じゅーろく
この話にて、一章終了。
ここまでお付き合いくださり、どうもありがとうございます!
少し休憩をしてから、二章に突入しますので。
ある日、急に更新が再開するかと思いますが……気長にお付き合いくださると幸いです。
ではでは、今後ともよろしくどうぞ〜。
「…………」
愚かな王子の話……それはきっと、目の前にある国王陛下の若い頃の話だったのだろう。
《魔王の卵》として産まれてしまった弟。彼を排除されるために利用された兄。そして、贖罪のために《魔王の卵》の暮らしを良くしようと頑張っていた中で起きてしまった、ホープの事件。
…………一国の王がどうしてここまでホープを色々と気にかけてくださるのだろうとは思っていたが……まさかこんな理由だったとは。
マリアは真っ直ぐな瞳で、国王を見つめる。
「……それで? 私は陛下のお眼鏡に適ったでしょうか」
「…………それは流石にまだ分からんかのぅ? なんせまだ出会ったばかりじゃし」
「……それは、確かに」
「じゃが、お主が悪い人ではない──というのは間違いないじゃろう。でなければ、その子がここまで懐くはずもなかろうて」
すぴすぴと、可愛らしい寝息をたてながら無防備に眠るホープ。完全に油断したその姿は、信頼できる人がいるからこそ晒せる姿だとしか思えない。
「…………《魔王の卵》が昔のように迫害されぬように。色々手を打ってはいても、そう簡単に覆りはせん。それほどまでに彼らを虐げてきた歴史は長い。根付いてしまった悪習とはそう簡単に失くならんものじゃ」
重々しい溜息を溢す国王の姿に、疲労の片鱗が見える。それほどまでに、この問題は難しいのだろう。
だが、国王は真剣な面持ちで……マリアとロキを見つめた。
「他人である儂がホープのことを頼むのも烏滸がましいとは思うのじゃが……お主らには、頑張って欲しいのじゃよ。きっと、この子はこれからも《魔王の卵》だから……そんなどうしようもない理由で辛い目に遭うじゃろう。苦しい思いをするじゃろう。憎しみを抱くようなこともあるかもしれん。だが……少しでも健やかに育つように。少しでも健全に生きれるように。保護者たるロキとマリアが正しく、導いてやって欲しい」
「…………俺ら自体が間違った道に導いちゃう可能性もあるかもしれませんけどねぇ?」
「そう言っとる時点で大丈夫じゃろ。そもそも、それを踏まえて、この屋敷で暮らすことを命じておる」
「「え??」」
そこでやっと、今まで話を聞いているだけだったイーリス王妃が口を開く。
「基本的にホープちゃんを育てるのは二人よ〜? でも、子育てって思っているよりも大変だわ。貴方達はまだ若いでしょう? それに、子育て経験もない。三人の子供を育てた母親目線で言わせてもらうとね? やっぱり貴方達二人だけで育てるのは、無理があると思うのよ〜……。子供一人一人に別々の育て方があるしね?」
「……王族なのに自ら子を育ててこられた方の言葉は重みが違うな……」
「ふふふふっ」
イーリスはにっこりと笑う。
普通の王侯貴族は、乳母に子供を育てさせるものだ。しかし、セヴェール王国の王族は自らの手で子を育てるり
それは愛情を持って分け隔てなく子を育てることで、子供達の健全な精神を育むためであり……。また、自分達の子もまともに愛せず、立派に育て上げることができなくては国の父母になんてなれるはずがないという王家が代々受け継ぐ教訓からであった。
実際にこの教育方法は効果があるらしく……積極的に自らの手で子育てを行うようになってから、子同士の確執も生まれにくく、継承権争いや諍いなどがほぼ起こっていないというのだから、その教訓が功を奏しているのは間違いないだろう。
「だからね? 子育てのための環境って大事よ。困っている時に誰かを頼れるように……そう陛下はお考えになって、この屋敷に住むようにと命じられたの。この屋敷で暮らしてくれればわたくし達も貴方達を助けられることだし。悪い組織からも守ってあげられる。何かあっても直ぐに対処できるわ」
「「…………」」
…………分かっている。国王陛下達がここまで優遇してくれるのは、自分達の弟を守れなかったからなのだと。その贖罪なのだと。
でも、ここまで良くされると……逆に、申し訳なくも思う。
平民であるホープのために、《魔王の卵》であるホープのためにここまでしてもらってしまったら……この人達に不利益を生じさせてしまわないだろうか? と不安になる。
だが、そこは国王。一国を導いてきた王である。二人の困惑を見通したかのように……彼はもう一つの理由を口にした。
「それにのぅ……これは一種の試みというか。未来への投資、でもあるのじゃよ」
「「?? 未来への……投資??」」
「うむ。儂はのぅ……いつか《魔王の卵》専用の孤児院を作れれば、と思っておるのじゃ」
「「!!」」
