313.逃避行①
◇◇◇
『ボク、お母さんが良い子で待っとけっていった意味、ちょっとわかったかも』
そんな言葉を零す春希の顔が、かつて月野瀬で出会った時の何もかも諦め、しかし誰かに見つけてくれとばかりに膝を抱えていたはるきと重なった瞬間、隼人の中で何かが弾けた。弾けてしまった。
認められなかった。春希をそんな顔をさせている何もかもが。
許せなかった。そんな春希に対し、意気込みだけで何も出来ていない自分自身が。
心の中が、あの日感じた時と同じ想いに塗り替えられていく。
気付けば隼人は胸の奥底から湧き起こる焦燥、もしくは義憤じみた衝動に突き動かされるようにして、春希の手を取り駆け出していた。
「は、隼人くん!?」
「霧島くん!?」
突然の隼人の行動に驚く一輝に恵麻。
隼人は皆に向かって、大声で叫ぶ。
「悪ぃ、後は任せた!」
するとみなもと伊織が、愉快そうな声で応える。
「はい、行ってらっしゃい!」
「おぅ、後は心配すんな!」
そんな友達の声を背にして隼人は春希と一緒に、登校してくる生徒たちの流れに逆らい全力疾走。当然、周囲から何事かといった好奇と驚きの視線が突き刺さる。
しかし隼人はそんなもの知ったことかと、いっそ獰猛な笑みを浮かべ、ひたすら学校からも家からも離れた場所へとまっしぐら。
そこへようやく我に返った春希が、息を切らしながら声を上げた。
「ちょっ、隼人! どこ、向かってるの!?」
「さぁな、どこ行こっか?」
「まさかの無計画!?」
「あははっ、とりあえず誰も知らないような遠いところ! そうだ、海に行こう、日本海! 昨日の水族館見てて思ったんだけどさ、俺、日本海見たことなかったし!」
「日本海!? どこの、どうやって!?」
「電車に乗って、適当に! 行こうぜ、相棒!」
そう言って二ッと歯を見せ、無邪気に笑う隼人。
まるで悪ふざけのお誘い。自分でも何を言っているんだと思う。
春希は大きな瞳を揺らして肩を震わせた後、空に向かって大きな声で叫んだ。
「あ~~~~、もうっ!」
◇
最寄駅から電車に飛び乗り、通勤通学の人々に紛れながら新幹線の起点駅へ。
隼人はATMで手数料に眉を顰めつつ、原付購入資金としてバイトで貯めていたお金をありったけを引き下ろす。そして鞄には財布とスマホだけ残し、駅のコインロッカーに残りの中身を叩き込む。
目的地はあまり深く考えず、北陸新幹線で海に最初に面していそうな駅へ。
自由席か指定席かで迷うものの差額は数百円、どうせならと指定席を選ぶ。
駅のホームに向かうとスーツ姿のビジネスマンに大きなトランクを引く子連れの家族、スポーツバッグを持ったジャージ姿の集団や楽器を担いだ派手な格好の人等々、実に多彩な利用客の姿で溢れていた。
さすがに平日午前に制服姿の男女2人組は珍しく、ドキリとしながら周囲を窺うものの、それでも特に不審に思われていないようだ。
発車までの時間に余裕はなく、すぐさま乗車する隼人と春希。
既に席の半数は埋まっており、乗車券の番号を見ながら自分たちの席へと向かう。
ちなみに窓際の席は厳正なジャンケンの結果、春希が手に入れていた。
席に腰を下ろし、一息吐くと同時に新幹線が走り出す。
静かな加速と共に、見知らぬ土地がどういうところなのか期待で胸が膨らんでいく。
隼人は流れる景色を眺めつつ、同じく外を見ていた春希へ弾んだ声を掛けた。
「俺、北陸なんて初めてだわ」
「ボクもだよ。まさかこんなタイミングで行くとは思わなかった」
春希はジト目でため息を吐き、少し呆れ気味な声で答えてくるも、隼人は気にせずのんきに笑って言葉を続ける。
「寒いところってイメージしかないなぁ。もしかしてもう雪とか降ってたりしない?」
「さぁ。初雪が降っててもおかしくない時期だけど、年によってバラつきがあるし」
「あ、米どころってのもあった! お米、俺たちが普段食べてるのと違うかな?」
「どうだろ。余所には出回らない地元だけのブランド米とかありそうだけど」
「そりゃ楽しみだ。あと日本海の新鮮な魚介類も外せないな。月野瀬は山だったし!」
「もぅ、隼人ってばさっきから食べ物ばかり!」
「ははっ、今まで料理することが多かったから、つい。そういや観光名所とか全然思い浮かばないや。春希、何か知ってる?」
「色々あるけど、急には出てこないや。スマホで調べたら何か出てくるんじゃない?」
「それもそうか」
ぺしゃんこのスクールバッグからスマホを取り出す隼人。ホーム画面に示されているのは、SHR真っ最中の時間。
いつもなら学校の自分の席に座っているはずなのに、今は新幹線の席で縁もゆかりもない北陸の街へと向かっている。
そう思うと、なんだか無性にこの状況がおかしく思えてきた隼人は、ついくすりと笑いが込み上げてきてしまう。
無断欠席したのは事実。学校や家のことが気にならないわけじゃない。だけど今はそのことを考える時じゃない。スッと目を細める。それにみなもや伊織が心配するなと言ってくれた。きっとその辺のことは、彼らがなんとかしてくれるだろう。
「隼人?」
そんなことを考え固まっていると、春希が怪訝な表情で顔を覗き込んでくる。
隼人は頬を緩め少し考えた後、伊織や一輝と同じグルチャを呼び出し、『日本海、見に行ってくるわ』と書き込む。
あとを任せた手前、大雑把なりにも行き先を告げておいたほうがいいだろう。
そしてスマホの電源を落とし、悪戯っぽい笑みを浮かべて提案した。
「なぁ、どうせならスマホの電源は切っていこうぜ」
「へ?」
「せっかくなら、何も知らないままの方が面白そうだろ?」
隼人は我ながら名案だと思えた。そもそも突発的で考えなしの行動なのだ。無計画で無鉄砲、出たとこ勝負で突き進む方が、何を見られるかわくわくするというもの。それに、余計な邪魔をされたくない。
春希は目をぱちくりとさせた後、ふっと呆れたように表情を緩め、そして何かを観念したかのような、しかし弾んだ声で答えた。
「それもそうだね」
「だろ?」
「……ったく、隼人ってほんと、隼人だよね」
「何だよ、それ」
「別にー?」
そう言って春希もまた、スマホの電源を落とした。




















