336.沙紀のいる風景
柔らかな日差しが降り注ぎ、街はどこか浮き立っている。
そこかしこに植わった満開の桜は、少し冷たい風に吹かれ春の訪れを謳う。
春希のいない冬が過ぎ、新しい季節へ移っていた。
本日は始業式、それから入学式でもある。
隼人が半月以上ぶりとなる、いつもの待ち合わせ場所に行くと、自分たちと同じ高校の制服姿の沙紀が居た。
こちらに気付いた沙紀は、にぱっと笑みを浮かべて駆け寄ってくる。
「お兄さん、おはようございますっ!」
「おはよう、沙紀さん。髪型変えたんだ?」
沙紀は今までのおさげ姿でなく、ツーサイドアップにしていた。背中にパーマをかけたのか、ふわふわと波打つ長く伸びた髪をたなびかせている。
新しい髪型は沙紀を華やかかつ、可愛らしい女の子に絶妙なバランスで演出しており、隼人は思わず「ほぅ」と感嘆の息を吐く。
沙紀は少し気恥ずかしそうに、毛先を左手の人差し指で弄びながら、上目遣いでおっかなびっくり尋ねてくる。
「はい。その、高校生になったことだし、オシャレとかも頑張ってみようと思いまして……どうですか?」
「大人びて見えるというか、制服にもよく似合ってる。あと、同じ高校に通うんだって実感も出てきたかな」
「ふふっ、そうですね。私もです。何せ補欠の繰り上げ合格だった、ってのもありますから」
そう言って茶目っ気たっぷりに片目を瞑る沙紀。
今でこそこうして笑い話にしているものの、当時は合格通知がなく、抜け殻のようになって話しかけるのも憚れたのも覚えている。それから数日経って繰り上げ合格の知らせが届き、感涙にむせび皆で大騒ぎしたことも。
隼人はその時のことを思い返し、何ともいえない顔で言う。
「どちらにせよ、よかったよ。今回、受験者数もかなり多かったみたいだし」
「でも、こうして一緒の高校になってよかったです。それにしても都会で同じところに通うとか、1年前の自分たちが聞いたらびっくりしますね」
「ホントだな」
互いに顔を見合わせクスリと笑う。
そして落ち着いたところで、沙紀が周囲を見回しながら尋ねてきた。
「あの、姫ちゃんは?」
「もうとっくに家を出たよ。ほら、姫子の学校はここから電車で結構遠いから」
何とも複雑な表情で答える隼人。
姫子だが、別に高校に落ちたというわけじゃない。最初こそは隼人や春希、沙紀と同じこの学校を目指していたのだが、直前になって志望校を変更した。
姫子が通うことになったのは誰もが名前を知っているような、幼稚舎から大学まである歴史の深い名門校。
当初の学力では到底届かないレベルだったが、冬に入る前から人が変わったようになった姫子は真剣に勉強に取り組むようになり、めきめきと実力を伸ばしていった。気合と根性で奇跡をもぎ取った形だ。
両親なんて一生の運を使い果たした、周りはお金持ちばかりなのに、うちみたいな勤め人の子が入っていいのかと大騒ぎ。
隼人が一度どうして急に志望校を変えたのかと問うと、姫子は少し迷った後、『メディア関係に強いから』と答えてくれた。
幼稚舎から通う内部生は実家がとても太い人ばかりで、幼少期から何かと習い事等から芸術や芸能関係で才能を発揮している人も珍しくなく、大学からの就職もそういう方面に顔が利くらしい。
妹がもうすでにそこまで将来を見越して考えているということに衝撃だった。
しかも別にミーハーとか浮ついた気持ちで選んだというわけでもなさそうだ。
やはり、春希のアイドルデビューの一件に、大きく思うこともあるだろう。
すると沙紀は目を細め、少し寂しそうに呟く。
「でした、ね……。今までずっと一緒だったから、ちょっと寂しいかも、それに春希さんも……」
「あぁ……」
春希は、正月以来待ち合わせ場所にずっと顔を見せていない。
今まで4人で待ち合わせていたというのに、今ここに隼人と沙紀しかいいないことが、ひどく寂しいものに感じる。
少し物憂げになった空気の中、沙紀が困った顔をしながら拗ねたように呟く。
「私、同じ学校に行くって言ったのになぁ」
それは去年の夏、月野瀬で沙紀が隼人と春希に向けて宣言したもの。
隼人もその時のことを思い返し、苦笑しながら言葉を返す。
「そうだったな。せっかくあの時の約束通り、沙紀さんが同じ学校に来たっていうのに」
「ホントですよぅ。薄情な春希さんは放っておいて、私たちだけで学校行きましょ」
「おぅ」
あえて明るく軽口を叩きながら、隼人と沙紀は肩先並べ、高校までは少し遠回りになる道を歩く。
よくよく考えると、幼い頃から見知った相手とはいえ、こうして沙紀と2人きりで歩くのは初めてだ。
妹の親友、という認識が強かったが、今は違う。
改めて隣の沙紀をちらりと見やる。
生来の薄い色素に、整った目鼻立ち。どこか現実離れした幽玄的な美少女。
隼人にとって沙紀はそんな容姿だけでなく、息を呑むような素晴らしい神楽を舞うための努力を怠らず、また家族と離れ単身都会にやってきて様々なことに挑戦している、眩い魅力にあふれる1人の気になる女の子だ。
そんな彼女から並々ならぬ感情を持たれている。
春希が田倉真央の娘とバレ、更には芸能界デビューし、沙紀もまた受験ということもあり、その辺りに関してはうやむやになっていた。
しかし今は春希が居ないことが日常になりつつある。
沙紀も同じ高校に入学してきて、状況は否応なしに変わっていく。
そう遠くないうちに、何かしら自分たちの関係に大きな変化が訪れるだろう。
もしその時になったら、隼人はどうすればいいのかまだ答えを出せていない。
真剣に考えようにも、やはり春希のことが気にかかってしまっていて。
ひどく、沙紀に対して不誠実なのはわかっている。だけどこればかりはどうしようもないと、こっそり自嘲のため息を零す。
するとその時、横からやけに調子の良さそうな声を掛けられた。
「はよーっす、って! 巫女ちゃんがうちの制服だ」
「わぁ、沙紀ちゃんその髪型も似合ってる!」




















