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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第5章

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71:見えてきた希望

「小麦が毒に!? そんなことがあるのかい?」


「アルお兄様。わたくし、分かる気がしますわ。パンやクッキーを食べると、特に具合が悪くなりますから」


 驚く兄に、エレオノーラは軽く首を振った。


「では、シスターのガレットが平気だったのは……」


「ドングリ粉と蕎麦粉で、小麦を使っていないからですね」


 小麦アレルギーはやっかいだ。パンやクッキーなど分かりやすいものはもちろん、かなりの種類の料理に小麦は使われている。味噌と醤油もそうだ。

 小麦が使われていると知らないで食べてしまうと、たちまち症状が出る。

 エレオノーラほど重いアレルギーなら、直接小麦の料理を口にしなくても、小麦を調理したまな板などを兼用するだけで症状が出る可能性もある。

 エレオノーラが食べていたという野菜スープも、レシピによっては小麦が使われていたのかもしれない。


「食物アレルギーは重い人は命に関わります。今まで対策をしなかったのに、生きてこられたのが不思議なくらいで……」


 アナフィラキシー・ショックは、前世でも時々ニュースになっていた。死亡事故は子供が多かったけど、大人だってないわけじゃない。それにエレオノーラはまだ十三歳で、子供といえる。

 言い過ぎたかと思って口を閉ざしたが、エレオノーラは気にしていないようだ。ちょっと皮肉そうに笑った。


「おそらく、わたくしの大治癒の能力のおかげでしょうね。人を癒やすことはできなかったけど、わたくし自身の命を繋いでくれた。最近、少し元気になって実感しているところでしたわ」


 彼女は胸に手を当てた。痩せて小さな胸に。

 エレオノーラ姫は体こそ幼く小さいままだけど、理知的な人だ。少し話しただけで、聡明さが伝わってくる。

 それだけに寒々しい塔の部屋に一人でいる様子なのが、痛々しい。


 大治癒の能力が彼女を助けたのは、本当だろう。

 エレオノーラにとって毒である小麦を、日常的に摂取していた。能力は日々の解毒に回されて、それだけで手一杯になっていた。


「大丈夫です、エレオノーラ様」


 気づけば私は言っていた。


「もし本当に小麦アレルギーなら、小麦を避けて食事をすればいいんですから。それこそ私は医者じゃないので、これはあくまで仮説になりますけど。しばらく徹底的に小麦を取り除いた食事をしてみませんか?」


 それで体調が改善すれば、小麦アレルギーがほぼ確定する。アレルギーでなくても、小麦除去食が害になるわけではない。

 ところがアルフォンスは顔を曇らせた。


「恥ずかしい話だが、この子は王族なのに冷遇されていてね。大治癒の能力があると判明した後、能力を使いこなせなかったせいで失望されてしまったのだ。それで侍女も最低限で、こんな部屋に閉じ込められるようにして暮らしている。馬鹿げた話だ」


「……」


 エレオノーラは表情を消して目を伏せた。


「だから、エレオノーラのために小麦を取り除いた食事を指示しても、徹底されないかもしれない。どうしたものか……」


「なら、私が作りますよ」


 当然のように言えば、兄妹は揃って私を見た。


「下手にアレルギーを知らないシェフが作るより、素人知識とはいえ知っている私の方が気をつけられますし。料理でエレオノーラ様のお役に立てるなんて、料理人冥利につきますよ! 小麦なしで美味しい料理、いっぱい考えますから!」


 ドングリ粉と蕎麦粉は在庫があるし、肉や野菜もオッケー。お米だってある。お芋もいいね。なら、レパートリーは色々あるじゃない。

 今まで食事で苦しんできたなんて、想像するだけで気の毒過ぎる。これからは安心して美味しいものをたくさん食べて、食べる楽しみを知ってほしい。心からそう思う。


「ありがとう、シスター・ルシル……」


 エレオノーラの瞳に涙が浮かんだ。

 今までずっと原因不明の病気で苦しんで、まだ仮説とはいえ解決の可能性が出てきた。きっと希望を持てたと思う。

 私が彼女の手を取ると、細い手で、弱々しい力で握り返してくれた。

 ラテがベッドの上にひょいと飛び乗る。エレオノーラの膝に、励ますように肉球の前足を乗せた。

 相変わらず女子供に甘い猫だ。その百分の一くらいの優しさをクラウスに向けてあげたら、泣いて大喜びすると思うよ。


 エレオノーラはラテの黒い毛並みを撫でて、微笑んだ。


「ラテちゃんも、ありがとう。わたくし、もう少し頑張ってみますわ」


『おい、ルシル。こいつにちゃん付けをやめるように言え』


 ラテが不満そうに、私だけに聞こえる念話で言うが。


「ラテもエレオノーラ様を応援していますよ」


「あらまあ、うふふ」


『おい!』


 ラテはヒゲをピンと立てて抗議するけれど、まあいいじゃない。

 というか、そのうちこの二人にはラテが魔獣だと打ち明けないとね。


 こうして私は当面の間、王女様の専属料理人になったのだった。





「シスター。私からも礼を言わせてくれ。妹の病は、私にとっても長年の心配事だった。もし本当に元気になれるのなら、こんなに嬉しいことはない」


 アルフォンスが生真面目な表情で言った。


「まだ仮説ですけどね。少しでもいい方向に進めるよう、私も頑張ります」


「いや、今のままでも十分だよ。現にエレオノーラは、シスターのガレットのおかげでここまで元気になったのだ。だから、私の力を使ってくれ」


 アルフォンスは一歩、私に近づいた。


「王宮医師長と薬師長に私から要請して、食料ギルドのデマを払拭しよう。国で最高の権威が、君の正しさを証明してくれる」


「……!」


 その二人が力を貸してくれれば、市井の医者なんか目じゃない。


「でも、いくらアルフォンス王子の要請でも、名高いそのお二人が力を貸してくれるでしょうか?」


「大丈夫。あの二人は医学と薬学に精通した、高潔な人物だ。エレオノーラの病を治せなかったと後悔していた。もちろん、食料ギルドや宰相の派閥とは無関係だ。筋を通して説明すれば、必ず話は通る。そのためにシスター、君に説明をお願いしたい」


「分かりました。ドングリが無害だとしっかり説明します!」


 私はぐっと拳を握る。

 食料ギルドのデマを逆転する希望が、ようやく見えてきた。

 そろそろ反撃のターンだ!


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