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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第5章

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62:ガレットの奇跡

【三人称視点】



 一方、その頃。

 王城ではアルフォンスが、妹王女のためにガレットを一つ、持ち帰っていた。


「エレオノーラ。シスター・ルシルの屋台で、新作料理が出ていたんだ。ちょっと変わった味だが、食べてごらん」


「ありがとうございます、アルお兄様」


 エレオノーラ王女は微笑んだ。アルフォンスそっくりの金の髪に、神秘的な紫の目をした少女である。

 彼女は今年で十三歳だが、小さい頃から病弱で、多くの時間をベッドの上で過ごしている。

 ほとんど食べ物を食べられず、やせ細った体は幼い見た目のまま。ぱっと見にはせいぜい十歳程度にしか見えない。

 アルフォンスは妹をいつも痛ましく思っていた。


(この子は類まれな『大治癒』の能力を持っているというのに。体が弱く力を使うこともできない。不憫なことだ)


 ごく幼い頃の能力鑑定で、エレオノーラは大治癒の能力があると判明した。

 大治癒は非常に稀な能力。今現在、アステリア王国ではエレオノーラしか確認されていない。

 大治癒の能力を発揮できれば、神殿は大神官に匹敵する『聖女』の称号を与えるはずだった。

 ところが彼女はいつまでも体が弱く、他人を癒やすどころか自分の病さえ治せない。当初の期待は失望に変わって、今は不遇な暮らしを強いられている。


 今も彼女が暮らす部屋は、王城の奥深くにある塔の一室。王女のための部屋としては、質素すぎた。

 側仕えの侍女たちも最低限で、エレオノーラはいつも静かに過ごしている。


「わたくしを気にかけてくださるのは、アルお兄様だけですわ」


 エレオノーラは寂しく笑って、手渡されたガレットを見た。茶色い色の薄焼き生地に、芽キャベツと肉が包まれている。


「以前のケバブサンドとは、また違いますのね」


「うん。その茶色い生地は、ドングリと蕎麦で作ったそうだよ」


「まあ、ドングリ」


 エレオノーラは少しためらった。ドングリが食べられると知らなかったのはもちろんだが、もう一つ理由がある。

 彼女は食事をすると、決まって体調が悪くなるのだ。腹痛が起きたり、湿疹が出たり。強い頭痛が起きることもある。

 喉が腫れ上がって、呼吸困難で死にかけたことすらあった。

 そのため彼女は、食べ物を食べるのが嫌いだった。

 野菜スープなどを少量食べるくらいなら、そんなに不調は出ない。だがしっかりとした食事であれば、必ず不調が起こるのだ。

 それも成長するにしたがって、徐々に症状が悪化していた。


 エレオノーラの病は原因不明。あらゆる薬草を試したが効果はなく、王宮医師長も薬師長もさじを投げた。

 中治癒の能力ですら良い効果は得られなかった。

 エレオノーラ自身も、もう諦めてしまっている。


 アルフォンスもそれは知っている。だが、食べるのを拒んで栄養不足になれば、病がますます重くなるのではないかと心配している。

 だから彼は、ルシルの料理のように面白いものを見つけたら、妹のために持ってくることにしている。彼女が少しでも食事を楽しめるように。


 今までのルシルの料理、ケバブサンドもたこ焼きも、シジミの雑炊と兵糧丸も、エレオノーラに食べさせた。

 だが彼女はいつも通り不調を起こしてしまったので、それ以降は持ってこなかった。


(今回もだめだろうか)


 アルフォンスは気遣わしい視線を妹に向ける。

 エレオノーラは兄の目に気づいて、にっこり微笑んだ。


「いただきます」


 エレオノーラはアルフォンスが好きだった。身内の中で、唯一優しくしてくれる二番目の兄。

 変わった食べ物を持ってきてくれるのも、彼女のためだと知っている。


 ぱくりとかじってみる。ドングリと蕎麦の香りが広がった。彼女の知らない、森の自然の味。

 知らないはずなのに、エレオノーラの脳裏には緑の光景が広がった。生い茂る木々と木漏れ日、その中を走り回る小さなリスたちの姿が見えた気がした。

 もしょもしょと食べて、キャベツと肉も口に入れる。肉は定番のヨーグルト味である。


「んっ。美味しいです。シスターのお店の料理は、どれも不思議で美味しい味なのですね」


 言いながらもエレオノーラは、ガレットを半分以上残してしまった。普段からろくに食べないので、胃が小さくなってしまっている。

 アルフォンスはそんな妹の様子を見ながら、しばらく部屋に残って雑談をした。


「……調子はどうかな?」


 いつもであれば、何らかの不調が出る時間。

 ところが、エレオノーラは目をぱちくりとさせた。


「何ともありません。パンもお肉も食べたのに」


「なんだって? 本当に?」


「はい。こんなことは初めてです」


 エレオノーラは自分の腕を見た。いつもなら出てくる水ぶくれのような湿疹は、どこにも見当たらない。

 お腹も頭も痛くない。それどころか、少し力が湧いてくるような感覚がある。

 エレオノーラは手を伸ばして、食べかけのガレットを取った。


「無理しなくていいんだよ?」


 アルフォンスが言うが、彼女は首を振る。


「食べたいんです。美味しくて、なんだかお腹が減りました」


「……!」


『お腹が減った』。エレオノーラがそんなことを言うのは、たぶん生まれて初めてのこと。


 美味しそうにガレットを食べる妹を、アルフォンスは驚きと喜びが入り交じった表情で見つめていた。



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