44:警備隊の天使
三日が経過し、王都内の警備兵たちに兵糧丸が行き渡った。
兵士たちの顔色は明らかに良くなって、動きもキビキビとしている。
「こんにちはー。旅するキッチンです!」
今日も広場にほど近い詰め所に顔を出すと、兵士たちが歓迎してくれた。
「やあ、シスター! フィンくんも。兵糧丸のおかげで、すっかり体力が戻ったよ」
若い兵士が兵糧丸を受け取りながら、笑顔で言った。少し年かさの兵士も続ける。
「また体が動くようになって、討伐もはかどっている。この調子なら、そう遠くないうちに魔物の暴走を抑えられるだろう」
「一時はどうなることかと思ったが。助かったよ」
みな、うんうんと頷き合っている。
すると詰め所の奥から、ちょっと立派な鎧を着込んだ男性が出てきた。
「大隊長! お疲れ様であります」
兵士たちが一斉に敬礼をする。この国の敬礼は右手を左胸に当てる、なかなかカッコいいポーズだ。
大隊長は私の前までやって来た。年配のいかめしい雰囲気の人だった。
「君が、シスター・ルシルか。この度の差し入れ、王都警備隊を代表して心から感謝する。君は我々の救世主だ」
「いえいえ、そんな。仮にもシスターである私に、『救世主』はちょっと?」
私が照れてニヤニヤ笑うと、大隊長もふと笑った。
「はは、そうだな。これは失礼」
「大隊長! 救世主が駄目なら、聖母はどうですかね?」
「それもまずいだろ。天使は?」
「女神はもっと駄目だしなぁ」
兵士たちが軽口を飛ばし合っている。明るい雰囲気で、少し前までの淀んだ空気が嘘のようだ。
大隊長が言う。
「私も、君の兵糧丸を食べさせてもらった。あれはいいものだな。現場で過酷な戦いをしている警備兵たちの、何よりも力になったよ」
「食べるのは、生きる基本ですから。王都の平和を守るみなさんの、力になれたなら嬉しいです」
「この恩は決して忘れない。今後、君や君の店に何か困ったことがあれば、我々警備隊が力になろう」
「……!」
はからずも警備兵たちが味方になってくれた。
ヴェロニカや人さらいの脅威がある現状、とても心強い。
さすが無料配布。タダより高いものはない。フィンとミアの両親語録の通り、心をガッチリ掴めたようだ。
「ところで、シスター。兵糧丸は今は無料でいただいているが、買うとしたらどのくらいの値段になるだろうか?」
私はフィンと顔を見合わせて、答える。
「原価ギリギリなら、三つで銅貨一枚。少し儲けを乗せていいなら、銅貨二枚ですね」
「なんと。ずいぶん安いな」
大隊長は目を丸くして、次に苦々しい顔になった。
「食料ギルドの連中は、何をやっているんだ。こんなに安くて美味いものを作れるのに、支給品があの黒パンとは」
「……」
私が黙っていると、大隊長は気を取り直すように首を振った。
「シスター、今まで無料でありがとう。今日からは金を払うよ。兵糧丸の美味さと効果はしっかり味わったからな」
「え、いいんですか?」
「もちろんだ。私の方から上に掛け合って、予算が出るようにしたい。それまでは自費だが、その値段なら不満はない。もちろん、しっかり儲けを取ってくれ」
警備兵たちは頷いている。
「それじゃあ、ひょうろうがん、いちにち分。九こに一つおまけして、十こで銅貨六枚です!」
フィンが元気よく声を上げた。
「三日分くれ」
「俺にも!」
たちまち兵士たちの列ができる。
私たちは今日もまた、兵士たちの差し出す袋に兵糧丸を入れて回った。
後で割れ鍋亭に帰った時、この話をしたら。
「やっぱり、むりょうはいふは最強。人のこころをガッチリつかむ。お父さんのいうとおり」
と、ミアがしみじみと言っていたのが、なんか面白かった。
◇
それからさらに数日後。兵糧丸の評判は高まって、警備兵だけでなく冒険者や一般市民も買い求めるようになった。
町なかで活動する人には、今まで通りケバブサンドとたこ焼きが人気。冒険者や行商人など、携帯食料が必要な人には兵糧丸が人気だ。
兵糧丸は味変バージョンをいくつか作って、これも好評。中にはフルーツ入りのばっかり食べる人とか、魚粉入りでお魚味のを好む人など、色々と個性が出ている。
広場横の警備兵の詰め所で、旅するキッチンの屋台を出す。兵士だけでなく、他のお客さんもやって来た。
今日のお供はミアとラテ。ミアは一生懸命お手伝いを、ラテはそのへんをぶらぶら散歩している。
「シスター、ケバブサンド一個と兵糧丸を三個くれ。ああ、そっちの魚味のがいいな」
常連の行商人のおじさんがやって来た。
「はい、毎度あり。どこかにお出かけですか?」
「隣町まで行商にな。兵糧丸は美味いしコンパクトだし、遠出に欠かせないよ」
行商人はそう言って、ケバブサンド片手に去っていった。
「シスター・ルシル。今日も繁盛しているね」
聞き覚えのある声に目を上げると、いつぞやのおかゆの時に出会った貴族の青年――アルフォンスが立っている。後ろには護衛の人の姿も見えた。
彼は兵糧丸を注文した。
「これが噂の兵糧丸か。どれどれ……」
ためらいなく口に入れて、もぐもぐと咀嚼する。ごくんと飲み下して、笑顔になった。
「うん、美味しい! 評判通り、力が出るね。君の素晴らしい差し入れは、王都で噂になっているよ」
「うふふ、それほどでもー」
私は照れ笑いをした後に、頑張って表情を改めた。ちょっと真面目な話をしないとならない。
「アルフォンスさんは、貴族ですよね」
「まあ、そうだね」
「じゃあ、食料ギルドの問題は知っていましたか。王都の治安を守る警備兵に、カビた黒パンを支給しているんです。あんまりですよ。国の予算とか配給の仕組みとか、どうなっているんですか」
「……」
彼は困ったように黙ってしまった。
アルフォンスは貴族だが、まだ年若くて官職に就いているかどうかも分からない。彼に文句を言ったところで、ただの八つ当たりだろう。
私が反省していると、彼は口を開いた。
「耳の痛い話だ。食料ギルドは、長年、宰相が管轄している。食べ物は国の根幹をなすもの。麦の価格が安定しなければ、暴動が起きてしまうからね。そして……」
アルフォンスは少しためらってから、続けた。
「君がいた修道院の、ヴェロニカ・スタンリー院長。彼女の実家のスタンリー侯爵家は、宰相と繋がりが深い」
「……!?」
突然現れたヴェロニカの名前に、私はケバブサンドを取り落としそうになった。




