58:森の宝探し
私はフィンとミアの手を引いて、割れ鍋亭に戻った。
「聞いて、みんな。食料ギルドの妨害で、市場で食べ物が手に入らなくなってしまった」
そう告げれば、店員たちはざわめいた。ラテも不満そうに私を見上げている。
ギルだけが笑みを浮かべて私を見守っている。
「でも心配しないで。いいアイディアを思いついたの。――ドングリよ」
「えっ?」
ミアがぱちぱちと目を瞬かせた。
「ドングリ、たべられるの?」
「ぼく、むかし、旅の途中でかじってみたけど。すっごくシブくて、美味しくなかったよ?」
フィンも言う。
私はチッチッチと指を振った。
「食べられるよ。渋いのは、きちんとアク抜きをすれば大丈夫。アク抜きした後に乾かしたら、粉にできるの。小麦粉代わりのドングリ粉よ!」
「ドングリ粉ときたか。ドングリなんて子供のおもちゃか、豚の餌なのに。相変わらずルシルの発想はすごいね?」
ギルがかっこつけて首を傾げてみせた。
「まあね。下ごしらえは大変だけど、この際だもの。新メニューの開発しちゃおうじゃない!」
「そうだ、そうだ。食料ギルドの卑怯な嫌がらせに負けてたまるか」
雇い人の一人が気勢を上げる。この人たちは元々、王都の商売のあり方に不満を持っている人たちだ。熱がこもっていた。
「よーしそれじゃあ、作戦会議と行きましょう」
みんなを談話室に集めて、私は話し始めた。
「まずはドングリをたくさん集めないと。今は春の後半だから、ドングリ集めにはあまりいい季節ではないけれど、ないわけではないと思う」
ドングリの旬は秋だ。秋にたくさんのドングリが森に落ちて、動物や魔物たちの餌になる。
「北の湖に行った時、森にドングリが落ちているのを見かけた。だからまだ、それなりにあるだろう」
「うわっ! クラウスさん、いつの間に!」
「さっきからいたが」
S級冒険者、気配消すの上手すぎじゃろうがい。
「北まで行かなくても、近場の森にもあると思うよ。子供の頃は集めたものさ」
と、ギル。私は頷いた。
「ドングリ集めは何とかなりそうですね。じゃあ並行して、道具を揃えていきましょう」
ドングリを砕いて粉にする道具が要る。
ミキサーみたいな道具があれば、ドングリ以外にも色々と役立つことだろう。そうそう、大豆できな粉を作りたいと思っていたしね。
電気はもちろんないが、手回しならいけるはず。
「たこ焼き器を作ってくれた鍛冶屋の親方に、相談してみます」
雇い人の一人が言った。
「森には、野生の蕎麦が生えていると思います。早ければ初夏には実がつくので、今でも少しは収穫できるかも」
「蕎麦! いいですねぇ。料理の方向、決まってきたかも」
そば粉といえば、あれだろう。
アイディアが湧いてきて、私はにんまりと笑った。
◇
翌日。私は孤児院の子供たちを引き連れて、町近くの森に立っていた。
ナタリーに頼んで、孤児院の子たちを連れ出してもらったのだ。ヴェロニカにバレないよう、ただのお散歩だということにしてある。
「ルシルー! 楽しいゲームって、何やるの?」
子供たちは久々の外出に、目を輝かせている。
「宝物探しゲームだよ」
私が言うと、子供たちはきょとんとした。
「今は春だけど、森にはドングリが落ちているでしょ? いっぱい拾ってきて、私にちょうだい! みんなにケバブサンド、ご馳走するからね!」
「わーい!」
ケバブサンドの在庫は残り少ないが、ここでケチっても仕方ない。
孤児院の子たちは、普段は貧しい食事ばかりだ。たまにはしっかり食べさせてあげないと。
「ナタリー、ラテ、それに皆さん。子供たちを見ていてあげてね」
「ええ、もちろんですよ」
ナタリーとラテ、雇い人たちが頷いた。この森は町に近いため、魔物や危険な動物は出ない。でも、万が一ということがあるから。大人の目は必要である。
「フィンとミアは、私と一緒に蕎麦を探してくれる?」
「はーい」
「んー。ぼくもドングリ宝探ししたかったなー」
「わがまま言わないの」
ミアは兄のおでこをぺしっと叩いた。
なお、危険はないから別にいいと断ったのだが、クラウスもついてきている。暇人である。
「よーし! ドングリ、いっぱいさがすぞ!」
孤児院の子供たちは、さっそくドングリ探しを始めた。どの子もみんな夢中になって探している。
そういえば、小さい頃の私――ルシルになってからの私も、この森で何度かドングリ探しをしたっけ。孤児院にいるとあまり外出の機会がないから、こうやって外遊びできる日がとても楽しかったのを覚えている。
春の森は若葉が茂って、木漏れ日がちらちらと揺れている。まだ虫は少なくて、遊ぶにはいい季節だ。
「おそば……」
ミアが目を閉じて、くんくんと鼻を動かしている。この子は味覚と嗅覚がとても鋭い。並外れているから、たぶん『能力』なのだと思う。私の絶対倉庫とか、ナタリーの小治癒とかのあれだ。
「あっちから、においがする」
ミアが森の奥を指さした。
「よし、行こう」
しばらく歩いていくと、木々が少し開けた場所に出た。
そこには、白い花を咲かせた草が生えていた。高さは一メートル足らずくらい。先の尖った葉っぱをしている。近くに寄って確かめてみれば、蕎麦で間違いなさそうだった。
「うーん。実はあんまりついていないね」
花も咲き始めたばかりという感じだが、よく見ればまだ若い緑の実に交じって、熟した黒い実をつけているものもある。
そんなに多くはなかったが、今はありがたい。黒い実を選んで取り分け、倉庫に入れた。
森の野生の蕎麦は案外けっこうな量が生えていた。割合は少ないとはいえ、黒い実もそこそこ採れる。
他にもお馴染みの森ニラや、山菜のたぐいがあったのでゲットしておく。
「あっ、森キャベツもある!」
森キャベツは芽キャベツに似た植物。味もキャベツそっくりなので、使い勝手がいい。
森キャベツを見つけられたのはラッキーだった。
茎にくっついた小さな実を倉庫にいくつも入れておく。
「よし。このくらいでいいかな。戻ろうか」
「うん」
「リスがいる」
ふとクラウスが言った。見れば近くの木の枝にリスがいる。S級冒険者は目もいいらしい。私は気づかなかった。
「リスさん、ドングリをやろう」
いつの間に拾っていたのか、クラウスはドングリをポケットから取り出した。リスに向かって差し出しつつ、近づいていく。
リスは普通に逃げた。クラウスはショックを受けて固まった。
「野生動物ですもの、警戒心が強くて当たり前ですよ。後でラテを撫でましょうね」
「ああ……」
うなだれるクラウスに、フィンとミアがこそこそささやいている。
「クラウスさんは、ほんとはカッコいいのにときどきヘンだよね」
「ときどきじゃなくて、しょっちゅうヘンだよ」
「でもぼく、ヘンなクラウスさんもきらいじゃないよ」
「わたしも」
うちの子たちは、本当に心優しい子である。
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お読みくださりありがとうございます。
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しかしカクヨムは数話先行とはいえ、なろうと比べるといっぱい読んでもらえています…。
同じ作品なのにどうしてこんな差が。やはりサイトの色合いというものがあるのでしょうか。
と、悩みはここまでにしまして。今後ともよろしくお願いいたします。




