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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第4章

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52:お墨付き

 やがてシルヴェスター神官長は口を開いた。


「お前たちの言い分は分かった。食料ギルドが不当な手段で圧力をかけているのもな。ただ、神殿がこのような話に踏み込むのは前例がない。すぐには決めかねる」


「そんな……」


 ナタリーが思わずといった様子で呟いた。

 私は一歩前に出る。


「神官長様。私は、料理で人々を笑顔にするのが生きがいでした。以前は孤児たちで、今はお客さんです。でも、孤児たちのことを忘れた日はありませんでした。ナタリーがそばにいるから、まだしも安心していますが……」


 私は倉庫から一皿の料理を取り出した。

 それは、風邪の時の滋養食。シジミ貝の雑炊だ。

 時間停止の倉庫の中に収められていた雑炊は、今でも作りたての湯気を立てている。


「風邪が流行した時、私はほとんど初めて貧民街に行きました。そこで、格安のはずの銅貨一枚を支払えない人がいると知りました。子供たちはタダにしましたが、私たちも商売です。無制限で無料はできません。商売を続けながら寄付もできる。何より食料ギルドのような、食べ物の値段を釣り上げる組織に反撃ができる。そのための一歩に、どうか力をお貸しください」


 私は雑炊の皿を差し出した。シジミの旨味がたっぷりのおかゆを。


「ご賞味ください。私が心を込めて作った、シジミ貝の雑炊です」


「……」


 神官長は訝しみながらも、皿を受け取ってくれた。

 スプーンで一口、口に入れる。


「これは……!」


 その瞬間、神官長の厳しい表情が驚きに変わった。一口、一口と雑炊を口に入れる度、目元が和らいでいく。

 やがて皿の雑炊をすっかりと平らげて、彼は満足のため息をついた。


「実に美味かった。美味いだけではない、弱った体に染み渡る優しい味だ。……実のところ、私もしばらく激務でな。胃が弱っていたのだ。久々に食べ物を美味いと思ったよ」


 シルヴェスター神官長は私に空になった皿を返してくれた。


「このような料理を作る者が、ヴェロニカ院長の言う『素行不良』とはとても思えん。ルシルよ。お前の思いは、千の言葉よりもこの一皿でよく伝わった」


「では……?」


「うむ。その、『美味しいものを食べて慈善活動をする会』だったか。設立を認めよう」


 やった!

 私はギルとナタリーを振り返る。ギルがちゃっかりナタリーの肩を抱いていたので、足を蹴っ飛ばしてやった。うちのナタリーに手を出すとはいい度胸じゃん!

 崩れ落ちるギルは無視して、ナタリーと手を取り合って喜ぶ。


「ありがとうございます、神官長様!」


「ああ。先ほどの会則を見せてくれ。この場でざっくりと詰めてしまおう」


「は、はい。ここに」


 ギルがヨレヨレしながら会則の紙を取り出した。

 神官長は手早く目を通す。


「おおむね問題ないな。寄付先は、基金を立てるといいだろう。預かり先を私の名義にして、寄付の使い道はお前たちが決めるといい」


「ありがとうございます!」


 神官長は書類を取り出して、彼の名前をサインしてくれた。

 見れば、『美味しいものを食べて慈善活動をする会』の認可と、寄付金の基金設立許可とある。


 と、そこで、側仕えの神官が近づいてきた。


「シルヴェスター神官長様。次の面談の時刻が迫っております」


「では、後の仔細はこの者と打ち合わせて詰めてくれ。皆に神の祝福があらんことを」


 神官長はその神官を指し示す。神官は頷いた。

 去っていく神官長に深くお辞儀をして、私たちは事務手続きに入った。





 私たちは神官長の署名入り認可状を手に、神殿から出てきた。

 みんなで顔を見合わせれば、自然と笑みが浮かんでくる。勝利の笑みだ。


 ギルが髪をかき上げながら言う。


「さて、第一段階はクリアだね。次はこの認可状を、食料ギルドの連中に叩きつけてやろうじゃないか。あぁ、楽しみだ」


「うん、そうね。しっかり目にもの見せてやらないとね!」


 私たちの反撃が始まろうとしていた。





【三人称視点】



 次の来客の対応を終えたシルヴェスターは、神殿の長い回廊を歩いている。

 等間隔に並べられた石の柱は、回廊に規則正しい縞模様の影を落としていた。

 そこへ、ルシルの手続きをした神官が走ってきた。


「全て滞りなく終わりました」


「そうか」


 鷹揚に頷いた神官長に、神官は不安そうな顔になる。


「しかし、よろしかったのですか? 食料ギルドといえば、宰相殿の管轄でしょう。下手に踏み込めば、神官長様といえどとばっちりがあるのでは……」


「ないとは言い切れんな」


 その言葉に、神官はますます顔色を悪くする。

 シルヴェスターは表情を変えず、続けた。


「だが、シスター・ルシルの心意気は、無視できるものではなかった。風邪の際の炊き出しも、本来であれば我々神殿がもっと積極的に行うべきだったのだ。治療に追われて人手が回らなかったとはいえ、だ。修道院を追われた一人のシスターが、あれほど奮闘している。であれば、後押しくらいせねばと思ったのだよ。……それに」


 シルヴェスターは回廊の隙間から見える空を見上げた。


「以前、匿名でヴェロニカ院長への告発があった。あの告発は、やり口からして貴族……もしくはもっと立場のある人間からだ。有力な貴族や、あるいは王族の中に宰相一派への不満が高まっているとしたら。ここらで一つ、揺さぶりをかけてみるのも面白いだろう?」


「面白い、ですか……」


 問いかけれられて、側仕えの神官は答えに困っている。

 神殿はアステリア王国の信仰の総本山であるゆえに、政治と切っても切り離せない存在だ。

 今の神殿のトップ、大神官は国王と近しい。そのため宰相や第一王子とは少し距離がある。

 ただし他の神官長の中には、はっきりと宰相の派閥の者もいる。年若くして神官長になった彼は、理想と現実の間でより良い未来を掴みたいと考えていた。


(ルシルの小さな揺さぶりが、どう動くか)


 ルシルの事業はよく練られていて、お墨付きを与えても問題ない内容だった。食料ギルドが抗議してきても、正論で突っぱねられる。


 本来彼は、貴族の政治とは距離を置いていた。

 神官の領分は民への奉仕と魂の救済。貴族の政治とは別の領域だと思っていたからだ。

 だが最近の王都の腐敗はどうにも目に余る。

 ゆえにシルヴェスターにとってはリスクの少ない行為として、一石を投じたのだ。


(今後が楽しみだな)


 回廊の向こうの空は青く明るい。彼は空から目を戻して、また歩み始めた。


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