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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第3章

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37/81

37:王子様

「アルフォンスさん、どうかしました?」


「……いや、何でもない。それよりもルシル、まだおかゆの販売を続けるんだね?」


「ええ、そのつもりです。風邪の流行が収まるまで続けたいと思っています」


 その後も需要があれば、価格改定をして続けよう。


「そうか。では私も、できるだけ手伝いに来るよ」


「え? すみませんが、お給金を支払う余裕はあまりないですので……」


 ただでさえ原価ギリギリだから、人を雇うつもりはない。だが彼は首を横に振った。


「いいんだ。本来であれば、貧民の救済は我らの責務。それを君のようなシスターに一任するのは、あまりに無責任というものだからね」


「はあ」


 ノブレス・オブリージュというやつか。真面目なお貴族様もいるものだ。

 アルフォンスが手を差し出したので、私たちは握手をした。クラウスのごつごつした手とはまた違う、鍛えられているけど雑事とは無縁そうなきれいな手だった。


 それから私とフィンは店じまいをする。アルフォンスと護衛に見送ってもらいながら、ラテを連れて割れ鍋亭へと帰った。





【アルフォンス視点】



 去っていくシスターの背中が見えなくなるまで待って、私は歩き始めた。


「……殿下。スタンリー侯爵家といえば、宰相と第一王子殿下の派閥」


 護衛がささやいてくる。


「そうだな。スタンリー侯爵家の娘ヴェロニカは、五年ほど前に派手な醜聞を起こした女性だ。侯爵家のもみ消しで修道院長に収まったと聞いていたが、また問題を起こしていたとは」


 ヴェロニカ女史は人妻の身でありながら不貞を起こし、離縁された。侯爵家がもみ消したために、不貞相手は表沙汰になっておらず、私も知らない。以前はゴシップにそこまで興味がなかったというのが、正直なところである。


「きな臭いな。神殿を通じて調査を入れるべきか」


「それがよろしいかと」


 今の段階で、私は表立って動きたくない。王太子である兄上に嗅ぎつけられれば、どんな妨害をされるか分かったものではないからだ。神殿には匿名で告発を入れておこう。

 ヴェロニカがただの欲に走った女であれば、それはそれでよし。もしも兄上や宰相と繋がっているのならば、少しは彼らの力を削げるだろう。


「それにしても……」


 今日食べた麦粥は美味しかった。王宮のどんな豪華な食事よりも心と体が温まる味。

 おかゆ自体にも旨味がたっぷりだった上、添えられた小さい貝がいい。塩味ともまた違う、不思議なコクのある味付けだった。


 それに、あの元気なシスター。子供たちを心から心配する一方で、ヴェロニカ女史の悪口を口さがなく言っていた。

 思い出すとふと、顔がほころんでしまう。

 屋台の名は「旅するキッチン」といったか。手伝いの約束をしたのだから、なるべく顔を出すようにしよう。

 ルシルの視点からヴェロニカの話をもっと聞いておきたいし、何よりあのおかゆをまた食べたい。


 今後の計画を頭の中で立てながら、私は王宮へ続く道を歩いていった。





【ルシル視点】



「ただいまー」


 私とフィン、ラテが割れ鍋亭に帰ると、ミアが笑顔で、クラウスはいつもの真顔で出迎えてくれた。


「おかえり、ルシル! あのね、おかゆ、お鍋いっぱいぜんぶ売り切れたよ」


「そっか! やったね。屋台の方も売り切れよ。これは明日の分も張り切って作らないとね」


 今日の分で、シジミ貝はだいたいバケツ半分くらいを使った。湖で採ってきたシジミ貝は、バケツ十個分。

 二十日分あれば、来月の頭くらいまでは足りる。それまでに風邪の流行が収まればいいが、そうでなければ冒険者に頼んで採ってきてもらおう。


 そうして私たちは、毎日おかゆを売り歩いた。

 一日のはじめに施療院へ行って、ナタリーとシスターたちに差し入れをする。患者さんたちにもおかゆを食べてもらう。

 その後は割れ鍋亭と旅するキッチンで手分けして、おかゆを売る。

 アルフォンスは約束通り貧民街に手伝いに来てくれて、助かった。


 五日ほども続けていると、まず、施療院の患者の列が短くなった。


「シスター・ルシルのおかゆを食べていたら、だんだん体に力が戻ってきてなあ」


 やつれていたおじいさんも、だいぶ体調が戻ったようだ。咳が減って、顔色も良くなっている。


「ルシルちゃん、わたくしもおかゆのかげで元気が出ましたよ。患者さんも徐々に落ち着いてきたし、もう大丈夫です」


「良かった! でも、もうしばらく差し入れは続けるから」


 ナタリーも患者が減ったのとおかゆで栄養を取ったのとで、ずいぶん回復したようだ。笑顔になっている。

 さらに数日すると、広場や城門に人足が戻ってきた。


「シスター、今日もおかゆをもらうよ。いやー、風邪はもう治ったんだけど、朝飯はおかゆを食べるのがくせになっちゃって」


 兵士たちはそんなことを言って笑っている。

 町の人にも笑顔が戻ってきた。


「シスター。おかゆのおかげで、うちの子が元気になりました。私も体が楽になって、もう熱はありません」


「それは良かった。今月いっぱいは特売価格と子供はタダ・キャンペーンをやっていますので、また来てくださいね」


「はい!」


 貧民街でも、咳の音はずいぶん減った。子供たちは元気を取り戻して、美味しそうにおかゆを食べている。


「シスター、こんにちは」


 小さな女の子を連れた女性が屋台にやって来た。


「先日はこの子におかゆを持たせてくれて、ありがとうございました。あのおかゆのおかげで、飢え死にしないですみました。とっても美味しくて、また食べたくなったんです」


 見ればその子は、例のゴロツキにお皿を奪われそうになっていた子である。


「お母さん、元気になったんだ。良かったね!」


「うん!」


 笑いかけると、はにかみながら頷いてくれた。かわいいね。

 母親の方は銅貨一枚を支払ってもらい、女の子にはタダでおかゆを渡す。二人は美味しそうに平らげていった。


 こうして今月が終わる頃には、王都から風邪はすっかり消えてなくなったのである。


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