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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第5章

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61:【ヴェロニカ視点】悪あがき

【三人称視点】



(クソッ、クソッ! 馬鹿にしやがって!)


 手渡されたガレットを片手に、食料ギルドの男は走っていた。途中で何人かの市民にぶつかるが、知ったことではない。乱暴に跳ねのける。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 食料ギルド近くまで戻ってきて、男は息を切らせた。

 ふと見れば、手元でガレットが美味しそうな匂いを放っている。ルシルから渡されたのは、醤油味の肉だった。


「……」


 男はしばらく迷う。迷ってから、言い訳のように呟いた。


「これは敵情視察だ。あいつらがどんなものを作ったのか、調べるだけだ」


 言いながら、がぶりとかぶりつく。途端、ナッツのような仄かな甘味と、蕎麦の香ばしい香りが鼻に抜けた。

 さらに食べ進めれば、とうとう肉にたどり着く。醤油ダレがしっかりと染み込んだ肉は柔らかく、不思議な風味がある。タレが絡んだキャベツの細切りと一緒に口に入れると、キャベツのシャキシャキ感と、味付け肉のジューシーさが襲いかかってきた。


「こっ、これは……!」


 男は目を見開く。

 ドングリのかすかな甘味と、蕎麦の野性味。

 醤油ダレの、彼にとっては不慣れな味。でもなぜだか懐かしい。そして森キャベツの新鮮な歯ごたえ。

 それらがハーモニーとなって、一つの音楽を奏でているようだ。

 彼は夢中でガレットを頬張った。


 彼は思い出す。子供だった頃、近くの森によく遊びに行った。

 友だちとドングリ集めをして、数やツヤツヤ度を競ったっけ。

 腹が空けば花の蜜を吸い、ラズベリーの実をかじった。ちらちら揺れる木漏れ日を追いかけて、花畑に寝転んだ……。

 そんな森の思い出が、一気に胸に蘇ってくる。


「美味い……」


 思わずこぼれるように独り言を言って、彼ははっと我に返った。

 思い出を無理矢理振り払い、ぐっと奥歯を噛む。


「違う、違う! こんなものが美味いはずがない! クソッ、俺としたことが」


 ようやく食料ギルドに帰り着くと、部下が出迎えた。


「お疲れ様です。例のシスターの店、どうでした? もう売るものがなくて、廃業していました?」


「逆効果だった」


「は?」


「逆効果だったと言っている! 新しいメニューが出て、今まで以上の人気だ!」


「そ、そんな……。ヴェロニカ院長様にどう報告すれば」


「気が重いな……」


 二人は揃ってため息をついた。

 だが、この作戦は既に実行をヴェロニカに報告している。事の顛末を伝えないわけにはいかない。





「失敗した、ですって!?」


 修道院の院長室にて。食料ギルドの男たちの予想通り、ヴェロニカは怒り狂っていた。


「どこかの店が裏切って、食料品を売ったんじゃないでしょうね。裏切り者は罰しなさい!」


「い、いえ、そうではありません。あの店の者どもは、森のドングリや野生の蕎麦を集めて材料にしたのです」


「はぁ? ドングリ? 豚の餌ではないですか。そんなものまで食べるとは、なんて下賤な」


 ヴェロニカはぎりぎりと歯噛みした。


「それで、院長様……」


 おそるおそる、食料ギルドの男が言う。


「今回、王都中の店に圧力をかけたために、多方面から不満の声が上がっています。このままでは食料ギルドの権威そのものが揺るぎかねません。一度販売禁止は解いて、仕切り直しをしたいのですが……」


「……ッ」


 ヴェロニカはギロリと相手をにらんだ。


(なんてこと。食料ギルドの力が弱まれば、宰相様の権力に影響が出てしまう。あたくしの責任を問われてしまうわ!)


 彼女は身震いした。

 宰相サイラスとはもう何年もの付き合いになる。彼は冷酷な男だ。たとえ愛をささやいたヴェロニカであっても、自分に害をもたらすとなれば簡単に切り捨てるだろう。

 愛人として捨てられるだけならば、まだいい。宰相との繋がりが切れれば、実家のスタンリー侯爵家からも見捨てられる。

 そうなれば、この修道院長の地位も危うい。本当の意味で追放されて、今度は僻地の修道院に役職無しで入れられてしまうかもしれない。

 贅沢に慣れきったヴェロニカにとって、そんな生活は耐え難いものだった。


(何としてでも挽回しなければ……)


 ヴェロニカは必死に考えた。

 営業停止の妨害は、相手の店が神殿を味方につけたために不発の終わった。かえって名声を高める結果になっている。

 今回の供給妨害も、新メニューの開発で逆転されてしまった。むしろ以前よりも人気が出ているという。


(このままではまずい。まずすぎる。もっと確実に、相手の息を止めるための手を……そうだわ)


 一つ思いついて、ヴェロニカは顔を上げた。底意地の悪い笑みが浮かんでいる。


「次の作戦で、必ず潰しなさい。内容はこうです」


 彼女が説明すると、食料ギルドの男たちは感心したように手を打った。


「なるほど! さすが院長様。早速手配いたします」


「頼みましたよ。もう失敗は許されません」


 食料ギルドの男たちが退出していってから、ヴェロニカは一つ思い出した。


「そういえば、その店の名前や店主について聞き忘れてしまったわ。……まあ、いいでしょう。どうせもう少しで潰れて消えるのだから」


 窓際に歩み寄って、孤児院の建物を見下ろす。


「食料ギルドで失敗を続けた分、取り戻さないと。そろそろ、次の子供を生贄に出しましょう。確か、軽い病気の子がいたわね。その子を神殿送りの名目にしておきましょうか」


 神殿は本来、施療院で治せないほど重病の子が送られる。

 ヴェロニカは今まで、神殿に送ったと嘘をついて子供をさらっていた。


 だが彼女は知らない。その陰謀は、既にナタリーが気づいていて目を光らせていると。

 そのため今回も、ナタリーによって未然に阻止される。


「生贄を差し出して、今度こそ新参者の店を潰して。完璧だわ」


 既に包囲網が狭まっていると知らないのは、当のヴェロニカばかりである。





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