表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第6章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/81

79:シーフード・パラダイスを求めて

 頭上には青い空と、じりじりと照りつける太陽。アステリア王都は本格的な夏に突入していた。

 割れ鍋亭と旅するキッチンは、相変わらずの盛況が続いている。

 定番のケバブサンドに、たこ焼き、兵糧丸。雪で冷やしたエールとフルーツ。

 ドングリのガレットだけは、季節柄森のドングリが減ってしまったので、秋までお休みすると宣言している。もっとも少量は確保しているので、エレオノーラに食べてもらう分は問題ない。


 食料ギルドはあれ以来、すっかり大人しくなった。

 憲兵に逮捕された幹部たちは、宰相からトカゲの尻尾切りをされて責任を押し付けられたそうな。王都に混乱をもたらした罪で実刑になる見込みだと、アルフォンスが教えてくれた。


 ヴェロニカは身柄を神殿に移されて、厳しい取り調べを受けている。ただ、あんまり反省はしていないみたい。

 いつも身勝手な恨み言を吐いていると、シルヴェスター神官長が呆れていた。

 彼女も調べが終わり次第、何らかの罰が下される予定とのこと。


 ヴェロニカという修道院と孤児院の悪玉菌がいなくなって、これは孤児院を買い取れる日も近いかもしれない。

 ……あれ? でも悪い奴がいないなら、無理して買い取らなくてもいいのかな?

 お金はそれなりに貯まったが、孤児院の子供たち数十人を全員しっかり養育するには足りない気もする。

 うーん。もうちょっと考えよう。


 危険は去って、毎日が充実している。

 だがしかし。私の心は――胃袋は、別のものを求めて叫んでいた。


(冷たいものもいいけれど。こう暑いと、逆に熱くて塩気のあるものが食べたいっ!)


 汗をかきながらハフハフとかき込む、あの懐かしい食べ物。

 透き通った黄金色のスープが湯気を立て、少し太めの麺をずずっとすする。

 そう、ラーメンだ!


 私はラーメンが好きだ。

 というか、ラーメンが嫌いな日本人などいるのだろうか? ……いたらごめんなさい。

 醤油味、味噌味、塩味。太めの縮れ麺から、つるりとした細麺まで。全国津々浦々、各店が工夫を凝らしたラーメン!


 特に夏の暑い季節は、シーフードラーメンがお気に入りだった。

 エビをまるごと使った濃厚なダシと、アサリの旨味。イカのプリプリした食感がたまらない。想像しただけでよだれが出そうだ。じゅるり。


 少し前に「これから夏だから、あったかい汁物は今ひとつ」と言った。しかしあれは取り消そう。

 暑い夏こそラーメンである!


「おーい、シスター。ケバブサンド一つと兵糧丸三つ、頼むぜ」


「わたしはたこ焼き一つ」


「あ、はい!」


 お客さんの声で現実に引き戻された。

 おっといけない。シーフードラーメンの妄想に惑わされて、異世界にトリップするところだった。

 旅するキッチンの前には、たくさんのお客さんが並んでいる。今は集中、集中。


 しかし一度火のついた食欲は、そう簡単に離れてくれなかった。

 たこ焼きに入れる陸イカ――イカそっくりの味のキノコ――を見ていても、本物のイカに会いに行きたくなる。


「今日のシスター、なんかおかしくないか?」


「あの人、普段から割とおかしいだろ」


「いい人だが、たまに挙動不審だよな……」


 警備兵の常連さんがヒソヒソ話しているのを聞き流しながら、私の心はまだ見ぬ海へと飛び立っていた。





 夜、翌日の料理の仕込みに一段落ついた頃。

 割れ鍋亭の食堂には、いつものメンバーが集まっている。双子のフィンとミア、ラテ、ギル。雇い人の人たちと、引き取った孤児院の子たち。それからちゃっかり混じっているクラウスだ。


