第17話 ハッピーエンド
20191206 更新
「がっ……」
服が赤く濡れていく。
腹部から熱い血液が溢れ出て止まらない。
俺が手を引き抜くと、鮮血が舞い散っていく。
「ぁ……」
ふら――っと、力なくエリーナが倒れ伏せた。
『さぁ我が友よ。
果たして世界を偽ることはできるか?』
「余裕だよ」
この状況を余興のように楽しむアル。
不躾な物言いではあるが、これも最高神なりの鼓舞なのかもしれない。
どちらにしても失敗するイメージは湧かない。
(……さぁ、そろそろ始まるな)
魔王の命の灯が消えかけたことで世界が動き出す。
瞬間――
「ぇ……」
今にも消えてしまいそうなほどか細い声が漏れた。
それはリリスの声だった。
少女は苦痛に歪む魔王の姿を呆然と見つめている。
「っ――エリーナ!?」
対して声を荒げ直ぐに彼女に駆け寄ったのは周防だ。
必死の形相で倒れ伏せる彼女の身体を抱きあげた。
「……ぁ……ゆう、ま……」
「っ……エリーナ……っ……一体、何が!?」
今にも泣きそうな顔を浮かべる周防に、魔王は小さく微笑んだ。
まるで、自分は大丈夫だからと伝えるみたいに。
「……巡、大丈夫……だよね?」
恋が心配そうに問い掛けてくる。
死に向かうエリーナの姿を見れば当然の反応だろう。
「何も心配するな。
全員、必ず助ける」
俺が見ている未来は――全員を救うハッピーエンドだけだ。
「テメェ、よくもエリーナを……!」
リリスは今にも殴り掛かってきそうだった。
殺意を隠そうともせず親の仇を見るような眼差しを俺に向けている。
「落ち着けよ。
もう彼女とは話を付けた」
「そんなの!! ボクは許しちゃ――」
「りり、す……だい……ぶ、だから……」
痛みに堪えながらエリーナが声を上げた。
リリスは直ぐに俺から視線を逸らして魔王の下へと足を向ける。
「ゆう……ま、りり、す……き……だ……だか、ら……」
消え入りそうな声で、エリーナは『きっと大丈夫だから』と、二人に伝えた。
「エリーナ……」
「ああ、きっと大丈夫だ。
狭間くんは嘘を吐くような人間じゃないから」
ぎゅ――と、少年と少女が魔王と呼ばれた少女の手を握る。
リリスは涙を流しながら、周防は必至に涙を堪えながら。
そんな二人を見つめながら、エリーナは弱々しく手を握り返した。
「う……ん……ふたり、とも……あり……が……」
そして、命の灯が消える最後の瞬間まで、エリーナは笑顔を消すことはなかった。
(……さて――と)
俺はエリーナが死んだの同時にとある行動を取った。
「これで魔王の討伐は完了だ」
「っ……テメェ、よくもボクたちの前で冷静にそんなことが言えるなっ!」
「俺は全員を助けられると確信してるからな」
淡々と事実だけを伝える。
「……狭間くん……頼んだよ」
周防も様々な感情を抱えているだろう。
自分が想いを寄せている女性を目の前で殺されたのだから。
だが俺は友達を裏切ったりはしない。
「任せろ」
周防の目を真っ直ぐに見て返事をした。
直後、
「……ぁ……!?」
「始まったな」
恋の足元が輝いたかと思うと、円形の魔法陣が形成されていく。
魔王の討伐を終えて――恋の送還が始まろうとしていた。
同時にこれは『世界が魔王の死を認識した』ということでもある。
「これって……」
「使命を終えて、これでお前は元の世界に戻れる」
「あ、あたしだけで……巡は……それに周防くんも……!?」
一人で先に帰還することに不安や不満があるのか。
いや、俺たちを置いて先に戻ることに負い目があるのかかもしれない。
「そんな不服そうな顔をするなって、俺たちも直ぐに戻るから」
俺は誤魔化すみたいに恋の頭をポンポンと叩いた。
子供をあやす感覚……言ったら、同級生に失礼かもしれないが……俺が生きてきた年月を考えれば仕方ないことだろう。
「それと奏がお前のこと心配してたから、向こうに戻ったら一言挨拶してやってくれ」
「……巡」
「うん?」
「ちゃんと戻って来てよね、約束だから!」
涙目で俺に縋りつく恋に俺は「約束だ」と伝え――彼女が頷くのと同時に、その姿を世界から消していた。
(……これで一つの目的は達成だ)
あとは二つ。
「さて――今からエリーナを蘇生する」
「……もし失敗したらボクはお前を許さない!」
「失敗はない。
エリーナが死んだ瞬間にもう彼女の蘇生はほぼ成功している」
「は?」
「狭間くん……どういうことだい?」