マリアとロキは目を見開く。
そんな二人に気づいていながら、国王は話を続ける。
「儂が彼らを守るような政策を打ち出しても……今だ、《魔王の卵》達の生活環境は改善されたとは言えぬ。……儂らの目が届かぬところでは、今だに産まれた《魔王の卵》を殺すような愚行を起こす者も少なくないじゃろう。ゆえに、彼らの命を守るために。また、《魔王の卵》を産んでしまった親に子を殺させぬために。彼ら専用の孤児院を建てることを考えているんじゃ」
「そして彼らに、国が生きるための教育を施すの。とはいえ、育てるのだってお金がかかる訳だから、成人後は五年くらいは国のために働いてもらわなきゃいけないとは思うのだけど……そこから先は好きに生きれるようにしてあげるつもりよ」
「…………つまりホープをここで育てるのは……《魔王の卵》専用孤児院を作るための、事前準備の一貫ってことですか?」
「言ってしまえばそういうことじゃ。実際にホープの子育てを介して、《魔王の卵》と普通の子の育て方の違いや成長過程などを知りたいのじゃよ。……という訳で、だ。こちらにも国としても目的があってお主らにここに住むように命じておる。ゆえに、必要以上に畏まる必要はないということじゃよ」
流石に、国王が調べた過去の記録にも、《魔王の卵》の育ち方なんて記録はなかったのだろう。ゆえに、ホープの子育てを参考資料として記録して……。それを今後の専用孤児院の運営に活かそうということなのだろう。
「……とはいえ、色々と問題もあるゆえそう簡単にはいかな話ではあるのじゃがな?」
「でしょーね」
「でも、諦めるつもりもないの。だからね? 二人もわたくし達に協力してちょうだいな。ホープちゃんのためにも、ね?」
ここに住み続けることは……マリアとロキ、ホープだけ得をする話ではなく。きちんと国王側達にも目的、理由があって暮らして欲しいと思っているのが分かった。
だから──……。
「ここまで言われたら……断る方が無粋だよな? マリィ」
「はい。私達が暮らすことで陛下達に迷惑がかからないというのならば……ここで暮らさせてもらいましょう、ロキ。きっと、ここで暮らすことはホープにも悪くないはずですから」
「あぁ」
ここでホープを育てることが、この子を危険から守るだけでなく。未来の《魔王の卵》達の命を救うことに繋がるかもしれないとなれば。ここで暮らすのも……悪くない。
そう結論を出したら、国王夫妻は安堵したような表情をした。
「……良かったわ。ここで暮らすことを受け入れてくれて。またあんな酷い事件が起きたら嫌だったもの。少なくとも、ここで暮らしている以上はあんな事件、二度と起こさせないわ」
「そうじゃのぅ。安全第一じゃ。何はともあれ……儂らの命もあってここで暮らすように言っておるからのぅ。何かあれば言ってくれ。直ぐに対応しよう」
「いやいやいや。流石にそこまでは大丈夫なんで。基本は俺らだけでなんとかしますよ。な? マリィ」
「はい」
マリア達は本気で思っていた。住む所を都合してもらっただけで充分だと。
それに……あまり国王夫妻に頼り過ぎて、驕るようになってはいけないからと、気をつけなきゃいけないとマリアもロキもそう考えていた。
…………そしてそんな二人の思いを、目敏い国王夫妻はきちんと察してくれたのだろう。陛下達は満足げに笑いながら、立ち上がった。
「うむうむ。ならば良い。では、そろそろ儂らもお暇しようかのぅ」
「あら……もうこんな時間になってしまったのね。随分と長居してしまったわ。ごめんなさいね」
「あ、お見送りします。鍵も閉めなきゃなんで」
「うむ……悪いな」
「別に平気ですよ。……という訳でマリィはここで待ってろ。帰ってきたらホープを寝室に連れてくから」
「そうね。ホープちゃんを起こすのは悪いのも。マリアちゃんはここで大丈夫よ」
マリアも見送りに行ったら嫌でもホープを起こしてしまうだろう。王妃の言葉に甘えて、マリアは応接室で国王夫妻を見送った。
ホープの頭を撫でながら待っていると……暫くしてロキが戻ってくる。彼は戻ってくるや否や、ホープを抱き上げて寝室に向かう。
寝ているホープを着替えさせるのは大変だから、今日は特別とそのままベッドに寝てしまうことにする。
ホープを間に挟んで川の字で横になると……一気に疲労感が襲ってきた。ホープの穏やかな寝息が子守唄代わりになって、一瞬でうとうとしてしまう。
そんなマリアに気づいたロキは「お休み」と言いながら、布団をかけ直した。
「お休み……なさい……ロキ」
マリアはふんわりと笑って、目を閉じる。
こんな風に、誰かに何気ない日常の挨拶を交わせることに喜びを感じながら……眠りにつく。
そんな心底幸せそうなマリアの笑顔にロキが目を奪われていることに気づかぬまま。
セヴェール王国王都での、濃密な初日は終わりを迎えたのだった……。




