72:権威には権威を
数日後。王都の中央広場には、たくさんの人が集まっていた。
食料ギルドが「民衆の不安に応える」という名目で、「公開討論会」なるものを開いたのだ。
壇上にはギルドの幹部と、羊皮紙に名前が書かれていた医者や薬師らがずらりと並んでいる。
食料ギルドとしては、公衆の面前で私を吊るし上げるつもりなんだろう。
「反論の機会を与える」という名目で呼び出されたけど、ここは明らかに敵地。
「見ろよ、悪い魔女がいるぞ」
「シスターの格好なんぞしやがって。神様の罰が当たればいい」
そんな声が聞こえてくる。片腹痛いわ。ついでに胃も痛いけど。
食料ギルド幹部の男が壇上に上がり、声を張り上げた。
「ではこれから、ドングリの毒性と危険性について討論会を行う。先生、どうぞ」
呼ばれて出てきたのは、立派なヒゲを生やした医者だ。見た目は立派ではあるけれど、買収された人である。
ヒゲの医者は咳払いをした後、もっともらしく言い始めた。
「ドングリは本来、豚などの家畜の飼料。人間、特に感受性の高い子供たちが食べ続ければ、体が豚に変じる可能性がある」
「やっぱり!」
「ドングリは毒だ! 陰謀だ!」
群衆から声が上がった。どれがサクラでどれが本当なのか、分かったものじゃない。
私たちにますます悪意の視線が向けられる。今にも石を投げられそうだ。
直接の暴力に至らないのは、クラウスが睨みをきかせてくれているおかげ。S級冒険者の威圧はかなりのもので、殺気立った群衆が一歩踏み出そうものなら、ギロリと睨みつけて退散させている。
他にも警備兵が駆けつけてくれて、周囲をガードしている。
とはいえ、私たちが不利なのは間違いない。
控えている食料ギルドのメンバーは、勝利を確信したようにほくそ笑んでいた。
医者の御高説は続いている。
「このように、森の魔力を吸収したドングリは、とても野蛮だ。食べるのは動物と魔物だけだからな。特に今時期のドングリは、秋に実が落ちて長いこと地面に転がっていた。そんなものは不潔の極みである」
演説がいよいよクライマックスに差し掛かった、その時。
「森の魔力が野蛮とな? それはまた、ずいぶんと新しい説だ。この老いぼれに詳しく聞かせてくれんかの」
「長く地面に接していると、不潔だと。そういう薬草はごまんとあるが、どう説明するつもりです?」
二人の男女の声がした。
人々が振り向いた先には、老年の男性と初老の女性が立っている。彼らは王宮の紋章が入った高価なローブをまとっていた。
「あ、あ、あなたは、王宮医師長様……!」
壇上の医者が真っ青になった。その彼を見て、医師長の男性はニヤリと笑う。
「久しいのう、弟子よ。しばらく会わないうちに、新説を発表しておったのじゃな。で、森の魔力が野蛮とは? そこんとこ、もう少し詳しく」
「医師長殿。弟子を陰湿にいじめるものではありません。はっきり言っておやりなさい、『森の魔力は体を健やかに保つ効果あり』と」
女性が言うと、医師長は苦笑した。
「薬師長殿、面目ない。不肖の弟子が迷惑をかけているのを見て、つい嫌味を言いたくなってな」
「お二人とも、喧嘩は後にしてくださいね。まずはこの騒ぎを収めましょう」
彼らの後ろから、アルフォンスが姿を表した。
今日の彼は王子としての正装に身を包んでいる。
白と青を基調とした清潔な印象の衣装で、マントには銀糸で竜の刺繍が入れられていた。
服装を変えるだけで王子様パワーが爆上がりだ。普段からしてキラキラしていたが、今日は輝きすぎて眩しいくらいである。
雲間から差し込んだ光が金の髪に反射して、いっそ神々しいほどだった。目が、目がぁぁ。
王子様パワーを目の当たりにした群衆がどよめいた。
「あの方は、アルフォンス第二王子殿下!?」
「間違いない。前に王室のパレードで見たことあるわ」
「それで、あの二人は王宮医師長と薬師長……!? そんな人たちが、どうしてここに!」
彼らが進み出ると、自然と人垣が割れた。
三人は悠々と歩みを進めて、壇のところまでやって来た。
最初に医師長が壇上に上がる。弟子である買収された医者は、顔面蒼白で場所を譲った。
「さて、皆さん。ドングリが豚に変身する毒だという話だが、そんなことがあるはずもない。デマですよ。もし本当に豚に変身する効果があるなら、もっと研究されているでしょう。ドングリはただの森の木の実。味が渋くて食べられなかったのが、そこのお嬢さんの工夫で美味しくなった。それだけのことです」
「で、でも、医師長様! そこのお医者様は、森の魔力が毒だって……」
群衆から上がった声に、医師長ははっきり首を横に振った。
「いいや。自然の魔力が毒なわけがない。森の魔力は大地と植物たちの力。大地を否定するならば、農作物も何もかも口にできなくなるぞ。むしろ森の魔力は、種々の植物たちがバランスを取っているので、健康にいいんですよ。かくいうわしも、時折森林浴に行っとります。森の空気を吸い込むと、気分がすっきりとしますでな」
「確かに……」
群衆たちが唸った。
「次、よろしいでしょうか?」
今度は薬師長が進み出た。手には小さなカゴを持っている。
「こちらを御覧なさい。これは花平茸というキノコです。地面の中で五年もの眠りを経て、ようやく地上に顔を出すのです。花平茸は貴重な薬草で、心の臓の病と血流改善に効果があります」
薬師長はカゴからキノコを取り出して、掲げてみせた。
「五年も地面の中で……」
「そこのヤブ医者の言い分では、長く地面に接していると不潔ということでしたね。それならこの薬草はどう説明するのです」
薬師長に冷たい目で睨まれて、くだんの医者は必死で首を振っている。あれは完全降伏の体勢だ。犬ならごろんとお腹を出す系の。
「シスター・ルシル。こちらへどうぞ」
「あ、はい」
呼ばれたので、私も壇へ向かう。途中までクラウスが付き添ってくれた。
「シスターは、ドングリをアク抜きしましたね?」
「はい。ドングリは渋味成分がたくさん含まれていて、そのままでは食べにくい。でもアク抜きをすれば渋味が抜けて、ほんのり甘い食べやすい味になるんです」
打ち合わせ通りに答える。
「素晴らしい。アク抜きは、薬草学でも使われる手法です。薬草はえぐ味や渋味が多いものです。えぐ味や渋味も必ずしも毒ではないのですが、より服用しやすくするためにアク抜きをして、皆さんに処方しています」
「あっちなみに、地面に長く接していると虫食いが増えるのは本当です。だから水に漬けて、しっかりと選別を行いました。栗とかでもやるでしょ、選別」
私が口を挟むと、薬師長は(余計なことは言わなくてよろしい)と言わんばかりに眉を寄せたが、結局何も言わなかった。
いや一応、本当のことは言っておいた方がいいかと思って。
王宮医師長と薬師長という、この国の最高権威二人のドングリを認める言葉。今や群衆は静まり返ってしまった。