「海に行きましょう」


 私が切り出すと、みんながこちらを見た。


「また急だね。どうして海なんだい?」


 ギルが首を傾げる。そんな動作まで芝居がかっているが、全員スルーである。


「そろそろ、新しいメニューを作りたくて。その名も『特製シーフードラーメン』!」


「らーめんって、前にルシルが言っていた、メンの料理?」


 ミアが興味深そうに身を乗り出した。

 この国に麺類はない。だから新しい料理になるだろう。


「そうよ。小麦粉を練って細切りにして、ほそながーくして食べるの。スープやソースによく絡まるから、とっても美味しいのよ」


『シーフードということは、魚味か?』


 ラテがヒゲをぴくりと動かした。


「そう! 魚介の旨味たっぷりのスープを作って、麺に合わせるの。スープは透き通った黄金色で、一口飲めば、海の香が口いっぱいに広がるわ。麺はつるつるモチモチ。具にはエビや貝を乗せて……」


 熱弁を振るう私を、みんなちょっと呆れた様子で見ている。まあ、いつものことである。


「美味そうだな」


 クラウスがぼそりと言った。目が真剣だった。


「シジミのおかゆは実に美味かった。今まで貝類を食ったことがなかったが、海の貝も美味いんだろう」


「もちろんですよ! 海の貝はシジミより大きくて、食べ応えもダシの取りがいもあります。エビともよく合う味ですよ!」


『貝はもちろんだが、大事なのは魚だ、魚。魚介というからには魚もたっぷり入れるんだろう?』


 ラテが続ける。


「うん。魚でダシを取るし、鍋みたいに魚そのものを入れてもいいね」


『それは良いな!』


 ラテは嬉しそうに尻尾を立てた。


「でも、王都は魚のラインナップがいまいちよね。生簀の魚は売ってるけど、種類も質も限られるし、お値段も高め」


 この王都は海から少し離れている。前世のような物流網が発達しているわけではない以上、仕方のない話だ。

 生簀いけす以外では干物や燻製ばかり。

 私が作りたいラーメンには、新鮮な素材が不可欠だ。それに出汁の決め手の昆布だって欲しい。昆布そのものがこの世界になくとも、似たような海藻が欲しい!


「というわけで、海に行くわよ!」


 私はぐっと拳を握った。

 私には容量無限、アンド、時間停止の絶対倉庫がある。港町で新鮮な魚介類をたんまり仕入れて倉庫に入れておけば、鮮度抜群のまま持って帰られるわけだ。


「なるほどね」


 ギルが目を細めた。いつもの軽薄な態度から、計算高い商人の顔になっている。


「王都に一番近い港町は、シートンマスの町だ。悪くないね。食料ギルドの影響力が弱まっている今、港町と直接の交易ルートを作っておけば、大きな力になるだろう」


「だよね? 港町には、私の知らない魚介類がたくさんあると思うの。色んなものを味見して、至高のシーフードラーメンを作らなきゃ!」


「あたらしい土地には、あたらしい商品。あたらしいチャンスがころがっている」


「お父さんのくちぐせだね」


 フィンとミアも頷いている。


「よし、決まりだ。君の倉庫と僕の交渉術があれば、成功間違いなしだよ」


「うんうん! それじゃあ善は急げ。さっそく出発日を決めましょう!」


 話し合いの結果、三日後に出発することになった。

 港町へ行くのは私とギル、フィンとミア、そして用心棒としてクラウス。

 雇い人と孤児院の子供たちは留守番を頼む。ナタリーにも一報を入れて、子供たちのケアをお願いすることにした。


 割れ鍋亭は食堂がオープンして、既に上手く回っている。

 屋台の旅するキッチンは、倉庫持ちの私がいない間は縮小営業になる。

 三日の間にお客さんたちに説明をして、準備をすっかり整えた。


 そうしてとうとう、出発の朝がやって来た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