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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第5章

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64:人さらい

 二日後、私とギル、ナタリーは、シルヴェスター神官長と面会を果たしていた。

 ナタリーの口添えがあったおかげで、普通にアポを取るよりずいぶん早く会えたのだ。

 神殿の面会室で、私たちは事のあらましを話した。


「……ヴェロニカ修道院長が、人さらいに関与している、と?」


 神官長は私たちの話を聞いて、黙り込んでしまった。

 しばらくの沈黙の後に、問いかけてくる。


「春に助けた子らは、城の地下にいる竜と言ったのだな?」


「はい。『お城の地下にいる、お腹をすかせた竜さん』と」


 衝撃的だったので、その言葉はよく覚えている。


「建国神話では、建国王エリオットは、神から竜の卵を与えられた。その竜は生命を司る魔獣として生まれ、建国王に大いなる力を与えた――」


 神官長が語るのは、この国の民なら誰もが知る建国神話だ。

 竜と王とは力を合わせて、数々の困難を退ける。そうしてこの土地にたどり着き、王国を建てたのだ。


「生命の竜の力は、建国王亡き後も王の血筋に宿った。大治癒の能力を持つ聖女や聖人が時折王家から生まれるのは、今でも竜の力が残っているからだと言われている」


 これは、ちょっとマイナーな話だ。修道女である私は知っているけれど、一般の人は知らないかもしれない。

 横を見ると、ギルが「へぇ~?」と呟いていた。


「まあ、その大治癒の力も絶えて久しいがな。第一王女、末姫のエレオノーラ姫が大治癒の持ち主だが、彼女は病弱で力を使いこなせない。今代の聖女は絶望的だろう」


「その話、本当だったんですね」


 噂では聞いていたが、本当だったのか。

 シルヴェスターはため息をついた。


「本当だとも。聖女や聖人が神殿におわせば、それだけ広く民を助けられるのだが。……今はその話ではなかったな。正直、ヴェロニカ院長が人さらいにまで手を出すとは、にわかには信じがたい」


「……」


 私はぐっと口元を引き結んだ。すぐに信じてもらえないのは、織り込み済みだ。

 けれどせめて危険を訴えて、子供たちの安全を確保しなければ。

 けれど神官長は続けた。


「しかし、竜という言葉が引っかかる。なぜ子供たちの言う『修道院の偉い人』は、わざわざそのようなことを言ったのか」


「城にいる人食いの魔獣に食わせるとか、そういう趣向のことでは?」


 ギルが口を挟むが、神官長は首を振った。


「一介の貴族が隠れて飼育しているならいざしらず、王城に人食いの魔獣がいるとは考えにくい。何かしらの符号だと思うが……」


 符号か。そう、竜がそのままドラゴンを示すとは限らない。

 特にこの国の王家にとっては、竜、生命の竜は特別な存在。下手に持ち出せば、怪しまれるのに。


(生命の竜、か。建国神話では、小さなものから大きなものまで、あらゆる命に力を与える竜なんだよね)


 竜は魔獣の最上位とされている。うちのラテも強い魔獣だから、いつか竜にメガ進化しちゃったりして。

 生命。微生物。……腐敗。

 そこまで何となく連想が進んで、ギクリとした。


「あ、あの! 神官長様!」


 私は思わず声を上げた。


「春に魔物の暴走事件がありましたよね。その際に、その……知り合いが、不穏な魔力を感じると言っていたんです。何か関係はないでしょうか?」


「魔力? いや、そのような報告は受けていない。魔物暴走は結局、原因不明だった。その知り合いというのは、どういう人物だ?」


「あ、えーと」


 人物というか、猫なんだけど。

 ギルとナタリーが困ったような視線を向けてくる。

 ラテの件を言うべきか? でも、ただでさえ怪しい話を持ち込んだのに、人語を解す高位の魔獣を勝手に飼っているとか、言っていいの? 確か魔獣の飼育は許可制だったはず。それも下位のもので、上位の扱いなんてどうなっているか知らない。


 ギルが呆れたような息を吐いて、続けた。


「魔力感知に長ける魔法使いです。その彼もあいまいな気配しか感じられなかったようで」


 言わないことにしたようだ。

 シルヴェスターは肩をすくめた。追求する気はないみたいだ。


「人さらいの話は簡単には信じられんが、ヴェロニカ修道院長は黒い噂が多いのも事実。少なくとも過去、神殿に送られたという子供たちの調査はしなければならない。その子らのリストはあるか?」


 ナタリーは紙を取り出した。


「はい、ここに。わたくしが施療院に赴任して四年、二人の子供たちが神殿から戻ってきませんでした。院長は亡くなったとおっしゃっていましたが、調べた範囲では神殿の共同墓地に名前はありません。どうか、真実を明らかにしてください」


「承知した」


 神官長は紙を受け取る。子供たちの名前と年齢、神殿に送られたとされる時期が書いてあるようだ。


「それから、神官長様。今回神殿に送られそうになった子は、私の店で預かっています。でも私はご存知の通り、食料ギルドと対立していますから。店は安全でないかもしれないんです。神殿で預かってもらうことはできませんか?」


 私が言うと、彼は首を振った。


「人さらいの話が本当ならば、神殿も安全ではない。これほど大それたことは、修道院長一人でやっているはずがないだろう。神殿の中にも、例えば宰相の派閥の者はいる。私とて片時も目を離さないわけにはいかないのだ」


「……」


 私はぐっと拳を握った。これはもう、腹を括るしかないようだ。


「分かりました。では、もう一つお願いです。以前、『美味しいものを食べて慈善活動をする会』の認可をいただきましたよね。その会の主催者、つまり店の店員にあの子たちの名前を入れますので、そちらを承認してください」


 そうしておけば、あの子たちは神殿お墨付きの活動の正式スタッフになる。いわばシルヴェスター神官長が後ろ盾になるのだ。

 神官長は苦笑した。


「お前はなかなかたくましいな。まあ、それくらいであればいいだろう。責任を持って養育に励むように」


「はい。もちろんです」


 フィンとミアも、旅するキッチンの子として市民のみなさんに認知された。きちんと立場を作っておけば、それ自体が守ってくれる。

 私は改めて認可状を取り交わした。

 こうして、二人の子供たちも割れ鍋亭で暮らすことになったのだ。


 最後に私とナタリーは、ヴェロニカの横領と食料ギルドとの癒着の疑惑を伝えた。

 横領はほぼ確実で、食料ギルドの人たちが倉庫に出入りしているのは、ナタリーが目撃した。

 そのことを伝えると、神官長は難しい顔で考え込んでいた。


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