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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第5章

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60:ドングリのガレット

 ドングリ粉とそば粉を手に入れたので、さっそく料理に入る。

 今回作るのは、ごく薄い生地。クレープだ。

 そば粉のクレープといえば、ガレット。クレープは甘い系をイメージするけど、私たちの旅するキッチンはお食事系の料理がメイン。

 だから、クレープで包むのもお肉とかガッツリ系である。


 ドングリ粉を手に取ってみる。小麦粉とは違う、しっとりした手触りだった。


「これ、穀物の粉というよりナッツプードルみたい」


 ナッツプードルは、アーモンドなどのナッツ類を砕いて粉にしたもの。そういえばドングリも木の実だ。いわばナッツの一種か。

 そば粉は野性味のある香りである。

 二種類の粉を混ぜ合わせ、水を入れる。

 ドングリ粉はサラサラとして、小麦粉のような粘りが出ない。


「そういやドングリには、グルテンが入っていないからかな……」


 呟きつつ、大きなフライパンに油を熱して、お玉で生地をすくって入れた。

 生地は小麦粉で作ったものよりも、少しボソボソとして広がりにくい。

 私はフライパンを傾けて、なるべく均等に生地を広げた。


「今度、鉄板とトンボを特注してもいいかもね」


「トンボ? 虫のトンボじゃないよね?」


 ギルが首を傾げる。


「違う違う。こう、クレープの生地を広げる道具なの。そんなに難しいものじゃないから、木工職人に頼めば作ってもらえると思う」


 私はクレープ屋さんで使われている、生地を円状に広げる道具を思い浮かべた。

 鉄板があればお好み焼きや焼きそばもできるし、欲しいね。

 でも今は、クレープに集中だ。


 ドングリ粉とそば粉しか入れていないけれど、生地はココア色だ。クッキーが焼けるような、少し甘い香ばしい香りが漂ってくる。

 ひっくり返してみれば、いい感じで焼色がついていた。


「よし、いっちょあがり!」


 最初の一枚をお皿に移す。

 ぱりっと焼けた生地をちぎって、みんなで少しずつ試食した。


「ん! ほんのり甘くて、香ばしい!」


 ミアは笑顔になっている。


「ドングリなんて食べられるのかと思っていたけど、これは美味しいね」


 ギルは感心した顔だ。


「これだけでもけっこう美味しいけど、中身が重要なの。いつものロックリザードのお肉と、あとは森で採ってきた森キャベツを合わせましょう」


 私は次のクレープを焼きながら言った。


「せっかくだから、お肉の味にバリエーションを付けたいと思って。味が選べると楽しそうじゃない? 定番のヨーグルト味と、他は何がいいかな?」


『唐揚げ味だ』


 ラテが即答した。


『あの醤油ダレに漬け込んだ味は、外せん』


「味噌がいい」


 今度はクラウスだ。


「好みは別れるだろうが、味が選べるなら問題ないだろう。湖で食った豚の味噌漬けは美味かった」


「オッケー。お醤油とお味噌ね!」


 この国は西洋風だというのに、すっかり和風である。

 醤油ダレと味噌タレは、これまでにも作っている。

 私はクレープ焼きを雇い人に任せて、それぞれのタレにロックリザードの肉を漬け込んだ。明日の営業までは十分間に合うだろう。

 お肉に合わせるのは、森キャベツを刻んだものである。


 こうして準備は着々と進んでいった。





 翌日。旅するキッチンは、メニューを一新して営業を再開した。

 スープ店の店主さんから受け継いだこの屋台には、簡易的ながらも厨房施設がついている。

 私は火を入れた小さなかまどの上に、フライパンを置いた。

 ドングリと蕎麦の特製生地を薄く広げれば、ナッツの焼けるような甘く香ばしい匂いが、市場に広がっていった。


「今日は変わった匂いだな?」


 常連の警備兵がやって来た。

 彼は何も知らない様子だが、やはり常連の商人は不安そうにしている。食料ギルドの圧力を知っているのだろう。


「今日からメニューを新しくしたんですよ。ケバブサンドはしばらくお休みです。代わりに、『香ばしドングリのガレット』です!」


「え? ドングリ?」


 兵士は驚いて動きを止めた。


「そんなものが食えるのか?」


「食べられますとも。だって、ロックリザードの肉も最初は『食べられない』と言われていたのに、今じゃ定番でしょ。工夫をすれば食べられるもの、いっぱいあるんですよ!」


「なるほど、それは確かに。シスターが言うなら試してみるか」


「毎度あり。お肉の味は三種類から選べますよ。定番の『さっぱりヨーグルトソース』、万能の『香ばし醤油風味』、それからちょびっとクセがあるけど、ハマる魅力の『濃厚味噌仕立て』です!」


「おぉ……迷うな」


 兵士とやり取りする声に、クレープが焼ける匂い。それらに惹かれて他のお客さんも寄ってきた。


「最初だし、定番のヨーグルトにする」


「味噌って、あの兵糧丸に入ってる味かい? あれ、結構好きなんだよ。よし、味噌を頼む」


「醤油というのがいい匂いね。それをください」


 その場で好きなものが選べるのは、王都の人にとって新鮮な体験だったようだ。誰もが目を輝かせて味を選んでいる。

 私はギルと交代でクレープを焼きながら、三種類の味の肉と森キャベツを刻んだものを生地で包んでいった。


「美味しい! この醤油味、いつものヨーグルトと違って食欲をそそる!」


「味噌も美味いぞ! こってり濃厚な味で、どんどん食えちまう」


「おかわり! 今度は違う味で!」


 新しい試みはお客さんの心をガッチリ掴んだ。店の前までは過去最高記録の行列ができている。

 人々は並んでいる間に、どのソースが好みかを楽しそうにおしゃべりしていた。

 みな、お気に入りの味で熱々のガレットを頬張っている。


「ルシル、あれ」


 忙しい応対の中、ギルがお客の列の後ろを指差した。

 見れば見覚えのある食料ギルドの男が、呆然とした様子でこちらを見ている。

 私は思わずにやりと笑った。

 醤油タレのガレットを一つ手に取って、彼のところへ駆け寄る。

 嫌味たっぷりに、でも表面的はにこやかに、ガレットを差し出した。


「見回り、お疲れ様です。これ、うちの店の新作ですよ。お一つどうぞ」


「……っ!」


 食料ギルドの男は歯ぎしりして、ガレットを引ったくるように取って走っていった。

 いや、ガレット持って行くんかい。そこは振り払うとこじゃない?


 それにしても。

 食料ギルドの支配下にある食品を使わずとも、美味しいものがあると証明された。工夫次第で、お客さんをもっと笑顔にすることができる。


 ギルドの妨害は、結果として原価ほぼゼロの最強メニューの開発に繋がった。しかも顧客満足度大幅アップである。

 苦労に見合うだけの大きな成果であった。


 そしてこのドングリ料理がもう一つ大きな結果を産むとは、この時の私はまだ知らなかった。


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