50:作戦会議
談話室で会議が始まった。
私とラテ、フィン、ミア。それにどういうわけか、隅の席にクラウスが座っている。いつの間に来たんだろうか。いつものことだし、まあ気にしないこととする。
ギルが談話室の中央に進み出た。芝居がかった動作で腕を広げてみせる。
「さて。それじゃあ第一回、割れ鍋亭会議を始めよう。まずは敵の分析からだ。……食料ギルドの連中は、規則と面子でがんじがらめになっている。なにせあそこは、良くいえば歴史のある、悪くいえば古臭くて上下関係にうるさい頭の固い奴らだからね」
彼は得意そうに談話室を見渡した。
「だから規則の外側から殴ればいい。『店』は営業許可が必要だというのなら、割れ鍋亭と旅するキッチンは店をやめる」
「えっ? お店やめちゃったら、商売ができないよ!」
フィンが思わず声を上げた。ギルはニヤニヤ笑う。
「いいや、できるね。『店』ではなく、『美味しいものを食べて慈善活動をする会』を立ち上げるんだ!」
「はぁ!?」
突拍子もないアイディアに、私たちはあんぐりと口を開けた。
なにその慈善活動をする会って。
私がぽかんとしていると、フィンが鋭い質問を飛ばした。
「じゃあ、お客さんからもらうお金は『代金』じゃなくて、『寄付』になるの?」
おおお? うちの子が賢すぎる。さすが会計担当だ。
「その通り!」
ギルはパチンと指を鳴らした。
「僕たちの活動は、名目上は慈善活動。お客さんは『会員』で、お金は『寄付』。そういうことにすれば、店だの営業許可だのは関係なくなる」
私は前世の同人誌即売会を思い出していた。
元ネタのある二次創作がメインの場合、本当は著作権違反になってしまう。
が、違反を名目上回避する方法として、同人誌は「販売」ではなく「頒布」という言い方をするのだ。
頒布とは、本や資料、商品のサンプルなどを多くの人に広く分け与えたり配ったりすること。有料でも無料でもどちらでもありえる。
で、有料の場合は本の制作費やら印刷費の回収ということにして、同好の士に「頒布」する……という名目で、「これは営利行為じゃないです。ただの趣味です。だから著作権違反、大目に見てね!」という理屈にしているのだ。
なんでこんなに詳しいのかって? 私、同人誌好きだからだよ。作ったこともあるよ?
まあ、それはどうでもいい。
今回のギルの言い分は、一応は理屈が通る。
だが、日本の同人誌がおめこぼしされていたのは、同人が盛り上がると元ネタの漫画やアニメも売上がアップしたり、漫画家も元は同人作家だったりする背景を持つためだ。文化として同人誌が認知されていたのもある。
つまり理屈だけを押し通しても、背景事情が噛み合わなければ潰される可能性が高い。
だから私は言った。
「ギルさん。言い分は分かりますけど、それだけじゃ弱いですよ。実際は商売なのだから、そこを突かれたらどうするんです?」
ところがギルはニヤリと笑った。
「分かっているさ。僕たちの活動に、しっかりとした正当性を与えなきゃならない。そのためには――慈善活動の本元、神殿から正式な認可をもらう必要がある」
「神殿から!」
私は目を丸くした。
神殿はアステリア王国の宗教の総本山として、大きな権威を持っている。
食料ギルドと修道院長ヴェロニカの関係が疑われる中、修道院の上位組織である神殿を押さえておくのは心強い。
ギルは続ける。
「神殿のお墨付きがあれば、僕たちの活動は『神聖なる慈善事業』になる。手を出せば、食料ギルドは神殿を敵に回すことになる。あいつらにそんな度胸はないさ」
「慈善事業と銘打つ以上は、きちんと寄付などもしないといけませんものね。正直、寄付先はどうしようか迷っていたんです」
「へえ? ルシルはシスターじゃないか。当然、出身の修道院と孤児院に寄付すると思っていたが」
「それがちょっと、事情がありまして……」
私は言葉を濁した。
孤児院や修道院、施療院に寄付をしたところで、ヴェロニカに横領されるのが目に見える。
ギルは手を組んだ相手だけど、内実をどこまで話していいかもう少し考える必要があった。特にヴェロニカは、実家を通して貴族社会に今も繋がっているようだし。
少しずつ様子を見て、事情を話していこう。
「神殿を通じて本当に助けを必要としている人に、お金を届ける。私としても、望むところです」
本当は、人さらいの危機と貧乏にあえいでいる孤児院の子たちを助けたい。
でも今のところは、ナタリーが見張ってくれているおかげで人さらいの被害は出ていない。
私も時々差し入れをしているので、食事事情も多少はマシになっている。
それに、風邪の時の騒ぎで私は思ったのだ。私が知らなかっただけで、この王都には助けを必要とする人がたくさんいると。
修道女はあまり外に出ない。以前の私も、修道院にこもってお祈りと孤児たちの世話をメインの仕事としていた。
それがこうして王都を出歩くようになって、色んなことを知れたのだ。
孤児院の子たちは助けたい。でも貧民街の子供たちだって放っておけない。
この気持ちは、この世界で生まれ育った『ルシル』のもの。実を言うと前世の私は、そこまで慈愛の心に満ちた人間じゃなかった。
美味しいものを食べ歩くのが大好きで、美味しいものを食べた人の笑顔も大好きだったけど、言ってみればそれだけで。
でも今は、自然とできるだけのことをしたいと思っている。
修道院を追放されたのに、いつまでもシスターの修道服を着ているのもそのためだ。
ヴェロニカの支配する修道院ではなく、神殿を通じて正規のルートで寄付金を届ける。これで、活動の大義名分はしっかりと果たせる。
ギルの計画は、ただの嫌がらせ対策じゃない。私が手を出しかねていた、ちゃんとした人助けになる作戦だった。
私はぐっと手を握った。
「やります。神殿へ行きましょう!」
50話までやって来ました。完結まであと半分少々といった感じでしょうか。(たぶん)
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