死者蘇生は魂が消滅した段階で不可能となる。
蘇生する魂が既にこの世界から消えているからだ。
そして世界は魂の消滅を認識したからこそ、恋の送還が始まった。
だが実際にはエリーナの魂は全て消滅したわけじゃない。
何故なら――
「俺はエリーナの魂を別次元に隔離したんだ」
「別次元に……? つまりエリーナの魂の消滅を世界に錯覚させた?」
「そういうことだ」
周防は俺の言葉の意味を直ぐに理解してくれたようだ。
「意味がわからねえんだよ! 重要なのはエリーナが助かるかどうかだろうがっ!」
「助けるさ」
俺はまずエリーナの治癒を開始する。
血を流し過ぎている――だからこそ通常の治癒魔法では肉体の回復が間に合わない。
だからこそ時間逆行の魔法を使って、傷を受ける前の状態に肉体を戻した。
「傷が一瞬で!?」
「こんな治癒魔法があんのか!?」
傷だけじゃない。
失って血液や破けた衣服も全て元に戻っている。
「これでエリーナは生き返るのか?」
「いや、まだだ」
時間逆行の魔法で戻せないものがあるとしたら、それは――世界から消失してしまった魂だけだ。
「ここからが仕上げだ」
俺は腕を突き出すと、空間の中に手がめり込んだ。
そして次元の裂け目からエリーナの魂を引っ張り出す。
「――よっと」
きっと周防とリリスには、俺が今エリーナの魂は見えていないだろう。
だが俺には――分析眼の効果でしっかりと、魔王の魂が見て取れる。
ちなみに魂の形は――マンガとかで見る足のない幽霊のようなものだ。
『あ、あれ? わたくしは……』
「今からお前を身体に戻す」
『え……?』
そしてエリーナを引っ掴んだまま、彼女の身体目掛けて叩きつけた。
きゃあああああああ……という悲鳴が俺の耳には聞こえていたが、我慢してもらおう。
ちなみにこれが死者蘇生の魔法だ。
魂を掴めなきゃいけなかったり、思いきり叩きつけないと肉体に魂が入ってくれないのが難点だ。
「……う……ん?」
「エリーナ……!? 大丈夫かい?」
「ボクのことわかる!?」
魔王の忠実なる従者……いや、友人とでも言ったほうが適切だろうか?
二人の友が目を覚ましたエリーナの顔を心配そうにのぞき込んでいる。
「わた……くし、は……?」
「生き返った気分はどうだ?」
「――!? わ、わたくしは、戻ってこられたのです……ね」
魔王と呼ばれた少女は慌てて身体を起こして周囲を見回す。
だが既に彼女は魔王ではない。
なぜならこの世界から魔王は死んだと認識されているのだから。
今の彼女はただのエリーナになったのだ。
「マジで……マジかよ!? エリーナ、ほんと良かった!」
リリスは涙を流しながら親友の身体を抱きしめた。
「ええ、身体もなんともありません」
「……エリーナ」
「ユウマ……それにリリスも……心配を掛けました」
柔らかな微笑を浮かべる魔王を見て、二人は心から安堵するような表情を浮かべていた。
「魂も安定して定着してる。
もう問題はないだろう」
「……ハザマ様……本当にありがとうございます」
「礼を言うのはこっちだ。
恋の為に悪かった」
「いえ……あなたほどの力であれば実力行使もできたはずです」
それは当然のことだ。
だが、どうせなら全員が救われるほうが気持ちがいい。
世界には幸福の分だけ不幸がある。
どうしてもないことが山ほどある。
俺はそんな世界を今まで腐るほど見てきた。
だけど――せめて自分の手が届く範囲でなら、俺が大切だと思える奴らだけは救ってやりたい。
今はその為の力があるのだから。
「これはわたくしたち魔族を救う為でもあったと思っています」
「ま、俺の友達の想い人なわけだしな」
「ちょ――狭間くん!」
珍しく周防が慌てていた。
「ゆ、ユウマ……そ、それは……」
そしてエリーナも頬を赤らめる。
やはり満更ではないのだろう。
「おいクソ野郎! もしエリーナに手を出しやがるつもりなら、ボクの許しを得てからにしやがれよ! 少なくともボクより弱いうちはダメだ!」
忠犬のようにリリスは吠えていた。
「さて……エリーナを助けたばかりでなんだが、周防……お前に聞いておきたい」
「……元の世界へ戻るか……だよね?」
「ああ」
俺は異世界に転移してしまった生徒――全員を救い出すつもりだ。
そして彼の使命は勇者の討伐――この世界には恋以外にももう一人、勇者候補生(外道)が残っていた。
