157.兄の友達
都心部から電車で小一時間、郊外にある再開発エリア。
駅を基点にして、その周辺には日々の生活の買い物に困らない商業サービスエリアが広がっている。
少し離れたところには規則正しく区画整理され、比較的新しい家屋が立ち並ぶ住宅街。
そこにあるごく平均的な家、そのリビングで、一輝はスマホ片手にくつくつと愉快気に肩を揺らしていた。
スマホのグループチャットでは一輝、隼人、伊織のアイコンが躍っている。
『熱を出して妹の友達に看病してもらった。気まずい。けど、お礼か何かした方がいいと思うんだけど、どうすればいいと思う?』
『それって姫子ちゃんの月野瀬での友達かい?』
『お、てことは例の巫女ちゃん?』
『そうだけど』
『くぅ、巫女ちゃん! いいよな、巫女装束って! 恵麻にも着てもらいたいぜ!』
『そういやこの間シャインスピリッツシティに行った時、パーティーグッズ売り場で売ってたね。3000円くらいで。他にも色々、ナースとかチャイナとか。どれもスカート丈が短かったけどね』
『っ!? よし、今度また皆で買いに行こうぜ!』
『アホか。あ、でも伊織が伊佐美さんにちゃんと着てもらった画像を見せてくれるなら、付き合うぞ?』
『ばっ! そ、それはその、アレだ。彼女のそういう姿を、他の男に見せられるわけねぇだろ!』
『じゃあ、伊佐美さんの代わりに伊織くんがそれを着た画像でいいよ』
『一輝っ!?』
最初の隼人の質問からどんどんズレて、バカみたいな話が広がっていく。
とりとめもない、ありふれた、どうということのない会話だ。
だけど一輝はこのやりとりを、心から楽しんでいた。
通学に1時間半以上かかるものの、今の高校を選んでよかったと思う。
『ところで隼人くん、熱の方はもう大丈夫なのかい?』
『一晩ぐっすり寝てもうばっちり……なんだけど、姫子からは今日は1日寝ていろ命令が出てる。正直ちょっと暇だ』
『そりゃ妹ちゃんがもっともだな』
『てことは今日の家事とか食事は、姫子ちゃんがやってるのかい?』
『……できると思うか?』
「あははっ!」
一輝はそんな隼人の返しに、思わずリビングで吹き出してしまった。
頭の中ではありありと姫子が家事や看病をしようとして、失敗して、春希や友人に泣きつく姿を想像してしまっている。頬が緩む。
そしてそれを裏付けるようにスマホの画面では『なるほど、それで巫女ちゃんに』『そういうこと』といったやり取りが行われていた。
『姫子ちゃんは――』
その様子を聞こうとして、そこまで書いて指が止まった。止まってしまった。
ふいに脳裏に過ぎったのは、いつもの天真爛漫な姫子の顔でなく、プールで見せたやけに大人びて、しかし寂しそうにも見えた表情。
ぎしりと胸が騒めく。
くしゃりと表情が歪む。
指が彷徨う。
何て書いていいか、適切な言葉がわからない。
友人の妹。
仲も良好。
だが、それだけだ。
彼女のことを積極的に聞くということは、兄の友人として些かその関係性を逸脱しているのではないか?
適切な言葉が見つからない。
しかしどうしてか気になってしまう。
一輝がやきもきしているうちに、スマホの中ではいつの間にか『バイト、隼人と二階堂さんだけじゃなく他にも休む人が重なってきつい』『悪ぃ、そっち戻ったらシフトなるべく入る』と話題がバイトへと移ってしまっていた。
「……一輝?」
「っ!? ……姉さん?」
「なんか面白い顔してたわよ……あふっ」
「……あはは」
その時、ふいに眠そうな声を掛けられ我に返る。
顔を上げれば寝起きで爆発させた髪とお腹をボリボリと掻いている姉、百花の姿。
とても人さまにはお見せできないあられもない姿だ。
「んー……一輝、いつもの」
「はいはい」
そう言って一輝が苦笑を零してキッチンへと向かえば、百花はちゃっかり空いたソファに寝転び占領する。
濃い目に設定したエスプレッソマシンを起動させる。
これに気持ち多めのミルクを入れたカフェラテが、百花の言ういつものだ。ちなみにカロリーを気にしてノンシュガーである。
一輝は抽出された泥炭のような色の液体が黄金色の泡を作られていくのを眺めながら、ちらりと時計を確認する。時刻は現在10時半過ぎ。
「姉さんにしては今朝は早いんだね。どこか遊びに行くの?」
「あーんー、ちょっとねー。……そういや一輝、アンタ告白してフラれたんだって?」
百花の言葉に、ミルクを入れていた一輝の手がビクリと震えた。眉間に皺が寄る。
「あぁ、うん。まぁその、色々あって」
「前、みたいな感じ?」
「……そんな感じ」
「…………あっそ」
そして百花はふぅぅぅぅっと、あからさまに何かを含んだ大きなため息を吐く。
前。中学の頃の失敗。
当然ながら姉である百花は、そのことを知っている。
その、顛末も。
一輝はバツの悪い顔のまま、カフェラテを百花の前のローテーブルに置く。
「それ、誰に聞いたの?」
「あいりん。はや……? なんかあんたの友達から聞いたって」
「あぁ、隼人くん」
「…………ん、大丈夫?」
簡潔な言葉だった。
だけどその声色には心配の色が含まれていた。
百花は百花なりに弟のことを案じているらしい。
だから苦笑を1つ。
「うん、皆いいやつばかりだよ」
「そぅ」
「まぁその、今回は僕も気を付けているし」
「……で、その友達の中の誰かに本気になった?」
「っ!?」
百花の予想外に鋭い言葉で、ドキリと胸が跳ねた。
一瞬頭の中が真っ白になる。
当の本人は行儀悪くソファにうつぶせになりながら、ちびちびとカフェラテを舐めている。
ぐるぐると動揺で空回る思考の中、頬が引き攣っているのを自覚しながら問いかけた。
「どうして?」
「……なんか恋する乙女っぽくて、若干キモイ顔になってた」
「なにそれ」
「もしかして告った子、実は本気だった?」
「違うよ、それは違う。その子とは、そういうのじゃないよ」
「……ふぅん?」
一輝は春希を思い浮かべながら、それは違うと、はっきりと断言する。
百花の返事は何か釈然としない色が混じっていた。
その時、ピンポンとインターホンが来客を告げる。
百花は「んっ」と玄関の方を顎で指し示し、一輝を促す。
一輝はボサボサ頭かつキャミソールに短パン姿の姉に苦笑しつつ、玄関に向かった。
ガチャリとドアを開ける。
「はい、どち――ぁ」
「――ぁ」
驚きの声が重なる。
瞠目し、僅かに頬を引き攣らせるも一瞬、お互い何事もなかったように挨拶を交わす。
「やほー、カズキチ」
「……いらっしゃい、愛梨」
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