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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第5章

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77/81

77:友

【ルシル視点】



 エレオノーラの部屋で、アルフォンスは話に区切りをつけた。


「……というわけで、兄上と宰相はとりあえずは手を引いた。ヴェロニカ元院長は、毎日地下室で恨み言を吐いているそうだよ」


「まあ、ヴェロニカは反省とかしそうなタイプじゃないですね」


 私は肩をすくめた。

 むしろ、食事の世話をしなくてはならない修道女が気の毒である。早めに神殿に身柄を移して欲しいものだ。

 エレオノーラがお米のおかゆをモキュモキュ食べながら言った。


「食料ギルドは相当力を削がれましたね。当面は反撃の余力もないでしょう」


「もう反撃を諦めてくれるのが、一番いいんですけどね」


「食料ギルド主体では、諦めざるを得ないんじゃないかな。ただ、兄上と宰相は何とも言えない。経済基盤だった食料ギルドが傾いて、何もしないとは思えないから」


 と、アルフォンス。私は不安になる。


「私の店への嫌がらせが、まだ続くでしょうか?」


「その可能性は低いと思う。君の屋台と店は、今回の件で王都中で有名になった。下手に叩こうとすれば、あちこちから火の粉が飛んでくる。絶対ないとはいえないが、今までのような直接的な嫌がらせはなくなるはずだ」


「よかった」


 私はほっと胸を撫で下ろす。

 食料ギルドの嫌がらせは、全部返り討ちにしてやったけど。でも大変だったもの!


 エレオノーラとアルフォンス、私は、今回の事件についてあれこれ話した。

 食料ギルドの販売封鎖は酷いやり口だったが、おかげでこうしてエレオノーラの病気を治療するきっかけにもなっている。

 何がきっかけになるか分からない。禍福はあざなえる縄の如し、だ。


「とりあえず、味噌と醤油を米麹で作ろうと思っています。そうしたら、小麦除去料理の幅がぐっと広がりますから」


「楽しみですわ」


 エレオノーラはニコニコ笑っている。妹の笑顔を見て、アルフォンスも嬉しそうだ。


「醤油と味噌が出来上がるまでに、次はじゃがいものパイを持ってきますよ」


「まあ、お芋の」


 じゃがいもパイはカナダの料理。じゃがいも主体でお肉もたっぷり食べれられる、スタミナ料理である。

 食べ盛りのエレオノーラにぴったりだろう。

 ミルクや卵主体であれば、デザートのレシピもたくさんある。米粉で代用もできる。

 私の知っている料理をあれこれ話してみれば、エレオノーラはちょっと前のめりになって聞いてくれた。


「食べるのがこんなに楽しいなんて、少し前までは想像もしていませんでした」


 満足そうに笑って、彼女は息を吐く。


「でも、お腹が減る悲しさも知ってしまいましたわ。貧しい民たちは、いつも飢えと隣り合わせでいるのですよね……」


 すぐにそこに気づけるとは、この人は優しく賢い人だ。

 アルフォンスが妹の肩を抱いた。


「そのために我々王家がある。貧しさと飢えとを少しでも減らし、よりよい国を作るよう、私も頑張らないとね」


「はい、アルお兄様。わたくしもずいぶん元気になりました。手助けができるはずです」


 エレオノーラは貴重な『大治癒』能力の持ち主。健康を回復して能力を使いこなせるようになれば、神殿のトップに立つ立場だ。

 神殿に宰相と王太子の勢力が伸びている現状、エレオノーラが力をつけてくれるのは心強い。


「ルシル」


 エレオノーラが手招きをするので、ベッドに近づくと。


「わあ!?」


 ぎゅっと抱きしめられてしまった。王女様、体が細い! 髪ふわふわ! あとなんかいい匂いがする!

 ついでに彼女の反対側にはアルフォンスがいる。近い近い近い。

 間近でアルフォンスと目が合った。お互い真っ赤になる。


「もうっ! エレオノーラ様、いたずらはほどほどに!」


「ふふっ。わたくしの大好きなお兄様と、大好きなルシルに仲良くなってほしくて」


「私たちは仲良しだよ、エレオノーラ。だってシスターは私の平民の最初の友だからね」


「お兄様。友達ならば、名前を呼べばいいではないですか。いつまでも『シスター』と他人行儀に」


「うっ」


 アルフォンスは何故か言葉に詰まった。なんか変な声がするので振り返ると、護衛の人が後ろで笑いを噛み殺している。


「いや、しかし。シスターは妙齢な女性のわけで、名前を呼ぶのはなんというか、ほら、……照れくさいというか……」


 目を逸らしながら言われると、逆に恥ずかしいんですけど!

