰もが興奮して恍惚となっており、トランス状態。
彼らを導き、崇められているかのような春希は、まさに偶像。
ステージの上で太陽のように輝いている。
そんな中、隼人は愕然とした表情で春希を眺めていた。
心はガツンと殴られたように揺さぶられ、ぐちゃぐちゃだ。
だけどこれ以上なく、春希に魅入られていた。
数ヶ月ぶりに目の当たりにした春希のライブは、今まで聞いてきた彼女のどの歌よりも、胸を強く打つ。
ただ歌唱力やダンスのキレが上達しただけじゃない。
春希は確実にアイドルとして場数を踏んだことにより、圧倒的に増した存在感。
もはや、隼人の知らない春希になっていた。
ふと、舞台の上にいる春希へと手を伸ばす。
その姿を掴もうと手を握りしめるも、するりとすり抜けていく。
あまりに春希と距離があるように感じてしまい、手が届かない。
まるで置いてけぼりをくらったかのような焦燥と動揺に身を焦がす中、春希の歌が終わる。
『これからの高校生活、楽しんでくださいね!』
春希は新入生たちに向けてエールを飛ばし、サッと退場していく。
誰もが惜しみなく拍手を鳴らしている中、隼人は呆然と立ち尽くしていた。
すると、ふいに隣から肘で腕を小突かれる。
「おいおい、何ボーっとしてんだ隼人!」
「い、伊織……?」
隣へ視線を向ければ、不敵な笑みを浮かべる伊織の顏。
しかしその意図が読めず、隼人がまごついていると、今度は一輝からバシンと背中を強く叩かれた。
「隼人くん、せっかく二階堂さんすぐ近くに来てるんだから、会いに行かなきゃ」
「そうですよっ! 会って、文句の1つでも言わなきゃ。今まで何してたのかって。じゃないと、私の気がすみませんもんっ!」
「みなもさんまで……」
そしてみなももまた、隼人の腕を取って急かしてくる。
この友人たちは、春希に会いに行くことを決定事項として話していた。
彼らの顔を見ていると、ふつふつと胸に熱いものが込み上げてくる。
(あぁ、そうか)
もし自分1人だけなら、あのまま暗い気持ちに沈んでいたかもしれない。
だけど、この都会で出来た大切な友人たちが、引っ張り上げてくれた。
確かに春希は変わった。つい今しがた、アイドルになってしまったのを目の当たりにしたところだ。
だけど、それがどうしたというのだろうか。
春希が掛け替えのない相棒であるのは変わらない。変わってたまるか。
だからすぐ近くにいるのなら、こちらから会いに行けばいい。
まだ入学式の途中だとか、そんなことは知ったことか。もたもたしていると、春希がどこかに行ってしまうかもしれないではないか。
せっかく目と鼻の先にいるのだ、チャンスそのものだろう。
伊織に一輝、みなもたちは、隼人を駆り立てるように笑っている。
そして隼人もまた、にやりと自らを奮い立たせるため、獰猛な笑みを浮かべた。
隼人は内心、彼らに感謝しながら、未だ春希の余韻で沸いてる体育館を横目に皆に告げる。
「行こう!」




















