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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第5章

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74/81

74:勝利の後

「シスター・ルシル」


 群衆の中から、冒険者が数人進み出た。顔見知りの人たちで、何度かうちの店で買い物をしてくれた人々だ。

 彼らはばつの悪そうな顔をしている。


「すまなかった。シスターの料理を信じきれず、デマに乗せられてしまった。これからまた、買い物に行ってもいいだろうか?」


 私はとびっきりの笑顔を返す。


「もちろんですよ! あんなの、騙す方が悪いんです。いつでも来てくださいね!」


 すると次々に声が上がる。


「シスター、ありがとう!」


「ドングリは健康にいいんだな。また食べに行くよ!」


「王女様も認めた料理だものね!」


 群衆の怒りは既になく、私に喝采を送ってくれる。

 本当の本当を言うと、手のひら返しが早すぎる彼らにちょっとモヤるところがないでもない。

 でもまあ、民衆なんてそんなものかな。私だって前世、テレビでバナナが健康にいいと聞けば山程買ったり、それなのに飽きたらそれっきりになったり、良くやったし。


 意地悪をした人もいた。でも警備兵や常連さんのように、最後まで味方をしてくれた人もいた。

 何より。


「やったね、ルシル!」


「ルシル、良かったね!」


 私の横で、フィンとミアが嬉しそうに飛び跳ねている。この子たちに笑顔が戻ったのが、本当に嬉しい。


「よっしゃ!」


 私はぐっと拳を握って、空に突き上げた。


「それじゃあ今から、旅するキッチンの特別営業を始めます! ドングリのガレットもありますよ!」


 人々にちょっと避けてもらって、できたスペースに屋台を倉庫からどんと出す。


「はい、並んで並んで! 今、ガレットを焼くからねー!」


 後ろに控えていたギルが飛び出して、腕まくりをする。

 おしゃれな服なのに腕まくりしていいのか……と思っていたら、まくったスタイルも決まっている。こうなるのを予想していたようで、私に向かってウィンクしてきた。やりおるわ。


 こうして私たちの屋台には、再びたくさんの人が訪れるようになった。

 ただのB級グルメの枠を超えて、「王宮医師長と薬師長お墨付き料理」「エレオノーラ姫おすすめの健康料理」のブランドまで出来上がってしまった。

 まあ、いくらブランド化しても、うちの料理は安くて美味しい庶民のもの。これからもその路線を変えるつもりはないのだ。





 翌日。私はラテを連れて、エレオノーラの部屋に来ていた。


「……というわけで、食料ギルドのデマはきれいさっぱり吹き飛びました。これもエレオノーラ様とアルフォンス様をはじめ、力を貸してくださった方々のおかげです」


 私の話をエレオノーラはニコニコと笑いながら聞いている。

 手にはドングリのガレットがある。最近の彼女は食欲旺盛で、しっかり一人前のガレットを平らげるようになった。

 体力もついてきたし、元気になるのは時間の問題だろう。


「今度、醤油と味噌を麦ではなくお米から作ろうと思うんです。そうすれば、エレオノーラ様も食べられますからね」


「まあ。楽しみですわ」


 エレオノーラの病気は、やはり小麦アレルギーで間違いなさそうだった。

 しばらくの間、徹底して麦を除去した料理だけを食べてもらったところ、体調が劇的に改善したのだ。

 もっともここまで劇的に回復したのは、彼女の大治癒の能力の影響がありそうだが。

 体力が回復することで、能力が徐々に強まっているとエレオノーラも言っていた。


 それから本人の了承を取って、ごく少量の小麦を水で練って肌に貼り付けてみた。

 結果、その部分が真っ赤に腫れてしまった。

 同じ小麦を貼り付けた私やアルフォンスは何ともなかったので、これはもう間違いない。


 この実験は、王宮医師長と薬師長に立ち会ってもらった。

 彼らにとって、食物アレルギーは初めて聞く病気。

 最初こそ疑いの目で見られた。でも私がエレオノーラの症状を言い当てて、最後の小麦貼り付け実験ではっきりと結果が出たので、信じてくれたのだ。


 立場のある偉い人なのに、率直に私の言い分を認めてくれた。

 エレオノーラの病を治療できず、申し訳ないとも言っていた。好感の持てる人たちだった。


 ただ、うろ覚えだけど、小麦アレルギーは何種類かあったはず。単純にアレルギー症状を起こす場合と、グルテン不耐症と、あとは小麦の成分で慢性的に炎症を起こしてしまう病気……だったかな。

 エレオノーラの症状を聞くに、最後の何とか病(病名忘れた……)の線が一番濃いように思う。私は医者ではない上に、うろ覚えすぎて何とも言えないが。

 どれも共通する治療法は、小麦除去食。アレルギーは基本的に完治する病気ではないから、気長にやるしかないだろう。


「お米は、こういう粒の大きい穀物ですよ」


 私は絶対倉庫から、湯気の立つお皿を取り出した。

 シジミのおかゆ、お米バージョンである。

 この国の主食は麦だが、他国からの輸入品としてお米が売られている。


「美味しそうな匂い……」


 エレオノーラはごくりと喉を鳴らして、お皿に手を伸ばした。


「さっきガレットを食べたのに、お腹に余裕はありますか?」


「もちろん。最近はお腹が減って、減って……。シスターが届けてくれるお料理も、すぐ食べてしまいますのよ」


 彼女は十三歳。本来なら食べ盛り、育ち盛りの時期だ。今まで食べられなかった分、体が栄養を求めているのだろう。

 今は年齢よりも幼く小さな見た目をしているけれど、この分ならすぐに成長して追いつけるかもしれない。


「では、おかゆは熱々のうちにどうぞ。こちらのおにぎりは、冷めても美味しいですから。置いていきますね」


「はい! んっ、美味しい!」


 エレオノーラは嬉しそうに笑って、さっそくおかゆを口に運んだ。はふはふと笑顔で食べている。


(米麹でお醤油を作ったら、素揚げの唐揚げを持ってこよう。もちろん油も取り替えて、少しの小麦も入らないように気をつけて)


 小麦が使えないのはやっかいだが、工夫のしがいがある。

 エレオノーラの笑顔を見ていると、私の心まで温まるようだ。


 と。

 コンコンと部屋の扉がノックされた。


「エレオノーラ。私だ。入るよ」


「はひ、おにいさま。どうぞ」


 口におかゆを詰め込んだお姫様が、ちょっとしどろもどろになりながら答えた。

 部屋に入ってきたアルフォンスは、私の姿を見ると微笑んだ。

 今日の彼は王子としての略装で、正装に比べると豪華さは下がるが、それでもめちゃくちゃキラキラしていた。


「シスターも来ていたんだね。先ほど、兄上と宰相と話してきた」


 そう言って、彼は事の顛末を教えてくれた。


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