恋が帰還した以上は、そいつを元の世界へ返すか討伐してしまえば、周防の使命は果たされたことになると思うのだが……周防の場合は少し事情が特殊だ。
「……狭間くん、ありがとう。
キミが僕たちを助ける為に、異世界に来てくれたことは本当に嬉しかった」
「やっぱり、こっちに残るのか?」
俺が問うと周防は躊躇うことなく頷いた。
きっと最初から答えは決まっていたのだろう。
「実は……ね。
僕の家族はもう亡くなってるんだ」
「そう……だったのか」
「うん……今まで親戚をたらいまわしにされてきた。
だからかな……周囲の目を窺って生きるようになってたんだ」
誰に対しても平等な気遣い。
俺が周防に持っている印象だ。
そして多くの友人が彼を『いい奴』だと思っているだろう。
だがそんな『いい奴』の背景はありふれた話であっても、重いものだった。
「だから……こっちは意外と居心地がいいんだ。
わけもわからず転移してきちゃったけど……エリーナは右も左もわからない僕にすごく優しくしてくれて……」
気付けば二人は恋仲になっていた……というわけか。
大切な人がこの世界でできたのなら――それが周防にとって一番の幸せだろう。
「こっちに残るのなら…・…」
パチン――親指と中指を合わせて弾いた。
すると掌の上の空間が裂けたかと思うと、アイテムが俺の手の中に落ちてくる。
それは収納魔法で保管していたアイテムの一つだった。
「これを渡しておく」
周防はそれを受け取った。
「石……いや、微量だけど魔力を感じる?」
「魔法道具だ。
魔力を込めれば念話が使える。
何かあればいつでも連絡をくれ」
「ありがとう、ならもしもの時は頼らせてもらうよ」
どちらからともなく手を差し出して、俺たちは握手を交わした。
もう二度と会えなくなる……というわけではないが、それでも問題でもない限りは再びこの世界に戻ってくる可能性は低いだろう。
「元気でな、周防――それとエリーナ、帰る前にちゃんと約束は守るよ」
「約束……ですか?」
「この世界の戦争は俺が止めてやるって言っただろ?
今から戦争を終わらせてくる」
「た、確かにおっしゃっていましたが、何をなせるつもりなのですか?」
争いを止めるにはどうしたらいいか?
簡単なことだ。
「この世界――ユグド全域にに認識阻害の魔法を掛ける。
人々が暗黒大陸を、魔族たちが人間の大陸を認識できないようにな」
「……互いの大陸の位置がわからなければ争いは起こらないと」
「そうだ。
勿論、互いの禍根は消えることはないが……憎しみは長い年月を掛けて忘れていくしかない」
悔い改めなければならないこと多々ある。
だがそれでも――憎しみという原動力は悲劇しか生みはしないと俺は思うから。
「……そう、ですね。
いつか人と魔族が手を取り合える世界を……そうなる為にも今は時間が必要だと思います」
それは元魔王としてのエリーナの答えだった。
「……ま、さっきも言ったが何かあったら相談してくれ。
それじゃあな」
「ぁ――ハザマ様……」
「うん?」
俺を引き止めたかと思うと、エリーナは深々と一礼した。
「本当にありがとうございました」
「な~に、この程度はなんでもない――『ついで』だよ」
最後に「じゃあな」と手を上げて、俺はこの世界の上空に転移した。
雲よりも高い空と太陽だけが見える場所へ。
そしてその位置から認識阻害の魔法を使う。
俺の魔法は世界中に広がり、この大陸中の人々を騙し続ける。
これは偽りの平和なのかもしれない――でも幸福な嘘はきっとある。
『ふむ……ま、そこそこの結末と言ったところか?』
『もっと素直に褒めろっての』
『貴様ならこの程度の問題は困難にもならんだろ?』
確かに……世界の攻略難易度は『Easy』と言ったところだろう。
次の異世界はどんな場所になるかはまだわからないが……とりあえず、
「帰るか」
俺は座標位置を定めると、元の世界へと帰還するのだった。
〇戦績
ステージ1:ユグド大陸――攻略達成
エンド:TURE END
異世界救出:麗花 恋
巡によって最初に救出された転移者。
彼の帰りを詩音と落ち着きなく待っている。
彼女の秘めたる想いが、巡に届く日はあるのだろうか?
異世界残存:周防 優真
異世界に残った後はエリーナとの仲を深めていく。
嫉妬した魔族たちが優真にちょっかいを出すこともあるが、
忠犬リリスの協力も得て楽しくやっているよう。
残り転移者――23名。
ネクストステージ:???




