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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第1章

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06:雪かきと、ケバブ完成

「はぁ~、あったまるわぁ。もうすぐ春とはいえ、まだまだ寒いもんな」


 広場の除雪をしていた警備兵の人たちが、スープのマグカップを両手で包みながら鼻を赤くしている。

 昨日の夜はけっこう雪が降ったので、午後になってもまだ除雪が行き届いていない。

 冬の終わりで気温が上がってきた雪は湿り気を帯びて重くて、警備兵たちは苦労しながら雪を運んでいた。


(……うん? 待てよ?)


 私はふと思いついて、警備隊長さんに話しかけた。


「隊長さん。この大量の雪、ちゃっちゃと片付けたら御駄賃もらえたりします?」


 警備隊長は驚いた目で私を見た。


「そりゃあ出るよ。御駄賃どころか、ちゃんとした給料を払う。だって見てみろよ、警備兵が何人も手一杯で雪かきしてるんだぞ」


 広場には四~五人以上の警備兵がいる。みんなせっせと雪かきをしていた。


「よし。じゃあ私がやります。お給料のお話、約束ですからね」


「え?」


 ――格納!


 私は両手を広げて、広場に積んである雪山に向けて絶対倉庫の能力を解放した。

 あっという間に大きな雪山が亜空間の倉庫に吸い込まれていく。

 後に残ったのは土がむき出しになった地面と、雪が消えてぽかんとしている警備兵と市民の皆さんだった。


「え? ……え? シスター、これ、君がやったのかい?」


 警備隊長が混乱している。


「はい、やりました。私の能力は『倉庫』系列の上位版で。あのくらいの雪山なら、すっかり格納できるんです」


「なんだって……。俺も『中倉庫』を持っているが、大きさはせいぜい小さな部屋一つくらいだよ。すごい能力だな、君のは」


「うひひ。……いえ、うふふ。お役に立てて幸いですわ」


 どうよ、どうよ! ドヤァ。

 というか中倉庫は小部屋一つなのね。カバン一個の小倉庫よりよっぽど使えるわ。


 隊長さんは約束通り、警備兵の日当五日分をくれた。五人分以上の働きをしたからだって。けっこうな金額だ。


「ありがとうございまーす! もうすぐ冬は終わるけど、またドカ雪があったら呼んでくださいね!」


 こうして私はお給料と大量の雪をゲットした。

 今はまだ役に立たないが、これから春や夏になったら、きっと新しい商売に活かせることだろう。


 いやー、楽しみですな!





 そんなことがあって、夜。

 スープ屋台に戻ってきた私は、ドキドキしながらタレから肉を引き出した。


(これは……!?)


 一晩、ヨーグルトに漬け込まれていたロックリザードのお肉は、見るからに変化していた。

 赤身の部分がヨーグルトの水分を吸って、しっとりと色を濃くしている。

 触ってみれば変化はさらに感じられた。お肉は水分をしっかりと保って、明らかに柔らかくなっている。

 筋繊維を覆っていた膜――コラーゲンの一種――がゼラチン化して、繊維そのものの結合を弱めている。つまり柔らかくなっている。


(これならいけるっ!)


 私はお肉を鉄串に刺して、炭火でじっくりと焼き上げた。

 ジュウウッ、という音と共に、厨房に今まで誰も嗅いだことのない、食欲を猛烈に刺激するエキゾチックな香りが充満した。


(せっかくだから、ケバブにしちゃおうかな)


 鉄串に刺したお肉をくるくると回して、外側からナイフでこそげ落とす。

 今や柔らかくなったお肉は、以前の硬さが嘘のようにすんなりと皿に落ちていった。


 焼きあがった肉を一口。

 次の瞬間、私は目を見開いた。


 岩のように硬かった肉は、驚くほど柔らかく、ジューシー。炭火でじっくりと焼き上げた肉汁が、滴るほどに口に広がる。

 肉自体の味はあっさりめ。鶏肉とか、そっちの系統だと思う。

 そういえば爬虫類は鳥類の親戚だから、味が似ていると聞いたことがある。

 あっさり系だからこそソースの味をしっかりと吸い込んで、豊かな味わいになっていた。

 噛みしめるたびに、スパイスとヨーグルトの風味が絡み合った複雑で奥深い味わいが喉に落ちていく。


(お、お、美味しいッ! アステリア王国に生まれ変わってから食べたもので、一番美味しい! これならいける! 最高のケバブが作れる!)


 ヨーグルトだけのタレはさっぱりとして、肉と合わさることでクセが消えている。ほのかに残る酸味が肉の旨味を引き立てている。

 すりおろしたリンゴを入れたタレは、フルーティでまろやか。ヨーグルトだけのタレよりもさらに肉が柔らかく、噛めば肉汁があふれ出した。

 胡椒とニンニクを合わせたタレは、ピリッと引き締まった味。ヨーグルトの酸味との相性は意外にもバッチリで、ニンニクの臭みを消しつつ旨味だけを引き出している。


「やったぁーーーっ!!」


 厨房に、私の歓喜の声が響き渡った。





 翌朝、店主さんが店に出てきた時も、厨房にはまだ昨夜の素晴らしい香りが残っていた。


「シスター、なんだい、このたまらん匂いは……」


「ふふん。店主さん、約束通り、一番に味見してください」


 私は焼き立てのケバブを、屋台のパンに挟んで彼に差し出した。

 店主さんは半信半疑でそれを一口食べ――そして、時が止まったみたいに動かなくなった。


「な……なんだこれは!? あの石ころみてえな肉が、こんなに柔らかく……!? 信じられんほど、うまい!」


 彼の顔が、驚愕と感動に染まる。

 店主さんは、ケバブと私を交互に見た後、ふう、と一つ息をついて、真剣な顔つきになった。


「シスター。こいつはとんでもねえ代物だ。……よく分かったよ」


 彼は私の目をまっすぐに見つめて、言った。


「いつまでもこんな小さな店に間借りしているべきじゃない。お前さんは、もっと大きなことをやる人間だ。町の不動産屋や、情報屋に行ってみるといい。あんたの店にちょうどいい条件の案件が、出ているかもしれん」


 店主さん言葉は、私の胸に深く温かく響いた。

 彼は心から応援してくれている。


「ありがとう、店主さん……」


「礼なんぞいらん。ワシは、お前さんの料理が世に出るのが楽しみなだけじゃ。もちろん、店が見つかるまではここを使っていいぞ」


 自分の料理が認められた喜びと、恩人からの温かいエールを胸に、私は改めて決意する。


(私、やります。自分の店……自分の『城』を見つけて、このケバブで、王都中の人を笑顔にしてみせる!)


 私の目標は、もう日々の小銭稼ぎではない。

 王都のどこかに眠る自分だけの店へと、向けられていた。




お読みいただきありがとうございます。

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