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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第5章

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69:レッツゴーお城

 翌朝。昨夜のアルフォンスの話を店のみんなに説明していると、本人がやって来た。


「やあ、シスター。おはよう。……ずいぶん賑やかだね?」


 彼はギルや雇い人たちを少し不審の目で見ている。


「おはようございます、アルフォンスさん。この人たちは割れ鍋亭の店員で、ここに住み込みで働いているんですよ」


「住み込みで? 男性ばかりじゃないか。間違いがあったらどうするんだ」


「子供たちとラテがいますし。みんないい人なので、問題ないですよ」


「いや、猫がいても……」


 ぶちぶち言う彼の肩を、護衛の人がぽんと叩いて首を振った。


「アルフォンス様。ルシル殿の身辺が気になるのは分かりますが、ここは抑えて」


 なんやねん。

 アルフォンスはこほんと咳払いした。ちょっと頬が赤い。


「さて。ではシスター、私と一緒に来てくれ」


「ちょっと待った。ルシルだけかい? あなたを信用しないわけではないが、僕も一緒に行くよ」


 口を出したのはギルだ。ところがアルフォンスは首を振った。


「すまないが、今日はシスターだけだ。知らない人間を連れて行くのは、大変なのでね」


「ふぅん。お貴族様は面倒なことで」


 ギルの口調がずいぶん皮肉っぽい。


「ギルさん、失礼でしょ。どうしたのよ」


「別に。僕はお貴族様が嫌いでね。だって彼らは、僕ら平民から搾取することしか考えていないじゃないか」


 棘のある口調にハラハラしてアルフォンスを見るが、彼は肩をすくめただけだった。


「気にしていないよ。そういう扱いは慣れている。むしろシスターが親切なのが異例だね」


 そうなん? まぁ私は修道院にいた時から、貴族には割と良くしてもらっていたから。寄付もらったりとか。

 普通の市民にとって、貴族はあまりいい印象がないということか。


「ラテを連れていけばいい」


 クラウスが急に言ったので、私はびっくりした。


「クラウスさん、いたんですか」


「さっきからいたが」


「む? お前は銀狼のクラウスか?」


 今度は護衛の人が口を挟んだ。なんだそのかっこいい呼び名は。

 どっちかというと銀猫大好きのクラウスでは?


「そうだ。それがどうかしたか?」


「いや。我が国屈指のS級冒険者が、こんなところにいて驚いただけだ」


 クラウスは目を逸らした。うん、ぼっちこじらせて半ニート中だとは言いにくよね。

 話題を変える必要をひしひしと感じる。なので私は言った。


「ラテと一緒でいいですか? 一人だとちょっと心細いので」


「猫だよね。それならいいよ」


 アルフォンスが頷いたので、ラテがするりと前に出る。


『吾輩は猫ではないのだが』


 ちょっとうんざりした念話は、アルフォンスには聞こえない。


「それじゃあ、行こうか」


「ルシル、気を付けていってきてね!」


 フィンとミア、孤児院の子たちが手を振ってくれる。私は用意しておいたガレットを手に持った。昨日も持っていってもらったけど、これしか食べられないなら毎日必要だよね?


 アルフォンスの先導のもと、私とラテは歩き始めた。





 王都は王城を中心にして、その周辺に貴族街、さらに外周が平民たちの住むエリアになっている。

 平民街と貴族街の間には壁があり、門を通らなければ先に進めない。

 私たちは当然のように王都の中心を目指して歩き、貴族街に続く門をくぐった。


「……わあ」


 貴族街に入ると、それまでの雰囲気が一変した。平民街は雑多で活気のある町並みだったのに、貴族街は美しく整っている。

 建物はみんな平屋かせいぜい三階建て。アパートメインだった平民街に比べて、みんな戸建てだ。広々とした敷地と立派な門塀を構えている。


(アルフォンスさんのお家は、どこらへんかな)


 又聞きだが、王城に近い位置にある家ほど高位貴族であるという。

 私たちは既に貴族街をしばらく歩いている。ということは、彼はかなりいい家の出身か。

 さらに歩く。王城が近づいてきた。

 アルフォンスは足を止めず、まっすぐに歩いていく。


「あ、あの、アルフォンスさん?」


「ん?」


 声を掛けると、彼は振り向いた。いつも通りの穏やかな王子様スマイルだ。


「私たち、どこまで行くんですか? もうすぐお城に着いちゃいますけど……」


「大丈夫。心配しないで、着いてきてくれ」


「はあ」


 不安になって足元のラテを見るが、彼は別に気にしていないようだ。悠々と石畳の上を歩いている。


『つまらん町並みだな。やけに広くて身を隠す場所がない上に、平民街のように魚の匂いもしない。用事が終わったらさっさと帰るぞ』


「う、うん」


 まあ、魔獣であるラテにとって人間の階級なんて知ったことじゃないか。

 私も気を取り直して足を動かしたのだが……。

 私たちはとうとう、王城の前に行き着いてしまった。立派な門の前は跳ね橋になっていて、お掘の上にかかっている。

 アルフォンスは顔色を変えずに橋を渡った。門衛がいるが、彼の顔を見ると敬礼してスルーした。当然、同行者の私もフリーパスである。


「あ、あの、アルフォンスさん! お城入っちゃいましたよ!?」


 動揺のあまり、小声で叫ぶという器用な真似をしてしまった。


「妹がいるのは奥の塔だ。ついてきて」


 彼はにっこり微笑んでいる。

 私はぷるぷる震えながら、お城の敷地を歩いた。身なりのいい貴族だとか、よく躾けられた雰囲気の侍女や侍従とすれ違う。

 アルフォンスは彼らの挨拶を軽く手を上げて受けている。

 私はめちゃくちゃ場違いである。この修道服は古臭い。清潔一番だから洗濯はちゃんとしているけれど、あちこちにほつれが目立つ。

 でも他に服は持っていないんだよ。洗い替えの修道服がもう一着あるきりだっての。

 産業革命以前の文明じゃ、糸も布も高級品なの! 自前の毛皮のラテが羨ましすぎる。


 何に対してキレているのか、自分でもよく分からない。

 そうして私たちはさらに歩き、敷地の外れまでやって来た。うら寂しい場所で、石造りの古びた塔がぽつんと建っている。

 アルフォンスは塔の中に入った。ぐるりと巡る螺旋階段を登って、一番上の部屋の前に立つ。


「エレオノーラ。シスター・ルシルを連れてきたよ」


 コンコンとノックする。


「はい。アルお兄様、お入りになって」


 中から鈴を転がすような、可愛らしい声がした。


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