69:レッツゴーお城
翌朝。昨夜のアルフォンスの話を店のみんなに説明していると、本人がやって来た。
「やあ、シスター。おはよう。……ずいぶん賑やかだね?」
彼はギルや雇い人たちを少し不審の目で見ている。
「おはようございます、アルフォンスさん。この人たちは割れ鍋亭の店員で、ここに住み込みで働いているんですよ」
「住み込みで? 男性ばかりじゃないか。間違いがあったらどうするんだ」
「子供たちとラテがいますし。みんないい人なので、問題ないですよ」
「いや、猫がいても……」
ぶちぶち言う彼の肩を、護衛の人がぽんと叩いて首を振った。
「アルフォンス様。ルシル殿の身辺が気になるのは分かりますが、ここは抑えて」
なんやねん。
アルフォンスはこほんと咳払いした。ちょっと頬が赤い。
「さて。ではシスター、私と一緒に来てくれ」
「ちょっと待った。ルシルだけかい? あなたを信用しないわけではないが、僕も一緒に行くよ」
口を出したのはギルだ。ところがアルフォンスは首を振った。
「すまないが、今日はシスターだけだ。知らない人間を連れて行くのは、大変なのでね」
「ふぅん。お貴族様は面倒なことで」
ギルの口調がずいぶん皮肉っぽい。
「ギルさん、失礼でしょ。どうしたのよ」
「別に。僕はお貴族様が嫌いでね。だって彼らは、僕ら平民から搾取することしか考えていないじゃないか」
棘のある口調にハラハラしてアルフォンスを見るが、彼は肩をすくめただけだった。
「気にしていないよ。そういう扱いは慣れている。むしろシスターが親切なのが異例だね」
そうなん? まぁ私は修道院にいた時から、貴族には割と良くしてもらっていたから。寄付もらったりとか。
普通の市民にとって、貴族はあまりいい印象がないということか。
「ラテを連れていけばいい」
クラウスが急に言ったので、私はびっくりした。
「クラウスさん、いたんですか」
「さっきからいたが」
「む? お前は銀狼のクラウスか?」
今度は護衛の人が口を挟んだ。なんだそのかっこいい呼び名は。
どっちかというと銀猫大好きのクラウスでは?
「そうだ。それがどうかしたか?」
「いや。我が国屈指のS級冒険者が、こんなところにいて驚いただけだ」
クラウスは目を逸らした。うん、ぼっちこじらせて半ニート中だとは言いにくよね。
話題を変える必要をひしひしと感じる。なので私は言った。
「ラテと一緒でいいですか? 一人だとちょっと心細いので」
「猫だよね。それならいいよ」
アルフォンスが頷いたので、ラテがするりと前に出る。
『吾輩は猫ではないのだが』
ちょっとうんざりした念話は、アルフォンスには聞こえない。
「それじゃあ、行こうか」
「ルシル、気を付けていってきてね!」
フィンとミア、孤児院の子たちが手を振ってくれる。私は用意しておいたガレットを手に持った。昨日も持っていってもらったけど、これしか食べられないなら毎日必要だよね?
アルフォンスの先導のもと、私とラテは歩き始めた。
◇
王都は王城を中心にして、その周辺に貴族街、さらに外周が平民たちの住むエリアになっている。
平民街と貴族街の間には壁があり、門を通らなければ先に進めない。
私たちは当然のように王都の中心を目指して歩き、貴族街に続く門をくぐった。
「……わあ」
貴族街に入ると、それまでの雰囲気が一変した。平民街は雑多で活気のある町並みだったのに、貴族街は美しく整っている。
建物はみんな平屋かせいぜい三階建て。アパートメインだった平民街に比べて、みんな戸建てだ。広々とした敷地と立派な門塀を構えている。
(アルフォンスさんのお家は、どこらへんかな)
又聞きだが、王城に近い位置にある家ほど高位貴族であるという。
私たちは既に貴族街をしばらく歩いている。ということは、彼はかなりいい家の出身か。
さらに歩く。王城が近づいてきた。
アルフォンスは足を止めず、まっすぐに歩いていく。
「あ、あの、アルフォンスさん?」
「ん?」
声を掛けると、彼は振り向いた。いつも通りの穏やかな王子様スマイルだ。
「私たち、どこまで行くんですか? もうすぐお城に着いちゃいますけど……」
「大丈夫。心配しないで、着いてきてくれ」
「はあ」
不安になって足元のラテを見るが、彼は別に気にしていないようだ。悠々と石畳の上を歩いている。
『つまらん町並みだな。やけに広くて身を隠す場所がない上に、平民街のように魚の匂いもしない。用事が終わったらさっさと帰るぞ』
「う、うん」
まあ、魔獣であるラテにとって人間の階級なんて知ったことじゃないか。
私も気を取り直して足を動かしたのだが……。
私たちはとうとう、王城の前に行き着いてしまった。立派な門の前は跳ね橋になっていて、お掘の上にかかっている。
アルフォンスは顔色を変えずに橋を渡った。門衛がいるが、彼の顔を見ると敬礼してスルーした。当然、同行者の私もフリーパスである。
「あ、あの、アルフォンスさん! お城入っちゃいましたよ!?」
動揺のあまり、小声で叫ぶという器用な真似をしてしまった。
「妹がいるのは奥の塔だ。ついてきて」
彼はにっこり微笑んでいる。
私はぷるぷる震えながら、お城の敷地を歩いた。身なりのいい貴族だとか、よく躾けられた雰囲気の侍女や侍従とすれ違う。
アルフォンスは彼らの挨拶を軽く手を上げて受けている。
私はめちゃくちゃ場違いである。この修道服は古臭い。清潔一番だから洗濯はちゃんとしているけれど、あちこちにほつれが目立つ。
でも他に服は持っていないんだよ。洗い替えの修道服がもう一着あるきりだっての。
産業革命以前の文明じゃ、糸も布も高級品なの! 自前の毛皮のラテが羨ましすぎる。
何に対してキレているのか、自分でもよく分からない。
そうして私たちはさらに歩き、敷地の外れまでやって来た。うら寂しい場所で、石造りの古びた塔がぽつんと建っている。
アルフォンスは塔の中に入った。ぐるりと巡る螺旋階段を登って、一番上の部屋の前に立つ。
「エレオノーラ。シスター・ルシルを連れてきたよ」
コンコンとノックする。
「はい。アルお兄様、お入りになって」
中から鈴を転がすような、可愛らしい声がした。




