57:絶たれた供給網
神殿の認可を得てから少しの時間が経過した。食料ギルドの嫌がらせは、あれ以来ぱったりと止んでいる。
季節は春も後半。夏に近づく日々の中、だんだんと強まる日差しがまぶしい。
「次の新商品はラーメンにしたかったんだけど、これから夏だもんね。あったかい汁物は今ひとつかな?」
割れ鍋亭にて。
私はギルたちを相手に、新商品のアイディアを話していた。
「ラーメンというのは、前に言っていた『麺』だったか。斬新だねぇ」
ギルが感心している。
このアステリア王国に麺料理は存在しない。ぜひとも麺の魅力を広めたいのだが、夏であれば冷たい麺からだろうか。
「ラーメン、うどん、パスタ、それから焼きそば。どれも小麦を水で練って、細く切って作るんです。時間を置くとのびちゃうので、屋台よりも食堂向きの料理ですね」
人手が増えたので、割れ鍋亭の食堂化計画も進行中だ。
ラテの発酵パワーで、少量作ってみた日本酒もいい感じだし。昼は食堂、夜は酒場と夢は広がる。
『吾輩は唐揚げがいい。鶏肉でも、魚でも、魔物肉でもあの味は美味い』
ラテが口を出した。
「そうね。お醤油ベースのタレで、小麦粉とデンプンの衣をつけるのは、最強よね」
前世でも唐揚げはコンビニや屋台の定番だった。そろそろ組み込んでいいだろう。
鶏肉でももちろんいいが、せっかくだからこの世界ならではの魔物肉が楽しそう。
「あとはオム焼きそばとか、ああいう系のB級グルメも作りたいなぁ」
ただ、アステリア王国は食べ物を持ち歩く習慣が薄い。携帯食といえば、以前の警備隊のように固い黒パンがメインで、あとはせいぜいチーズとドライフルーツくらい。前世のようなプラスチック容器がないのはもちろんだが、お弁当箱という概念もない。
もう少し、手軽に持ち歩きつつ食べられるような容器があるといいのだが。
私たちは色々なアイディアを話し合った。
「……さて。会議はこのくらいにして、明日の分の食材を仕入れに行きましょうか」
私の絶対倉庫があるので、お買い得品を見つけたら多めに買い込んでいる。
でも、この世界は前世のように物流や保存技術が発達していない。その場その場で、必要なものを市場で買うのが基本だ。
「じゃあ、僕も買い物に付き合うよ。市場の動向はチェックしておきたいし」
ギルが立ち上がると、フィンとミアも手を挙げた。
「ぼくもついていく!」
「わたしも」
「オッケー。なら、行きましょうか」
そうして私たちは市場へと向かった。
◇
ところが。市場ではおかしなことが起きていた。
「ごめんよ、シスター。うちの店の小麦粉は、もうあんたに卸せないんだ」
馴染みの小麦粉店に行くと、店主の親父さんが申し訳なさそうに言った。
「え? 卸せないとは、どういうことですか?」
「……俺の口からはっきりとは言えないが。あんたに売ると、こっちもただじゃ済まない。察してくれないか」
私はギルと視線を交わした。
「分かりました。事情があるなら、無理強いはできません」
私たちが諦めると、店主は明らかにほっとした顔をしていた。
次に八百屋へ行く。ここの店主夫妻も、私の顔を見ると表情を強張らせた。
「すまん、シスター。うちのジャガイモと陸イカ、いつも贔屓にしてくれたのに。俺たちの商売が潰されちまうんだ」
「それは、食料ギルドの圧力かな?」
ギルが言う。夫婦は目を伏せて、小さく頷いた。
「ひどいよ!」
八百屋を出た後、フィンが思わずといった様子で声を上げる。
その横で、ギルは腕を組んでいた。
「こういう手に出たか。食料ギルドは、王都の食料品の商いを一手に担っている。特に小麦はギルドを必ず一度通す、専売だからね。それ以外でも、食料ギルドからにらまれれば、普通の店はひとたまりもないさ」
「ざいりょうが買えないと、お料理が作れない……」
ミアが呟いた。
唯一生き残っているのは、ロックリザードなどの魔物由来の素材だ。魔物の肉は、食料ギルドではなく冒険者ギルドが扱っている。
だが、旅するキッチンの看板商品はケバブサンドである。サンドイッチにすることで、食べやすく持ち運びもできる。腹持ちもする。焼肉だけでは、お客さんをここまで惹きつけておけないだろう。
ケバブサンドもたこ焼きも、雑炊も、兵糧丸も、もう作れない。 『旅するキッチン』は、看板メニューを全て失った。最大の危機だった。
◇
割れ鍋亭への帰り道。私たちは、すっかり意気消沈してしまっていた。
「ルシル。倉庫に小麦粉の在庫はどのくらいある?」
「もって五日分ってとこかな」
ギルの言葉に、倉庫の量を確認して答えた。
今のうちの店の主力は、ケバブサンド、たこ焼き、兵糧丸の三つ。たまに湖のシジミ貝を冒険者に採ってきてもらって、特別メニューで雑炊を作ることもある。
どれもが小麦粉や小麦を使う料理だ。
ギルが深いため息をついた。
「ほんのちょっとの時間稼ぎしかできないな。王都の流通は、食料ギルドの奴らが完全に握っている。市場で仕入れるのは、もう不可能だと思った方がいい」
「そんなぁ……」
フィンが眉毛をハの字にしている。
私は歩きながら考えた。何かいい手はないだろうか?
夏が近づく街角では、穏やかな陽気が満ちている。お年寄りたちは通りに椅子を引っ張り出して、日向ぼっこをしながらおしゃべりに興じていた。
その傍らでは、子供たちが遊んでいる。何やら小さなものを積み上げて、少し離れたところから小石を投げつけていた。
「えいっ!」
「わあ! いっぱい崩れた! 二十点だね」
あれは、この国の伝統的な遊びの『ドングリ崩し』だ。積み上げたドングリに石を投げて、崩れ方で点数を競うというもの。私も子供の頃、孤児院の仲間たちと遊んだっけ。
(待てよ。ドングリ?)
私は閃いた。
「そうだ! この手があったわ!」




