64:人さらい
二日後、私とギル、ナタリーは、シルヴェスター神官長と面会を果たしていた。
ナタリーの口添えがあったおかげで、普通にアポを取るよりずいぶん早く会えたのだ。
神殿の面会室で、私たちは事のあらましを話した。
「……ヴェロニカ修道院長が、人さらいに関与している、と?」
神官長は私たちの話を聞いて、黙り込んでしまった。
しばらくの沈黙の後に、問いかけてくる。
「春に助けた子らは、城の地下にいる竜と言ったのだな?」
「はい。『お城の地下にいる、お腹をすかせた竜さん』と」
衝撃的だったので、その言葉はよく覚えている。
「建国神話では、建国王エリオットは、神から竜の卵を与えられた。その竜は生命を司る魔獣として生まれ、建国王に大いなる力を与えた――」
神官長が語るのは、この国の民なら誰もが知る建国神話だ。
竜と王とは力を合わせて、数々の困難を退ける。そうしてこの土地にたどり着き、王国を建てたのだ。
「生命の竜の力は、建国王亡き後も王の血筋に宿った。大治癒の能力を持つ聖女や聖人が時折王家から生まれるのは、今でも竜の力が残っているからだと言われている」
これは、ちょっとマイナーな話だ。修道女である私は知っているけれど、一般の人は知らないかもしれない。
横を見ると、ギルが「へぇ~?」と呟いていた。
「まあ、その大治癒の力も絶えて久しいがな。第一王女、末姫のエレオノーラ姫が大治癒の持ち主だが、彼女は病弱で力を使いこなせない。今代の聖女は絶望的だろう」
「その話、本当だったんですね」
噂では聞いていたが、本当だったのか。
シルヴェスターはため息をついた。
「本当だとも。聖女や聖人が神殿におわせば、それだけ広く民を助けられるのだが。……今はその話ではなかったな。正直、ヴェロニカ院長が人さらいにまで手を出すとは、にわかには信じがたい」
「……」
私はぐっと口元を引き結んだ。すぐに信じてもらえないのは、織り込み済みだ。
けれどせめて危険を訴えて、子供たちの安全を確保しなければ。
けれど神官長は続けた。
「しかし、竜という言葉が引っかかる。なぜ子供たちの言う『修道院の偉い人』は、わざわざそのようなことを言ったのか」
「城にいる人食いの魔獣に食わせるとか、そういう趣向のことでは?」
ギルが口を挟むが、神官長は首を振った。
「一介の貴族が隠れて飼育しているならいざしらず、王城に人食いの魔獣がいるとは考えにくい。何かしらの符号だと思うが……」
符号か。そう、竜がそのままドラゴンを示すとは限らない。
特にこの国の王家にとっては、竜、生命の竜は特別な存在。下手に持ち出せば、怪しまれるのに。
(生命の竜、か。建国神話では、小さなものから大きなものまで、あらゆる命に力を与える竜なんだよね)
竜は魔獣の最上位とされている。うちのラテも強い魔獣だから、いつか竜にメガ進化しちゃったりして。
生命。微生物。……腐敗。
そこまで何となく連想が進んで、ギクリとした。
「あ、あの! 神官長様!」
私は思わず声を上げた。
「春に魔物の暴走事件がありましたよね。その際に、その……知り合いが、不穏な魔力を感じると言っていたんです。何か関係はないでしょうか?」
「魔力? いや、そのような報告は受けていない。魔物暴走は結局、原因不明だった。その知り合いというのは、どういう人物だ?」
「あ、えーと」
人物というか、猫なんだけど。
ギルとナタリーが困ったような視線を向けてくる。
ラテの件を言うべきか? でも、ただでさえ怪しい話を持ち込んだのに、人語を解す高位の魔獣を勝手に飼っているとか、言っていいの? 確か魔獣の飼育は許可制だったはず。それも下位のもので、上位の扱いなんてどうなっているか知らない。
ギルが呆れたような息を吐いて、続けた。
「魔力感知に長ける魔法使いです。その彼もあいまいな気配しか感じられなかったようで」
言わないことにしたようだ。
シルヴェスターは肩をすくめた。追求する気はないみたいだ。
「人さらいの話は簡単には信じられんが、ヴェロニカ修道院長は黒い噂が多いのも事実。少なくとも過去、神殿に送られたという子供たちの調査はしなければならない。その子らのリストはあるか?」
ナタリーは紙を取り出した。
「はい、ここに。わたくしが施療院に赴任して四年、二人の子供たちが神殿から戻ってきませんでした。院長は亡くなったとおっしゃっていましたが、調べた範囲では神殿の共同墓地に名前はありません。どうか、真実を明らかにしてください」
「承知した」
神官長は紙を受け取る。子供たちの名前と年齢、神殿に送られたとされる時期が書いてあるようだ。
「それから、神官長様。今回神殿に送られそうになった子は、私の店で預かっています。でも私はご存知の通り、食料ギルドと対立していますから。店は安全でないかもしれないんです。神殿で預かってもらうことはできませんか?」
私が言うと、彼は首を振った。
「人さらいの話が本当ならば、神殿も安全ではない。これほど大それたことは、修道院長一人でやっているはずがないだろう。神殿の中にも、例えば宰相の派閥の者はいる。私とて片時も目を離さないわけにはいかないのだ」
「……」
私はぐっと拳を握った。これはもう、腹を括るしかないようだ。
「分かりました。では、もう一つお願いです。以前、『美味しいものを食べて慈善活動をする会』の認可をいただきましたよね。その会の主催者、つまり店の店員にあの子たちの名前を入れますので、そちらを承認してください」
そうしておけば、あの子たちは神殿お墨付きの活動の正式スタッフになる。いわばシルヴェスター神官長が後ろ盾になるのだ。
神官長は苦笑した。
「お前はなかなかたくましいな。まあ、それくらいであればいいだろう。責任を持って養育に励むように」
「はい。もちろんです」
フィンとミアも、旅するキッチンの子として市民のみなさんに認知された。きちんと立場を作っておけば、それ自体が守ってくれる。
私は改めて認可状を取り交わした。
こうして、二人の子供たちも割れ鍋亭で暮らすことになったのだ。
最後に私とナタリーは、ヴェロニカの横領と食料ギルドとの癒着の疑惑を伝えた。
横領はほぼ確実で、食料ギルドの人たちが倉庫に出入りしているのは、ナタリーが目撃した。
そのことを伝えると、神官長は難しい顔で考え込んでいた。