 いやしかし、そう言われれば恥ずかしい気がしてきた。それに彼は王子様だ。知らなかった頃ならともかく、「アルフォンスさん」は不敬だろう。


「そうですよね。では私も王子殿下と呼びます」


 宣言すると、アルフォンスは焦ったような顔になった。何だよ、照れくさいと言ったのはあんただろうに。


「いや、それはやめてくれ。公式の場ならともかく、私的な場では今まで通りアルフォンスと呼んでほしい」


「そうですか? では、アルフォンス様」


「様付けもやめてくれ。友である以上、さん付けだって不要だと思っていた。どうか呼び捨てに」


 えええ? いや、それはまずいんじゃない?

 するとエレオノーラが口を出した。


「お兄様、ずるいですわ! わたくしだって、ルシルに名前を呼び捨てにしてほしいのです。だってルシルは、わたくしにとっても友ですの。いいですわよね?」


「え、えーと」


「あぁ、お兄様は様付けでいいんじゃありませんこと? ルシルより年上で、力を貸す立場ですもの。でもわたくしは違います。年下で、病を治してもらいました。命の恩人です。そのような人に様付けで呼ばれるのは落ち着きません。どうかエレオノーラと」


 エレオノーラは私の腕を取って、ずずいと顔を近づけた。

 圧が、圧が強い! 絶世の、をつけてもいいくらいの美少女の顔面がめちゃくちゃ圧が強い!


「わ、分かりました! この部屋のように他に人がいない時は、エレオノーラと呼ぶから!」


「やりましたわ! ありがとう、ルシル」


 私の腕に頬ずりするお姫様を、ラテが呆れたように見上げている。

 一方でアルフォンスはそわそわしていた。


「その理屈で言えば、妹の命の恩人であるシスター……ルシルに、私としても様付けで呼ばれるわけにはいかない。アルフォンスと呼んでくれ」


 ……別の意味で圧が強い。にこやかに微笑んでいるのに、どす黒いオーラが見えるのは何故なのか。

 駄目だ。どう考えても、この王子王女相手に勝ち目はない。


「分かりました……。じゃあ、呼び捨てにしますからね。アルフォンス」


 そう言えば、王子様はにっこりと笑ったのだった。





「はぁ。酷い目に遭った」


 ようやく王女の部屋を出て、帰路。アルフォンスと別れた私とラテは、王城の敷地を歩いていた。

 エレオノーラの部屋がある塔は、王城のかなり奥まった場所にある。周囲に人気はなく、寂しい雰囲気だった。


『気のいい奴らではないか。あの小娘、吾輩をラテちゃんと呼ぶのは不埒であるが』


 ラテはからかうような口調である。


「今回は本当に助けてもらったし、エレオノーラとの付き合いは長くなりそう。そのうち、ラテの正体をきちんと話さないとね」


『そうだな……』


 頷きかけたラテが、ふと足を止めた。


「ラテ?」


『あの建物。妙な気配がする』


 彼の視線の先には、緑のツタが絡まった古い建物があった。一階建てのそう大きくない、石造りの建物である。頑丈そうな造りで、小さな窓には鉄格子が嵌っていた。周囲は草に覆われていて手入れされている様子はない。

 ラテは慎重な足取りで建物に近づいた。草ぼうぼうに見えたが、良く見れば人が一人通れる程度の踏み固めた道が通っている。

 建物の扉は、頑丈な錠前で閉ざされていた。しかしそれは錆びているわけではなく、時折人の手が入っていると示している。


『鍵の他に、魔法で封印が施されている』


 ラテが扉を見上げた。


「ここは王家の敷地だもの。ちょっとした建物でも、厳重に締め切られていてもおかしくないよ」


 私が言うが、ラテは視線を外さない。

 扉に近づき、耳先を付けるようにして。


『……駄目だ。気配が消えた』


 納得いかなそうな顔で、建物から離れた。長い尻尾が不満そうに揺れている。


「今度アルフォンスに会ったら、この建物のことを聞いてみようか」


『そうしてくれ。何なら吾輩が直接聞く』


「ん、そうだね」


 ラテは何度か振り返りながらも、元来た道を戻っていく。

 最後に振り返った建物は、初夏の緑に埋もれて、何かを隠しているようにも見えた。


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