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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第5章

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67:届かない言葉

 翌日、事態は悪化していた。

 旅するキッチンの屋台を広場に持っていくと、人々のあからさまな警戒の眼差しにぶつかったのだ。


「見て。あれが豚の餌の屋台よ」


「毒入りの食い物を売るなんて、とんでもない奴だ。陰謀だ!」


 私とギルは硬い表情で店の準備をする。今日はフィンとミアは連れてきていない。あの子たちに人の悪意を見せたくなかったからだ。

 ふと気配を感じて目を上げると、常連の警備兵と商人たちが立っている。


「シスター、例の話は俺らも聞いた。だが信じちゃいないさ。シスターの料理はいつだって、俺たちの力になってくれたからな」


「そうだよ。風邪の時も携帯食の時も、どれだけ助けられたことか」


 彼らはそう言って、いつも通りガレットを注文してくれた。


「うん、美味しい! こんなに美味しいものが毒なわけあるか!」


「ほら見ろよ! 俺は毎日ドングリを食っているが、豚になんかなっていないぞ!」


「みなさん……ありがとう」


 でも、そうやって味方してくれるのはごく少数だけ。

 多くの人々は不信と、汚いものを見る目で私たちを見ている。

 信じてくれる人のためにも、私はやらなければならない。

 一歩前に踏み出した。


「聞いて下さい! ドングリは人が食べても害のない食材です。そのまま食べると渋いですが、アク抜きという作業をすることで、美味しくなります!」


 人々がざわめいた。けれどそれは好意的なものじゃなくて、疑いを深めただけ。

 私は絶対倉庫から、大きな鍋をどどんと出した。


「これを見てください。ドングリを煮た煮汁です。茶色くなっているでしょう? これが渋みのモトなんです。でもこれも別に毒ってわけじゃなく、味が渋いだけ。これをしっかり取り除けば、ご存知の美味しいドングリになるんですよ!」


 何人かの人が、おっかなびっくり鍋を覗き込んだ。特段臭いもしない。


「これが、豚になる毒素か?」


「だから違いますって。味が渋いだけで別に毒じゃないです」


 ドングリの渋みはタンニン。お茶とかによく入っているあれだ。

 でもこの国に紅茶や緑茶はない。説明しづらい。


「だって、偉いお医者の先生が毒だと言ったのよ!」


 群衆の中の女性が叫んだ。たちまち、そうだそうだと同調の声が上がる。


「ドングリなんて人間の食うものじゃねえよ」


「その鍋、茶色すぎだろ。やっぱり毒だ」


「毒だ。豚になるぞ!」


「毒を食わせるとは、おぞましい!」


 だんだん群衆が興奮してきた。危険を感じる。


「まずいね。扇動者がいるようだ。どうせ食料ギルドの奴らだろ」


 ギルが吐き捨てるように言った。


「ここは俺たちに任せて。シスターは今日は帰ってください」


 警備兵たちが前に出る。


(駄目か……)


 ちゃんと説明すれば、分かってもらえるはず。そんな淡い期待は木っ端みじんに砕かれた。

 食料ギルドに怒りを感じる。でもそれ以上に、人々の不安を拭えない自分の無力さが嫌だった。


「ルシル、戻るよ!」


 ギルが手を引く。

 私はぐっと奥歯を噛み締めて、鍋と屋台を倉庫に格納した。


 こうして私たちは逃げ帰ったのだ。





 その日の夕暮れのこと。

 割れ鍋亭にて、みんなで今後のことを考えあぐねていた。


「うぅ……」


 遊びに出かけていたフィンとミア、それに孤児院の子たちが帰ってきた。でも様子がおかしい。

 泥だらけで、服がところどころ破れている。小さな膝や肘に擦り傷ができていた。


「みんな、どうしたの!?」


 慌てて駆け寄ると、ミアが私の修道服にしがみついた。


「ともだちが、『お前は毒屋の子だ』って……」


「石、投げてきたんだ!」


 フィンは大きな目に涙を溜めている。


「ルシルのことを悪い魔女だって言って……」


 孤児院の子たちも泣きべそをかいている。


「やり返してやったら、けんかになった。ルシルは悪くないもん!」


「そんな」


 食料ギルドの悪意は、この子たちまで巻き込むのか。

 私たちには神殿という後ろ盾がある。だがそれも、事実関係を理解している人にだけ通用するのかもしれない。

 何も知らない町の人や子供たちは、煽られた敵意をそのまま向けてしまったのだ。


(許せない)


 私のことはいい。どんなにおかしな似顔絵を描かれても、悪く言われても我慢できる。

 でもこの子たちを泣かせるのは駄目だ。絶対に許さない!


 ……あとやっぱり、あの似顔絵も許さん! 一発ぶん殴ってやらないと気が済まねぇわ!

 フィンとミアと2人の子供たちと、私の分で合計五発だ!!


 泣きじゃくる子供たちを順に抱きしめる。

 傷口は水で洗った。ギルが清潔な布を持ってきてくれたので、それを当てておく。

 ラテが気遣わしそうに寄ってきて、子供たちの足に頭を擦り付けた。


「このままじゃいられない。勝たなきゃ!」


 決意を込めて言う。


「ギルさん、あなたの人脈で医者や薬師はいないの? デマを打ち消せるような人」


「あいにく、そちらにはあまり知り合いがいなくて。それに並の医者じゃあ、あまり助けにならないだろう。食料ギルドの連中は、ずいぶん金を積んで高名な医者やらを集めたようだから」


「……」


 くそ。やっぱり手詰まりだ。

 それから話し合いが続いて、やはり神殿のシルヴェスター神官長に相談してはどうかということになる。

 神殿は病気や怪我の治療を司る。神殿がドングリを無害だと公表してくれれば、事態は収まりそうだ。

 ただ医者や薬師とは少し傾向が違うので、不安は残る。

 それに神殿も食料ギルドと宰相の勢力が伸びているらしい。すぐに無害だと認めてくれないかもしれない。


 しかし他に手はない。明日、神殿へ行ってみようということになった。





 その夜。しんと静まり返った割れ鍋亭の食堂で、私はぼんやりと窓の外を眺めていた。

 店の前にはゴミが散乱している。いつの間にか投げ込まれていたのだ。一度片付けたけど、またやられたらしい。


(今はまだ、警備兵の携帯食の商売がある。お店の売上がほぼゼロになっても、当座はしのげる。でもそれ以降は……)


 浮かぶのは暗い思考ばかりだ。

 ふと。外のゴミを避けるようにして人影が動いた。


(また嫌がらせ!?)


 ゴミ投げ犯人は、捕まえてとっちめてやらなければ。私は勢いよく立ち上がり、店の外に飛び出そうとして。


「……わ!」


 店に入ってこようとしたその人と、ぶつかりそうになった。

 月明かりの中に、金色の髪がきらりと光る。


「アルフォンスさん?」


 そこには以前知り合った貴族の青年、アルフォンスが立っていた。


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