63:賑やかなお店
【ルシル視点】
ドングリのガレットを新メニューに加えて、旅するキッチンはますます好調!
私たちは毎日忙しく過ごしている。
そんな中、ギルと五人の雇い人の人たちが、「ちょっと話いいかな」と言ってきた。
なお雇い人は四人が男性で、一人だけ女性である。
「この割れ鍋亭は、まだずいぶん部屋が余っているだろう」
と、ギル。
「それで、僕と彼らを住まわせてくれないかな?」
「え? ここにですか? 構いませんけど、どうして?」
私が首を傾げると、ギルは肩をすくめた。
「僕は王都に実家があるが、親と折り合いが悪くてね。うちの親は頭の固い古いタイプの商人で、旧態依然とした王都の商売に何の疑問も持っていないのさ。僕が現状を打ち破るよう訴えたら、喧嘩になった。で、今は部屋を借りて暮らしているんだけど……」
「ぶっちゃけ、生活費が高くて苦しいんです」
雇い人の一人が続けた。
「食料ギルドの値上げは、年々激しくなるばかりですし。農村から出てくる元農民も多くて、部屋代も高くなっています。例えば俺は元農民で、部屋を借りていますが、正直カツカツで」
「あぁ……ごめん。お給料、そんなにたくさんは出せていないもんね……」
私がしょぼんとすると、雇い人たちは苦笑した。
「そういう意味じゃないですよ。ここはまかないも出るし、給料は十分です。ただ、通勤時間の分とか、もっと働けると思って」
いやいやいや。そんなブラック労働を強いる気はないよ。
まあ現状、料理は作れば作るだけ売れるのは事実。
食料ギルドの封鎖は一部解除されたけど、ドングリは好評なので続けている。ただ、ドングリ粉は手間がかかる。原価そのものはタダだが、集めてきて粉にするまでの人件費を考えれば、小麦と比べて特別に安いわけではない。
五人の雇い人と私、フィンとミア、ラテ、ギル、ついでにクラウスがフル回転して何とか回っている感じ。
だから、こき使うつもりはないけど。割れ鍋亭の部屋が余っているのも、また本当。
それなら有効活用しちゃおうか。
「分かりました」
私は頷いた。
「この割れ鍋亭を、社宅として解放しましょう!」
「おーっ!」
声が上がる。「社宅」という言葉、この世界にはないはずなんだけど。ノリで通じちゃったよ。
「代金はどうする?」
ギルが言うので、私は腰に手を当てた。
「もちろんタダでいいですよ!」
「ルシル……」
フィンとミアがジト目で見上げてくる。
うっ。また「タダはだめ」って言われそうだ。
でもね、社宅だよ? 格安が当たり前で、しかもこの人たちは一緒に戦う同志。お金なんて取れないよ。
私は慌てて付け足した。
「タダの代わりに、掃除をしてください。私もなるべく掃除してますけど、ここは広いから。あと、まかない以外の食費とか薪とかの生活費は割り勘で」
「それなら、いっか。ぼく、ちゃんと帳簿つけるよ」
フィン様が頷いてくれたので、ほっとする。ミアが呟いた。
「せいかつひは、人数がふえれば、ひとりあたまはやすくなる。お母さんのくちぐせ」
「うん。それでお母さん、お父さんとけっこんをきめたって言ってたね」
せ、世知辛い……。なんか、双子のお母さんがしっかり者すぎて、お父さんが気の毒になってきたんだけど。
「本当にいいのか、ルシル」
今度はクラウスが口を出した。いつものことながら、気配を消すのが上手すぎる。
「何がですか?」
「その……男ばかり、ギルを入れて五人も。間違いがあったらどうするんだ」
「ちょ! 君の口からそういうセリフが飛び出すわけ!?」
私が答える前に、ギルはゲラゲラ笑い始めた。
「だいだい、君はどうなんだい。だいぶ前からここにいるよね? シスターに夜這いでもかけて、撃退された?」
「な……!? この俺が、そんなことをするわけなかろう! 俺は無害だ! 人畜無害!!」
「はい。クラウスさんは無害ですよ」
むしろ、ぼっちが行き過ぎてこじらせていたくらいだし。
「何かあるとは思えませんが、私、いつもラテと一緒の部屋で寝ていますから。最強のボディーガードでしょ?」
『フン』
ラテはめんどくさそうに尻尾を揺らしている。クラウスは「いいな……」と呟いた。『ラテと一緒に寝る』が羨ましいんだろう。そういうところが無害なんだわ。
「さあ、話はまとまりましたね。部屋代はタダ、対価はお掃除。お給料は今まで通りで、まかない付き。生活費は割り勘です! みんなでお得に暮らしちゃいましょう!」
「おーっ!」
「わーい!」
みんなはそれぞれに歓声を上げた。クラウスも普通に混じっている。彼はお客さんで宿賃をもらっていたんだが、まあ、掃除してくれるなら今後はタダにしよう。
すっかり賑やかになった割れ鍋亭の食堂で、私はにっこりと笑った。
◇
それから数日後。割れ鍋亭に、さらに人が増えることとなった。
「ルシルちゃん。この子たちを引き取ってください」
ナタリーが、男の子と女の子を一人ずつ連れてやって来たのだ。年頃は六、七歳。
彼女の顔は、かなり緊張している。
「……まさか」
「ええ、心配していたことが現実になりました。この子たち、大した病気ではないのに、ヴェロニカ院長が神殿に送ると言い出して」
――お腹を空かした竜へ会いに行く。
いつかの夜、フィンとミアが言っていた言葉が蘇る。
子供たちは、フィンとミアと同じくらいの年頃だった。
孤児院の子だから、私とも知り合いだ。少し体が弱いだけで、神殿に行くようなものではない。
「引き取るのはいいが、今は食料ギルドと――そのヴェロニカと対立中だ。ルシルが引き取ったと知られない方がいいんじゃないかな」
ギルが言う。
「できれば、後ろ盾もあった方がいい。一度、神官長のシルヴェスター様に相談してみては?」
「でも、信じてもらえるでしょうか。修道院が人さらいをしているなんて」
「まあ、難しいところだよね。ただ僕が調べた限りでは、シルヴェスター神官長様は政治的に中立のようだ。ヴェロニカや食料ギルドと繋がりがないのは、前の事件の時でも明らかだし、話をしてみるだけでもどうかな」
「ルシルちゃん。わたくしは、話した方がいいと思います。この子たちに危険が及ぶのは、何としても避けなければいけません。神官長様は、信頼できる人です。たとえ信じてもらえずとも、話を聞いてもらいましょう」
ナタリーが真剣な表情で言う。
私は頷いた。
「そうだね。放っておいたら、この子たちが危ない。少しでも危険を減らさないと」
「よし。それじゃあ神殿で面会予約をしてくるよ」
「わたくしも行きます」
ギルとナタリーが足早に店を出ていく。
「ルシル……。ぼくたち、これからどうなるの?」
子供たちは不安そうだ。私は明るく笑ってみせた。
「大丈夫! あなたたちは孤児院を出て、楽しく暮らすの。詳しいことが決まったら、すぐに教えるからね」
フィンとミアがやってきて、子供たちの手を握った。
「ルシルはいい人だよ。安心して」
「この店には、猫がいるの。かわいいよ。見に行こう」
そうして手を取り合って、ラテを探しに行った。
その後姿を見ながら、私はあの子たちを守る決意を固めていた。




