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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第4章

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49/81

49:ギル

「シスター・ルシル。風邪が流行していた頃に、僕は君の存在に気づいた。もちろん、おかゆも食べたよ。見たこともないような小さい貝なのに、とても美味しかった。次の携帯食料の問題も、思わず唸ってしまったね。あれほど安い単価で見事なものを作り上げたのだから」


「褒めていただくのは嬉しいですけど、どうして『組む』という話になるんですか」


 私はまだ警戒心を解かない。だって、見透かしたようなタイミングなんだもの。最悪、食料ギルドがドトメを刺しに来た可能性もある。

 ラテもじっと彼を見上げている。

 ギルはニヤリと笑った。


「そりゃあもちろん、君の料理に商機を見出したからさ。ケバブサンドとたこ焼きもそうだ。今まで見たこともないような、独創的で美味しくて、しかも庶民のお財布に優しい料理。これがチャンスじゃなくて何だと言うんだい?」


「でも私の店は、食料ギルドに目をつけられました。憲兵まで連れてきて、潰そうとしているみたいですよ。チャンスどころか、関わったら逆に危ないのでは?」


「僕の心配をしてくれるのかい? さすがはシスター、優しいなぁ」


 ギルが馴れ馴れしく肩を抱こうとしてきたので、ひょいと避けてみた。

 シスター職にあるだけじゃなく、見知らぬ男性とスキンシップする文化は前世でもなかったんだわ。イタリア人じゃあるまいし。

 ギルはがっかりする様子も見せず、続ける。


「僕は実家も商人で、子供の頃から王都で商いに携わってきた。だが、今の有り様はどうだ。食料ギルドを筆頭として、お偉いさんが自分たちの利益ばかりを追い求めている。庶民の事情なんてお構いなしだ。シスター、僕はね、商人は良い商品を適正な価格で提供してこそ存在価値があると思っている。そうすれば庶民からお貴族様まで、品物を必要としている人が、必要としている分だけ手に入れられるじゃないか。それこそが豊かさだよ。それなのに、今の王都は……」


 いつの間にか、ギルは真剣な表情になっていた。口調も熱を帯びている。


(何だろう、この人。いかにも怪しいけど、今だけは嘘をついているように見えない)


 私の視線に気づくと、彼ははっと目を瞬かせて、またへらりと笑ってみせる。


「とにかく、僕はシスターの料理と才能に可能性を感じた。僕だけでは、現状を打破する力が足りなかったんだ。食料ギルドの妨害は、対策を考えてある。お互いに利のある話だよ。どうかな?」





 いつまでも立ち話をするのも何だということで、私たちは近くのカフェへ移動した。

 アステリア王国にはコーヒーや紅茶というものがない。あるのは麦を炒った麦茶や、とうもろこしのコーン茶である。とうもろこしはあるのにコーヒーがないとは、何とも不思議な感じがする。


 私たちは温かい麦茶を頼んで、話を再開した。


「役割分担をしよう」


 ギルはそう切り出した。


「君が最高の料理を作る。僕はそれを売りさばくための戦略を立てる。食料ギルドの妨害をくぐり抜けて、誰にも邪魔されないようにね。それに僕は多少の人脈がある。同じように現状を憂いている、商人の仲間がいるんだ。彼らに頼めば、人手を借りられるよ」


「人手ですか……」


 それはぜひとも欲しい。割れ鍋亭と旅するキッチンは、商売の質も量も、私とフィン、ミア、ラテだけじゃ回らない域に来ている。

 迷っている私を見て、ギルはさらに続けた。


「食料ギルドの規則は、抜け穴がある。そこを突けば、営業許可うんぬんという話はなかったことにできるさ。文句の出ない形でね」


 にやりと笑う態度は、やはりうさんくさい。


(でも、さっきの言葉。商人の価値について語っている時の彼は、真剣だった)


 私はこっそりとラテを見た。カフェのテーブルの下で香箱座りをしている。


『おぬしが決めればいい』


 私だけに聞こえる念話で、ラテは言った。


『吾輩は、人間社会の仕組みはよく分からん。おぬしが賭けてみたいと思うのであれば、力を貸すまでよ。ガキども……フィンとミアも、そう言うだろうよ』


「うん。ありがとう」


 小声で返して、私はギルの方を見た。手を差し出す。


「ぜひお願いします、ギルさん。私の料理で、ギルドの度肝を抜いてやりましょう!」


「よしきた!」


 ギルは指をパチンと鳴らして、私の手を握り返した。


「任せておきなよ。僕の経営戦略と君の料理があれば、王都の食文化と商いなんて、あっという間に塗り替えてやれるさ」


 私たちは固く握手を交わした。

 割れ鍋亭と旅するキッチンは、こうして新しい道に進むこととなったのだ。





「ただいま、フィン、ミア」


「ルシル、ラテ、おかえりー」


「おかえり。そのハデハデのおにいちゃん、だれ?」


 ギルを連れて割れ鍋亭に戻ると、双子たちは思いっきり不審の目で新参者を見ていた。


「君たちがフィンとミアだね。僕はギル。超カッコよくて、王都一イケてる商人さ!」


 ちょっと角度をつけて髪をかき上げている。ふんわりと香水の匂いが漂って、鼻の良いミアは顔をしかめた。


「くさい。お料理ににおいがうつるから、来ないで」


「カッコいいかなぁ? クラウスさんのほうがカッコよくない?」


 フィンも眉を寄せている。

 ギルは髪をかき上げたポーズのまま、しばらく固まった。子供たちの純粋な言葉は、さすがにこたえたらしい。

 足元ではラテが笑いを噛み殺している。


「ま、まあ、子供には僕のカッコよさがまだ分からないよね。……あ、香水は次から気をつけるよ」


 ギルはしょんぼりしながら割れ鍋亭へ入った。

 ミアが食堂と厨房への立ち入り禁止を言い渡したので、談話室へ向かう。

 談話室はまだごちゃごちゃとしているけれど、最低限の掃除だけはしている。打ち合わせをするには十分だった。


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