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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第4章

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55:あちらの事情

【三人称視点】



 ある夜のことである。

 ヴェロニカはいつも通り、食料ギルドに寄付食材の横流しを行っていた。


「最近は貴族の寄付が渋いのよ。何でも警備兵の携帯食料に端を発して、引き締めと見直しの機運が高まっているとかで」


 ヴェロニカは忌々しそうに吐き捨てた。

 食料ギルドの男は平身低頭している。


「世知辛いご時世ですね。せっかくヴェロニカ院長様の広いお心で、我らも助けられているというのに」


「まったくですわ。お前たち、もっと感謝するのですよ」


「もちろんでございます」


「そういえば」


 ヴェロニカはふと言った。


「警備兵で思い出しましたわ。携帯食料の商売は、不届き者の新参者に取られたのでしたね。報復は終わりましたか?」


「そ、それが……」


 食料ギルドの男たちは目配せしあった。


「何ですか。はっきりおっしゃい」


「……食料ギルドの権限で営業停止処分にしようとしたところ、奴らは神殿の認可を持ち出してきまして。神官長様の署名入りの書状を持っていました」


「はぁ? どうして商売に神殿が関わるのです」


 食料ギルドの説明を聞いて、ヴェロニカは顔を歪めた。


「何と悪知恵の回る! ではお前たちは、恥をかいておめおめと逃げ帰ったのですか」


「神殿の名を持ち出されれば、我らに口出しはできず……」


(なんてこと!)


 ヴェロニカは内心で歯噛みした。食料ギルドは宰相サイラスの管轄組織。ヴェロニカは修道院長に就任して以来、もう何年も彼らに寄付品を横流ししてきた。

 食料ギルドの権勢は、宰相とヴェロニカの力に直結する。

 それが警備兵の携帯食で商売の一つを奪われ、報復どころか神殿に事の次第が知られたのだという。


「……神官長様の署名入りといいましたね。どの神官長様ですか?」


「シルヴェスター様です」


(あいつ!)


 シルヴェスターは以前、施療院の不当な寄付を撤廃した人物だ。神官長の中では最年少で、平民の出身。才覚だけで登りつめた人間である。

 貴族の政治とは離れた位置にいると思っていたが、ここで首を突っ込んでくるとは。


「……必ず潰しなさい」


「え」


 ヴェロニカは低い声で言った。怒りと焦りとが押し隠せていない。


「その店を、必ず潰しなさい! あたくしの顔に泥を塗って、恥をかかせたも同然です。許しません!」


「し、しかし、院長様。我々としては、これ以上関わりたくないというのが本音でして……」


「知ったことですか! このあたくしの命令が聞けないとでも!?」


「いえ、そんなことは! かしこまりました!」


「食料ギルドの権限を使って、その店を干からびさせなさい。……分かりますね?」


「は、はいっ」


 食料ギルドの男は汗をかきながら、退出していく。

 一人になった修道院長室で、彼女はイライラと爪を噛んだ。


 食料ギルドが主体となって行ったとはいえ、報復を指示したのはヴェロニカだ。

 今回の失敗を宰相サイラスに知られれば、切り捨てられるかもしれない。その前に相手を潰して、全てをなかったことにしなければ。

 焦燥感がギリギリと胸を圧迫する。


「絶対に、潰してやる。あたくしに逆らったこと、心の底から後悔させてあげるわ……!」


 ヴェロニカは知らない。割れ鍋亭と旅するキッチンを切り盛りするのが、かつて彼女が追放したルシルだと。

 ナタリーと協力しながら、修道院の内部に目を光らせているのも知らない。

 ヴェロニカにとって「邪魔者」はあくまでそれだけで、名前を持つ相手だと認識できていないのだ。


 危うい足元を見ようとせず、彼女は身勝手な怒りを燃やしていた。





 一方その頃、王城では。

 第二王子の執務室で、アルフォンスが部下から報告を聞いていた。


「――以上の経緯で、シスター・ルシルの店は食料ギルドの妨害を跳ね返しました。今も行列のできる店と屋台として、王都の民たちに大人気です」


「商売の話に神殿まで持ち出すとは。シスターもなかなかやり手だね。それとも、いいブレーンを見つけたのかな」


 アルフォンスは面白そうに笑う。


「で、彼女に認可を与えたのはシルヴェスター神官長か。以前の私の匿名告発で、ヴェロニカ院長を制裁したのも彼だったな」


 アルフォンスは神殿の勢力図を思い浮かべる。

 シルヴェスターは年若い神官長で、政治的には中立の立場。どの派閥にも属しておらず、逆に言えば後ろ盾を持っていない。


(一度、接触してみるのもいいかもしれない)


 今は兄である第一王子が王太子に収まっている。しかしこの国の伝統上、王位継承争いが終わったわけではない。

 アルフォンスは相応に野心のある青年だが、それ以上にアステリア王国を憂う心を持っていた。


(兄上は、民のことを見ていない)


 宰相と結託し、金策に勤しんで役人の買収を進めている。自分たちの都合のいい政策を推し進めるために、民の犠牲など考えてもいない。彼らの政治とは王宮内で完結するものだ。王宮の外で暮らしている民衆を踏みつけにして、顧みていない。


 その最たるものが食料ギルドだった。宰相の匙加減一つで小麦やその他の食料品を値上げして、莫大な利益を得ている。民衆の苦しい暮らしぶりなどおかまいなしに。

 ルシルのように気に入らない相手は、権力を背景に虐げる。もっとも今回は、反撃を食らったが。


(修道院を追い出されたシスターが、あんなに頑張っている。私も負けていられないね)


 アルフォンスは顔を上げた。


「シルヴェスター神官長に書状を書く。他に知られないよう、極秘で届けてくれ」


「はっ。かしこまりました」


 彼はペンを取り上げて、さらさらと書き始めた。

 内容は、今回は当たり障りのないもの。ヴェロニカの告発がアルフォンスだと匂わせて、ルシルの知人であると明かす。

 シルヴェスターが信頼に値する人物であれば、ゆくゆくは自分の派閥に引き込みたい。そんな思惑だ。


 手紙を書き終えて、部下に託す。

 アルフォンスは窓際に立って眼下に広がる王都の町並みを眺めた。

 夕焼けに染まる町並みは、金色で美しい。


「……?」


 だが、ふとアルフォンスは眉をひそめた。

 何か小さな違和感がある。それは王都の町並みではなく、王宮から感じられる。淀みのような、奇妙な魔力。


 しかし違和感はすぐに消えた。アルフォンスは確かめようとするが、もう霧散してしまっている。


「何だったのかな」


 彼はため息をついて、机に戻った。最近、少し疲れが溜まっている。

 また、ルシルの屋台に買い食いに行きたい。そんなことを考えながら、アルフォンスは書類仕事を再開した。


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