53:再出発
「ただいま、フィン、ミア、ラテ! あとついでにクラウスさん! 神殿の認可、取ってきたよ!」
「ほんと!? やったね」
フィンとミアが飛び上がって喜んでいる。ラテも嬉しそうに尻尾を振り、クラウスは――なんかへこんでいる。
「俺は『ついで』なのか……?」
めんどくせぇな? あんた、店員じゃないじゃん。
しかし私は慈愛あふれるシスターだ。彼の手を取って、優しく微笑んだ。
「ごめんなさい、クラウスさん。クラウスさんも今まで、たくさんこの店を助けてくださいましたものね。これからも一緒に頑張りましょう?」
「ああ。任せてくれ」
クラウスはあっさり立ち直った。うむ、これでS級冒険者を割引きで働かせる口実ができたというもの。
「ねえフィン、アレが僕よりカッコいいクラウスさんかい?」
ギルがボソボソとフィンにささやきかけている。
「そうだよ。すっごく強くて、おっきな魔物もいっとうりょうだんなんだ!」
「あー、そういう。君くらいの年の男の子は、おしゃれより武力だもんねえ」
「ギルさんは、おしゃれっていうより、ハデなだけ」
ミアに一刀両断されたギルは、崩れ落ちた。
そのような小芝居はさておき、明日からまたお店の営業をしなければならない。
「みんなー! 工作するよ!」
割れ鍋亭の前に、倉庫から旅するキッチンの屋台を出した。
手作りの看板――ラテをイメージした黒い猫耳つき――を外す。次に小刀を取り出して、神殿の印章を模したマークを彫った。
さらにはこう書き加える。
『神殿認可・美味しいものを食べて慈善活動をする会』
「よし、いいね。もう一度看板を取り付けてっと」
取り付けはクラウスがさっとやってくれた。妙に張り切っていらっしゃる。仲間認定が嬉しかったのかもしれない。
続いて私たちは、木板を切り分けて小さな木札を作った。こちらには「会員証」の文字を記した。
「これは、『会員』になってくれた人に配るよ」
「文字だけじゃ、ちょっとさびしい。ラテ、足、かして」
『なんだ?』
ミアがラテを抱っこして、右の前足をインクに浸した。
「フギャッ!?」
ラテが驚いて悲鳴を上げる。ミアは構わず、インクまみれの前足を会員証の木札にぺたりと押し付けた。
「あっ。いいね」
文字の横に猫の肉球の形がスタンプされている。とても可愛くなった。
『良くないだろうが! 肉球が濡れて気持ち悪い!』
「まあまあ。後でちゃんと足を洗って、夕ごはんにお魚つけるから」
『……チッ。ならば仕方ない。さっさと済ませろ』
ラテはミアの腕をするりと抜け出して、自分でペタペタとスタンプを始めた。
横ではクラウスがソワソワしている。ミアが言った。
「クラウスさん、にくきゅうスタンプしてみたい?」
「うむ。頼めるだろうか」
『断る。何が楽しくて大の男に前足を掴まれなければならん』
クラウスはがっくりうなだれた。気の毒だが、ラテが嫌がるなら仕方ない。
ギルが困ったように言った。
「あー、皆さん? さっきから猫と話しているけど、そういう遊びなの?」
おっと。まあ、ギルはもう仲間だ。これから力を合わせていく以上、秘密は減らしていこう。
「ラテ」
私が目配せすると、ラテはひげをピクリと動かした。
『フン。ギルよ、吾輩は猫ではない。偉大なる腐敗の魔獣だ。この店の発酵マイスターにして、裏の店主でもある。以後、畏敬の念をもって接するように』
「猫ちゃんは魔獣だったのか! これはすごい」
ギルにラテの能力を説明すると、感心しきりの様子だった。
「なるほどねえ。割れ鍋亭の料理は、ラテちゃんのおかげでもあったんだね」
『おい、ちゃん付けするな』
ラテは牙をむき出して威嚇したが、猫の姿では迫力がない。クラウスが「可愛い……」と呟いていた。
私は続ける。
「ギルさん、この店は色々ワケアリなんです。ラテの能力はすごく特別だし、フィンとミアは前に人さらいにあって怖い思いをした。だから口外はしないでください。これから人手を増やすにしても、秘密を守れる信頼できる人をお願いしたいです」
「分かったよ。大丈夫、集めようと思っていた人たちは、前から付き合いがある人間ばかりだ。僕と同じ、今の王都の商売に疑問と不満を持つ奴らさ。現状を打ち破るための同志だからね」
ギルはしっかりと頷いてくれた。頼もしい限りだ。
そうしているうちに会員証も完成する。フィンとミアが手分けして、インクを乾かすために木札を並べてくれた。
私はパンと手を打ち合わせる。
「さて! それじゃあ今日は、たくさん料理を作っておこう。最近はいつも品切れ気味だったものね。ケバブサンドとたこ焼きと、兵糧丸と。そろそろ新メニューも開発したいよね~」
『どんなメニューだ? 魚を使え、魚を』
「うーん、せっかくお醤油とお味噌があるから、そっち使いたい」
唐揚げは作ってみたから、ラーメンとか? 麹があるから、甘酒なんかもいいね。
「作りたいものがいっぱいあって、人手が足りないよね」
「じゃあ、すぐにでも人を集めてくるよ。今日これから声をかけて回って、明日にでも連れてこよう」
ギルが言う。
「お願いします!」
これで今後は、料理の在庫不足を気にしなくてもよくなる。
私は腕まくりをした。
「よーし! 明日の分のお料理、作っちゃおう!」
「おーっ!」
フィンとミアが、嬉しそうに声を上げる。
私たちは手分けして、たくさんの料理を作った。




