65:水面下で進む思惑
【三人称視点】
それからしばらく、シルヴェスターはそれとなくヴェロニカの周辺を探った。
結果、食料ギルドとの癒着はほぼ確信できるレベルの情報が集まる。
さらにナタリーから受け取った子供たちのリストは、神殿の治癒者に照会しても誰も見つからなかった。
(宰相サイラスと王太子殿下の派閥、か。悪辣なことをする)
シルヴェスターは苦々しく思う。
平民出身で若くして神官長まで成り上がった彼は、いつも民たちのことを気にかけていた。貴重な中治癒の能力があったために神殿での出世は早かったが、根底には貧しい暮らしがある。
だから彼は、王宮の政治とは距離を置いていた。
神殿の本分はあくまで民の魂の救済であって、物質上の繁栄は国王の采配だと考えていたからだ。
だが、最近の王宮の腐敗は目に余る。
国王はかつては名君だったはずなのに、最近はどうにも冴えない。病気もささやかれていた。
そのため宰相と王太子が王宮を牛耳っている。宰相は年の離れた妹を王太子に嫁がせて、外戚として権力を振るいたいようだ。
神官長の権限であれば、修道院長の調査は可能だ。事実一度、施療院の寄付の不当な値上げの際は介入をした。
ただ、あの件で彼の立場が悪くなったのも事実だった。
宰相と王太子の派閥は強力で、神殿内部にも相応の勢力を伸ばしている。
それでもシルヴェスターは後悔していない。しかし自分の力の限界もまた悟っていた。
彼は執務室の机の引き出しを開けた。そこには、秘密裏に届けられた第二王子アルフォンスの手紙が入っている。
内容は、一見すれば当たり障りのないもの。共通の知人としてルシルを挙げている。
しかしよく読めば、例の施療院の寄付について、告発したのがアルフォンスだと匂わせてある。
「……」
王都にはびこる不正と、自分自身の無力。
その悩みは、ずっと彼の中でくすぶっていた。
最後の一押しをしたのは、あのシスター。
図々しくもたくましい彼女がもたらした、「竜」と「人さらい」の話だった。
もう一度、アルフォンスからの手紙を読む。返信の方法も書いてあった。
王城の門から入り、三番目の建物にいる侍従に手紙を渡せば、第二王子に届くと。
シルヴェスターは軽く息を吐くと、ペンを取り上げた。
より大きな改革を行うには、力が要る。
彼は王子の力が必要で、逆もまた然り。
こうして密かに、協力関係が進んでいった。
◇
【ルシル視点】
今日も旅するキッチンは絶好調!
食料ギルドの販売封鎖が解かれたため、また小麦やその他の食料品を仕入れられるようになった。ケバブサンドとたこ焼き、兵糧丸が復活した。
とはいえドングリのガレットの人気はとても高いので、今までのメニューにプラスする形で販売している。
前のように私と双子だけじゃとても回らなかったが、今はギルと雇い人たちがいる。
毎日たくさんの料理を作り、絶対倉庫に入れる。ガレットは屋台にフライパンを積んで、その場で焼くパフォーマンスをする。
売上は何倍にもなった。
何より、お客さんが笑顔になってくれるのが嬉しかった。
今日も広場に屋台を出せば、さっそくお客が列を作る。
もちろん、例の慈善事業の会員証も忘れていない。ラテの足跡スタンプ付きの木札を差し出してくれる。
正直言えば、店の営業の件で食料ギルドが難癖つけてくるのは、もうないと思う。
でも私は貧民街の子のために寄付金を積み立てたい。
だから名目上の慈善事業も続けている。
お客さんたちも『会員証』が目新しくて面白いようで、ちゃんと提示してくれた。
「シスター! 今日はドングリのガレットを、味噌味で頼む」
「私はいつものケバブサンドにするわ」
「まいどあり!」
ミアがにっこり笑って、お客にガレットを手渡した。
フィンとミアは交代で割れ鍋亭の店と屋台を手伝ってくれている。
この前引き取った子供たちは、人前に出すのは少し不安があるので、店の中で料理の手伝いをしてもらっている。あの子たちはちょっと体が弱いしね。大事にしなきゃ。
私はせっせとガレットを焼いて、隣のギルに渡す。ギルはお客の注文通りの味付け肉をガレットでくるんで、渡していく。
私の目にはギルはただのハデなお兄ちゃんにしか見えないのだが、女性人気が高い。
「ギル! 今日も来たわ」
「やあお嬢さん、いつもありがとう。今日はどの料理にしようか?」
ウィンク一つ。愛想よく笑顔を振りまいて、きゃーきゃー言われている。看板娘ならぬ看板兄貴だ。
まあ確かに彼は整った顔立ちをしている。オレンジ色の髪もばっちり決まっていて、人目を引く。服装も私にはよく分からないが、今の流行を押さえたファッションらしい。
私はふと思う。
(イケメンがこんなに客寄せになるなら、クラウスさんも利用していいかも?)
華やかなギルと反対方向の性質のクラウスを並べておけば、幅広い需要に対応できそうだ。
……いや駄目かな。クラウスにギルのような愛想は期待できない。上手く客寄せができなくて、本人が落ち込むのが目に見えるようだ。やめておこう。
「ミアちゃんは、いつも偉いねえ」
反対にミアは看板娘で、年配の人々に人気である。
今も優しそうなお婆さんに頭を撫でられて、ニコニコしていた。ほっこりする。
「ラテちゃんー。撫でさせてくれー。肉の切れ端をあげるから」
ラテは一部の人に大人気。彼は女子供にはまあまあ優しいが、成人男性には塩対応だ。
今もガレットの肉を差し出した警備兵を冷たい目で見ていた。
あれ以上近づくと猫パンチを食らうぞ……、と思っていたら、案の定。バシッとやられて兵士はがっかりしていた。
『肉の切れ端程度で吾輩に触れようなどと。安く見積もられたものだ』
ラテはふんすと鼻を鳴らしている。とか言いつつお肉はしっかり口にくわえている。
周囲には活気が満ちていて、みんなが笑顔。
「シスター、ガレット追加!」
「はい、今焼けますよ!」
こんな時間がずっと続けばいい。心からそう思った。
でも次のトラブルは、すぐそこまでやって来ていたのだ――。




