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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第1章

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05:ヨーグルトとの出会い

 冒険者ギルドでの勝利から数日。私の生活は、新しいリズムを刻み始めていた。


 昼の顔は、すっかり市場の人気者になった「熱々スープの配達屋さん」。

『絶対倉庫』のおかげで、最後の一杯まで湯気の立つスープを届けられる。私のデリバリーは評判を呼んで、着実に銅貨を稼げるようになっていた。

 ギルドでの一件以来、冒険者たちも私を一目置いてくれるようになり、今ではすっかりお得意様だ。冒険に出る前や帰ってきた時などに、立ち寄ってくれる人が増えた。


 このアステリア王国では、食はあまり重視されていない。「口に入れば何でもいい」という風潮が強く、市場の屋台で売られているのも、硬いパンや塩辛いだけの干し肉ばかり。

 そんな中で、店主さんの作るスープは別格だった。


(具沢山で、栄養のバランスもいい。何より、心がこもっていて美味しい)


 こんなに素晴らしいスープが、立地の悪さだけで売れ残るなんて、もったいなさすぎる。

 私がたくさんの人に届けてあげなくちゃ!


「店主さんのスープはとっても美味しいですね。王都の食べ物は正直、不味い物が多いのに」


「そうかい? そりゃ嬉しいねえ。腹に入れるだけじゃ味気ない。せっかく食べるんだから、心も体もあったまる物がいいと思ってね」


「素晴らしいです。私の料理ができあがったら、店主さんに一番に食べてもらいたいです」


 この世界にも私と同じ想いの人がいた。それがたまらなく嬉しくて、私は一層、配達に精を出した。





 そして、夜。私にはもう一つの顔があった。

 店主さんの店で厨房施設を借り、持ち込んだロックリザードの肉と向き合う、料理人としての顔だ。


「……やっぱり、硬い」


 試しにただ焼いてみた肉は、本当に石を噛むようだった。ナイフで筋を叩いても、煮込んでみても、まるで歯が立たない。


(でも、だからこそ攻略のしがいがある!)


 私は前世の知識を総動員して、この難攻不落の食材を最高の逸品に変える方法を模索し始めた。


(筋繊維を分解するには、乳酸菌か、タンパク質分解酵素。ヨーグルトか、パパイヤやパイナップルみたいな酵素の強い果物……。リンゴでもまぁいいかな。でも、そんなものがこの市場で手に入るのかしら?)





 それからの数日間、私は稼いだお金を手に、市場の隅々まで探索して回った。

 この国はあまり温暖な気候ではないので、パイナップルのような都合の良い果物は見つからない。かろうじて、去年の秋に収穫されたリンゴが売られていたくらいだ。


(やっぱり見つからないか……。ん? あれは?)


 諦めかけた時、市場の隅で風変わりな格好をしている人を見かけた。

 ターバンを巻いて、長いマントを身に着けている。日によく焼けた褐色の肌をしていた。

 私がその露店の前に立つと、その人は目を上げた。


「いらっしゃい、遊牧民の店へ。ヨーグルトとチーズがおすすめだよ」


「……遊牧民!」


「ああ、そうさ。俺たちは東の草原で羊を遊牧していてね。たまに王都まで来るんだよ」


 そう言って彼は、白い陶器の壺の蓋を開けた。

 中には白いペースト状の食品。匂いを嗅いでみれば、酸っぱい匂いがした。――ヨーグルトだ!


「羊の発酵乳だ。ここいらじゃ乳を出す家畜と言えば、牛か山羊が多いんだろう? 羊の発酵乳はこっくり濃厚でクリーミーだよ」


 味見させてもらうと、確かに濃厚な味わい。ただ、なかなかにクセがある。

 日本人としての味覚だけでなく、アステリア王国人としてもちょっと慣れない味だ。そもそもヨーグルトというものが、この国ではあまり馴染みがない。

 私が微妙な顔をしていると、遊牧民は苦笑した。


「やっぱり口に合わないか。俺たちはこの味で育つんだが、ここの人は慣れないみたいでなあ」


 そう言って、ヨーグルトの壺を片付けようとする。

 その手を私はガシッと捕まえた。


「ちょぉっと、待った!」


「へ?」


「このちょっと酸っぱい、豊富な乳酸菌の味! これがお肉が本来持つタンパク質分解酵素と合わされば、百人力よ! だいたい、ヨーグルトは酸性の性質を持っている。pHを調整してくれる! これぞ私が求めていた味ッ!!」


 少しばかりクセがあったとて、それが何だと言うのか。

 ロックリザードの肉は硬すぎて、その味を知る人は誰もいない。このクセが意外に合うかもしれない。

 たとえそうでなくても、肉を柔らかくできれば味付けはいくらでも工夫できる。


「お兄さん! このヨーグルト、壺ごとくださいッ!」


「あ、はい」


 遊牧民のお兄さんはすっかり気圧されている。

 私はヨーグルトの壺を手に入れて(きっちり値切った)、ホクホク顔で市場を後にしたのだった。





 その夜スープ屋台の厨房で、ついに本格的な調理開発が始まった。

 まずロックリザードの肉を、前世の技術で繊維を断ち切るように、丁寧に薄くスライスしていく。

 ここで繊維に沿って切ってしまうと、お肉が硬くなるし見栄えも悪い。繊維に対して垂直に、肉はしっかりと押さえて、包丁を持つ手をスライドさせるように切っていくのだ。


 ロックリザードの肉は繊維に垂直に切っていってさえ、かなり苦労する硬さだった。


「ひえー、硬い。こりゃあ包丁も小まめに研がないと駄目になっちゃいそう」


 腕を痛くしながら、それでも何とか切り終える。

 次に私は、遊牧民の発酵乳――つまりヨーグルトと、市場で買ってきた何種類かの香辛料を混ぜ合わせて、特製のタレを作った。

 何も入れないヨーグルトだけのものや、配合を変えているタレを数種用意する。この中のどれが一番美味しくなるか、試すのだ。

 そうしてスライスしたロックリザードの肉を、一晩じっくりタレに漬け込んだ。


 翌日、逸る心を落ち着けながらスープ・デリバリーの仕事に出かける。

 タレへの漬け込みは、普通の肉なら一晩で十分だ。でもあのクッッソ硬いロックリザードの肉なら、丸一日漬けて置いた方がいいかもしれない。

 そう考えて、私はせっせとスープの配達を続けた。


 お昼近くの市場に私が顔を出すと、


「よっ、シスター・ルシル。今日も来たな」


「一杯頼む」


 とお馴染みさんたちが声をかけてくる。

 店主さんのスープの評判は徐々に広まって、最近じゃあ売り切れる日も珍しくない。

 市場の隣のエリアまで配達を頼まれているので、一通り売ったら次の場所へ。次は広場だ。




お読みいただきありがとうございます。

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