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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第5章

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78:【閑話】じゃがいもパイを作ろう

 割れ鍋亭と旅するキッチンに、日常が戻ってきた。

 デマ騒ぎの時が嘘のように、お店も屋台も賑わっている。


 そしてとうとう! 割れ鍋亭は、食堂がオープンしたのだ!

 五人の雇い人たちのおかげで、料理供給能力は大きくアップしていた。

 屋台は絶対倉庫を持つ私の同行がほぼ必須だけど、きちんとした厨房施設がある割れ鍋亭であれば、その場で料理して提供できる。


 季節は既に夏。

 気温はずいぶん上がって、暑い日が続くようになった。

 そこで、冬の間に倉庫に格納していた雪の出番である。


「はい! 冷やしフルーツのヨーグルトとハチミツかけ。こちらは冷えたエールですよ!」


「かーっ、うまい! クソ暑い中で冷たいエール、たまらん!」


「フルーツもひえひえでおいしい! 涼しくなるぅ」


 地下室に樽を用意して、その中に雪を入れた。それで、その雪でフルーツや飲み物を冷やしている。

 樽には羊毛の布をぐるぐる巻きにして、断熱効果をアップ。雪はたくさんあるけれど、夏の間じゅう保つように節約しながら使う予定だ。

 冷蔵庫なんてない世界だから、暑い夏に冷たいものを出すと、それだけで大ウケだった。


 今はまだ、エールは酒蔵から仕入れたものだ。たとえ冷やしても、前世のビールのような味ではない。

 でも、ラテがエールの発酵にちょうどよい酵母菌を研究中だったりする。そのうちとびっきりのエールができることだろう。

 とはいえ、無計画に作ってしまうと酒造ギルドと対立してしまうので、上手に話を持っていきたいところだ。


 今のところ、新しいメニューは冷えたエールとフルーツだけ。料理ではない。

 だからそろそろ新メニューを開発したいのだが、その前にやることがあった。





「さて。今日はじゃがいものパイ、その名も『ラッピー・パイ』を作ります!」


 夜、厨房にて。私は宣言した。

 フィンとミアが首を傾げる。


「らっぴーぱい?」


「そう。じゃがいもをメインに使うパイでね、もっちりもちもち食感でボリュームたっぷりなの」


 ラッピー・パイは、前世カナダの郷土料理。いわばB級グルメだ。

 小麦粉を使わないレシピなので、エレオノーラにぴったりなのだ。


 私は倉庫からじゃがいもを六つ、取り出した。軽く洗って皮を剥く。

 次に玉ねぎを二個。玉ねぎは皮でダシを取るので、皮ごとよく洗っておく。

 さらに豚肉の薄切り。これは、ラテ特製の塩麹で揉み込んで、三十分ほど漬け込んでおいた。

 塩麹は塩とお米から作る。小麦アレルギーのエレオノーラにも安心安全な調味料である。


 次は玉ねぎの皮を水に浸ける。ボウルに皮を入れ、落し蓋で押さえるようにしておいた。

 少し時間がかかるが、ここは肉と同時進行でやれば無駄がない。

 玉ねぎ本体は細切りにしておく。


 玉ねぎの皮からダシが出たら、鍋にかける。

 ここにブイヨンを投入。

 コンソメキューブなどという便利なものはないので、鶏ガラと香味野菜を煮込んで作った。

 これがまぁ大変だったのだが、一度作っておけば何にでも使える。絶対倉庫のおかげで作り置きが簡単。ビバ倉庫。

 ブイヨン作成の苦労はまあ、そのうち語るとしよう。今回はラッピー・パイだ。


 次にフライパンに肉と玉ねぎを入れて、玉ねぎがしんなりするまで炒める。

 この辺りでいい匂いが漂い、子供たちがわくわくした顔で鍋を覗き込んでいた。


 さらにじゃがいもをすりおろす。

 そう、細切りでも角切りでもなくすりおろすのだ。ちょっと珍しいでしょ?

 おろし金を取り出して、ボウルの上に置く。

 ボウルには目の荒い麻布をかぶせておいた。


「なんで布をかぶせるの?」


 フィンが不思議そうに言った。


「まあ、見ていてね」


 じゃがいもはたくさんあるので、手分けしてすり下ろした。麻布の上にどんどんじゃがいもが落ちていく。


「すり下ろしたじゃがいもは、しっかり水分を絞る!」


 ここで麻布が活躍する。

 私は下ろしたじゃがいもを麻布で包んで、ぎゅううぅっと絞った。黄色い汁がたくさん出て、ボウルに溜まっていく。

 ここでしっかり絞るのがポイントだ。


 水分が絞られたじゃがいもは、ポテトサラダのような触感になっている。

 ここに先ほどの玉ねぎとブイヨンのスープを染み込ませた。

 スープをしっかり吸わせるために、ばっちり絞るのが大事というわけだ。

 スープを吸って柔らかくなったじゃがいもに、胡椒とチーズを少々ふりかける。これでタネは完成!


 次いでオーブン皿にじゃがいものタネ生地を入れて、平らにならした。この時入れるのは、三分の二くらい。

 その上に炒めた肉と野菜を乗せる。そして残りのじゃがいもをその上に乗せて、平らにならす。ミルフィーユ状にした。

 最後にもう一度粉チーズをかけて、オーブンへ。


「……わあっ!」


 焼き上がると、じゃがいもの香ばしい匂いが広がった。子供たちが歓声を上げる。


「好みでトッピングしてね」


 私はオリーブやバジルの入った瓶を取り出した。

 それぞれの皿に盛り付けて、いざ試食。


「いただきます」


「いただきまーす!」


 子供たちと雇い人が、ラッピー・パイを口に入れる。同時、みんなが笑顔になった。


「不思議な食感ですね! もちもちとしていて」


「塩麹の味が効いている」


「お腹にたまるよー」


 前世で言うところの『いももち』に似た食感が楽しい。じゃがいもの香ばしさと豚肉の脂もよく合っている。

 モチモチしたじゃがいもの生地を噛めば、染み込ませたスープがじゅわっと口に広がる。

 玉ねぎの皮のダシがいいアクセントになって、味に深みを出していた。


「これ、お店の新メニューにしないのかい?」


 ギルが言うが、私は腕を組んだ。


「じゃがいものすり下ろしやブイヨン使うのが、けっこう手間だし単価が高めかなって。基本、エレオノーラ様の特別メニューのつもりだったの」


「でも、こんなに美味しいんだ。もったいないよ。例えばそうだな、祝日の日の特別メニューにするとか、限定で出すのは?」


「あ、いいかも。ちょっと変わった料理だし、特別感がありますね」


 というわけで、ラッピー・パイは特別メニューで出すことになった。


『うむ、美味い。食べ応えもある。これならあの小娘も喜ぶだろう』


 豚の脂で口の周りをべたべたにしながら、ラテが言った。


「さっそく明日、持っていかないとね」


 じゃがいものビタミンと炭水化物、肉でタンパク質、玉ねぎで野菜。サラダやスープでもう少し野菜を足せば、栄養バランスもばっちりだ。

 小麦が食べられない分だけ、エレオノーラには食事を楽しんで欲しい。


 彼女の喜ぶ顔を想像しながら、夜は更けていった。







+++

これにて第5章は終了です。

次の章ではちょっと場所を変えまして、王都から海、港町まで遠征をする予定。新しい場所で新しい食材ゲットです!


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