51:神殿
ギルの手配で、私たちは神殿の神官長に会う機会を得た。
神官長は何人かいるが、風邪騒ぎの時に施療院に来てくれた人を選んだ。
ナタリーから話を聞く限りでは、公平な人だからだ。
神殿を訪れたのは、私、ギル、ナタリー。『美味しいものを食べて慈善活動をする会』の話をしたら、ナタリーも賛成してくれた。
「では、わたくしもルシルちゃんと一緒に行きます。あの神官長様とは、面識がありますから」
というわけで、アポを取って神殿に向かう。
面会室に現れたのは、三十歳そこそこと思しき男性。神官長としてはかなり若い人物である。
青い髪と銀の瞳。鋭い目つきと厳しい表情の人だ。
彼はシルヴェスターと名乗った。
「ナタリーよ、久しいな。あれから施療院は順調だろうか?」
シルヴェスターはまず、ナタリーに声を掛けた。厳格な表情を少し崩して、わずかな微笑みを浮かべている。
ナタリーは一礼した。
「はい、神官長様。おかげさまで、薬草が不足することもなく、病や怪我で訪れる人々の助けとなっています」
「そうか。これからも神々と民のため、精進するように」
「はい」
ナタリーが下がると、神官長は私とギルを見る。
「……お前がルシルか」
シルヴェスター神官長の眼光は鋭い。あまり表情が読めない人だが、手放しで歓迎されているとはとても思えなかった。
「ヴェロニカ修道院長からは、お前は素行不良で追放されたと聞いている。間違いないか?」
いやそれ、間違いしかねぇんだわ。何だよ素行不良って。
私は言い返した。
「追放されたのは事実です。ですが、素行不良については抗議したいですね。私はただ、孤児たちに少しだけ豪華な食事を作っただけです」
「というと?」
「あの修道院は、貴族様からの寄付も多い。あの日もたくさんの食材を寄付していただいたので、私は料理の腕を振るいました。それが修道院長の気に障ったようです」
ヴェロニカの横領は確実だと思う。
アルフォンスの話では、宰相が統括する食料ギルドと癒着している可能性もある。
アルフォンスはいい人だと思うけど、貴族だという以外に私は何も知らない。彼の情報が正しいという確証もない。
ましてや人さらいの話は、突飛すぎる。ここで下手につついても、私がデタラメを言っているだけだと疑われる可能性が高いのではないか。
今回は、『美味しいものを食べて慈善活動をする会』の認可を得るために来た。
根拠のない話を並べ立てて、神官長の不興を買いたくない。
しかしながら、私の身の潔白も示しておかないといけない。なら、これでどうだ。
「えーとですね、ヴェロニカ修道院長様は、ちょっと問題のある人でして。孤児やシスターには清貧を説くくせに、ご自分はけっこう贅沢好きなんですよ。お金稼ぎが趣味のようですし、寄付の品物やお金を独り占めしたいように見えます。私が勝手に寄付の食材を使ったのが、気に食わなかったみたいです」
横領しているとはっきり言わない。あくまで私の印象を語る。
シルヴェスター神官長は施療院の寄付値上げ事件を解決してくれた。ヴェロニカの強欲さを知っている。だから説得力はあるだろう。
それにしても、ヴェロニカのことを思い出すとムカついてきたな。そう思ったら、つい口が動いた。
「あの方、若く見えるけど、相当な厚化粧だってご存知でした? どうやったらあんなふうに塗りたくれるんですかね。口紅も真っ赤すぎだし、舞台女優じゃねえんだよって感じです。あっでも、あの化粧の技術は大したものなので、教えてもらいたいと思った時もありました」
「……ルシルちゃん!」
ナタリーが私の修道服の裾を引っ張った。
おっといけない。つい話が逸れてしまった。私は話を戻した。
「施療院の寄付増額の件は、神官長様が対処してくださったと聞いています。そのようなわけで、ヴェロニカ院長の話はあまり鵜呑みにしないでいただきたいです」
ナタリーも続けた。
「ルシルちゃ……このルシルの人柄は、わたくしも保証いたします。ちょっと食いしん坊で、見境なくそのへんのものを食べてお腹を壊したり、止めなさいと言っても拾い食いしたりしますが、本当はとても心の優しい子です。どうか、話を聞いてやってくださいませ」
「……」
私たちの話を、シルヴェスター神官長は黙って聞いている。これは無言の肯定とみていいだろう。
私は本題を切り出した。
「今日は神官長様にお願いがあって参りました。私は料理の店を経営しています。孤児院で孤児たちに料理を作っていた頃と同じように、料理で人々を笑顔にしたいのです」
今度はギルが一歩前に出た。
「ところが、彼女の店は今、苦境に立たされています。食料ギルドの不当な妨害により、廃業に追い込まれようとしています。彼らの言い分は実に理不尽。先だっての魔物暴走騒ぎの際、ルシルが新しい携帯食を開発し、食料ギルドの専売を奪いました。その件を根に持っての報復でしょう」
「警備兵の携帯食の話は知っている。怪我をした兵士たちが神殿に運び込まれて、治療を受けたからな。確かにあの黒パンはひどかった」
神官長は頷いた。
「ええ、ですので、ルシルが新しい携帯食を作ったのは、警備兵たちを思い遣ってのことです。ルシルは状況を改善したのに、食料ギルドは逆恨みしてきたのです」
「なるほど。お前たちの事情は分かった。だが私は神官で、商売については何の権限もない。なぜ私に話を持ってきた?」
「それが今回の計画のキモでございます」
ギルは不敵に笑って、『美味しいものを食べて慈善活動をする会』の仕組みを説明した。
神官長は驚きに目を見開いている。
「なんと、悪知恵が回るものだ」
「お褒めに預かり光栄です」
いやそれ、褒めてないと思うよ?
ギルは続ける。
「この会の規約や会計計画などは、こちらに。基本は年一回の会費――といっても極めて安い、銅貨一枚程度のものに加えて、売上の一部を寄付金といたします。顧客、おっと、会員に負担はほとんどなく、我々の店も無理のない範囲で寄付金を捻出します。寄付先は、我々で基金を立ててもいいですし、神殿内で貧民街での奉仕活動を行っている方への支援に回しても構いません。そこはこれから詰めていければと」
「ふむ。名目上の慈善活動と、実質の商売を両立できるというわけだな」
「はい。神殿のお墨付きがあれば、食料ギルドも手は出せません。我々が寄付をしたいと思っているのもまた、本当です」
シルヴェスター神官長は考え込むように、あごに手を当てた。




