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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第5章

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66:異変

 その日、異変は訪れた。

 私たちはいつものように広場に屋台を出しに行ったが、お客さんが妙に少ないのだ。


 最近、旅するキッチンは朝営業もしている。おかゆの一件以来、朝食を屋台で済ませたいという需要が増えたためだ。

 お肉のサンドやガレットは、朝からちょっと重くないかと思うが、気にしない人は気にしない。

 屋台の店主さんのスープを頼む人もいて、朝から結構繁盛していた。


 ところが、今日は違う。

 いつもなら香ばしい匂いに釣られて朝から列ができるのに、ぱらぱらとしかお客さんが来ない。


(おかしいな? 私、時間を間違えた?)


 広場の時計塔を見るが、時間はいつも通りだ。

 今日の屋台のお供は、フィンと雇い人の一人。二人とも不審そうな様子ながらも、屋台の準備をしている。

 小さなかまどに火を入れて、フライパンを乗せる。ドングリ粉の生地を垂らせば、じゅう、と美味しそうな音が響いた。


「おはよう、シスター。今日はやけに人が少ないね?」


 馴染みの警備兵がやって来た。彼はいつも通り、ドングリのガレット味噌味を注文した。


「ええ、どうしたんでしょうね」


「ま、並ばずに買えるのはありがたい」


 警備兵は笑って去っていく。

 その後も常連さんはやって来るが、新しいお客さんはとんと来ない。

 遠巻きに屋台を眺めて、私と目が合うと慌てて走り去る人もいた。何人かで連れ立ってヒソヒソしている人もいる。


 太陽が高く登って昼時になっても、状況は変わらなかった。

 たまにやって来るご新規さんは、フライパンで焼けているガレットに不信の目を向ける。


「こっちのお肉のサンドイッチは、小麦のパンですか?」


「ええ、そうですよ」


「じゃあこっちにします」


 ケバブサンドとたこ焼きは、多少売れている。でもドングリのガレットが壊滅的だ。いつもは一番人気なのに。


「ねえルシル。やっぱりおかしいよ」


 フィンが心配そうな顔で言った。


「そうだね……。みんな、どうしゃったんだろう」


 私が何か失敗をしただろうか? 思い返してみるが、特に心当たりはない。

 お客さんが来なくて売上が出ないのももちろんだが、それ以上に周囲のよそよそしい態度が心に引っかかった。


 お昼を過ぎると、客足はぱったりと途絶えた。


「今日はもう駄目かな。早めに引き上げようか」


 私が言って、フィンと雇い人が頷いた。

 私たちは片付けをして、ずいぶん早い撤収をした。





「ルシル! 大変なことになった!」


 割れ鍋亭に帰ると、ちょうどギルが出先から戻ってきたところだった。

 いつものカッコつけはどこへやら、息を切らしてオレンジ色の髪を乱している。


「これを見てくれ!」


 彼は握っていた羊皮紙を、食堂のテーブルの上に叩きつけた。

 羊皮紙は端がビリビリに破れている。無理にどこからか剥がしてきたようだ。

 そこに描かれていたのは、人相書き。シスターの修道服の……私?

 いやでも、明らかに悪意を感じるぞ。目は吊り上がり、口元は意地悪く歪んでいる。ついでに鼻は豚っ鼻だ。なんか妙に厚化粧の雰囲気で、私っていうかヴェロニカの方が似てるんじゃない? くらいの勢いである。

 髪の毛が亜麻色に塗ってあるので、まぁ私なんだろうけど。


「へんなかお。それ、ルシル?」


 ミアが覗き込んで、口をへの字に曲げた。


 その絵の横には、でかでかと見出しが踊っていた。


『専門家が警告! 「旅するキッチン」のドングリ料理、長期摂取で健康被害の恐れあり。子供たちの未来を守れ!』


「はぁ!?」


 私は思わず声を上げた。

 見出しの下に書かれた文字を読んでみる。


 そこには、王都で名の知れた医者や学者、薬師の名前がこれみよがしに列挙されていた。

 中にはちょくちょく屋台に来てくれる医者の先生の名前まである。


(まさか、あの優しい先生まで? いや、勝手に名前を使われた可能性もある)


 内容は酷いものだった。


『ドングリは本来、豚の飼料である。人間の食べ物ではない。人間が長く食べ続けた場合、未知の毒素が体に蓄積し、やがては豚に変じてしまう危険性がある』


 いやいやいや。ドングリ食べて豚に変身するとか、どういうおとぎ話よ。


『旅するキッチンの安価な料理の裏には、民衆の健康を害する企みがあるかもしれない。注意されたし』


 不安を煽る言い方で、もっともらしく書き連ねてある。


「馬鹿げた言い草だ。どうせまた、食料ギルドの攻撃に違いない」


 ギルが吐き捨てた。


「そうね、間違いないわ。でも、これは……」


 医者や学者の権威を借りた、偽情報の拡散。実にたちが悪い。

 こういうのは前世でもあった。偽情報に惑わされる人は必ずいた。そして、一度傷ついた信用を取り戻すのは非常に難しいのだ。


「対抗策を考えるよ。今から作戦会議だ」


 ギルが言う。みんなが頷いた。

 けど私は知っている。たぶんこれは、一筋縄ではいかない。

 豚になるなんて馬鹿みたいだけど、その単純さが恐怖を産むのだと思う。

 前世でも天然痘のワクチンの初期、牛から作った牛痘ワクチンを打つと、牛になるという迷信があった。

 この世界は文明のレベルが高くない。科学や医学は未熟だ。牛痘ワクチンの頃の前世より未発達だろう。

 そんな中で、迷信を流布されればどうなるか。


 作戦会議を続けたが、一発逆転するようなアイディアは出てこなかった。

 一つ良さそうなのは、神殿に相談すること。そもそも私たちは、名目上は神殿認可の慈善事業ということになっている。

 が、それゆえにこの件は、認可を出してくれたシルヴェスター神官長に迷惑が降りかかりかねない。

 神殿内でも政治闘争があるみたいだし、簡単に頼っていいものか。

 少なくとも、前回のように認可を出してもらってスピード解決! とはいかないだろう。


「……まずは、無害であると訴えるしかないと思います。ドングリはアク抜きをすればちゃんと食べられると、実演してみせましょう」


「そうだね。ドングリは食材として馴染みが薄いから、警戒される。ガレットを作る過程を見せれば、納得してもらえるかも」


 明日、割れ鍋亭の厨房を使ってアク抜きの実演をすることになった。

 正直に言えば不安がある。でも今は、できることをやるしかない。


「ルシル」


 心配そうなフィンとミアを、二人まとめてぎゅっと抱きしめた。


「大丈夫! だって今まで、ガレットは大好評だったでしょう。ちゃんと説明すれば、みんな分かってくれるよ」


 励ますつもりが、自分に言い聞かせるような口調になってしまった。


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