■79.同時に『はくげい』もドバーッと魚雷を出してきた。南シナ海北であえるやつなら最高や。『山東』は308・70000・8、『はくげい』は84・4000・4、爆発物まみれでやりたいやつ至急連絡くれや。
さて、002型航空母艦『山東』の行動は、一種の法則性をもってしまっていたが、それを余志豪海軍少将以下の幹部たちが認識していたかはわからない。一方で、南シナ海に“中立国”も交えた哨戒網を構築していた連合軍側は、この巨艦の動向にパターンが生まれていることを認識していた。
原潜『401号』を撃沈した後、002型航空母艦が行動中の海域に最も近い場所にいた、たいげい型潜水艦『はくげい』の艦長、越中揮一二等海佐は命令を受信するとともに、発令所の面々に「空母を殺る」と決意を示した。
どこまで突き詰めても所詮は通常動力潜水艦にすぎない『はくげい』が、空母機動部隊を追い回すなどということはできない――だが、移動する機雷として待ち伏せ、致命の一撃を突きつけることはできる。機雷、そう機雷である。20ノットで航行すれば瞬く間に充電切れになってしまう通常動力潜水艦は、敵空母を沈めたとしても容易く逃げ切れるものでもない。
そんなことは、『はくげい』の誰もが理解していたし、理解した上でそこにいる。
無音で佇む漆黒の白鯨。
002型航空母艦『山東』の護衛艦艇が放つ捜索用音響が海中に充満する。
無限の海水、音響、機械雑音の中に、ただ『はくげい』は埋没している。
開かれた533mm魚雷発射管6門の前扉が待ち構えているにもかかわらず、002型航空母艦『山東』は前述のパターンから逸脱することなく、艦上機部隊の離発着にあたっていた。
だから海面から遥か下で「1番管から撃つ」「シュート」「ワイヤカット」という一連の号令に、号令がもたらす行動に、行動がもたらすであろう結果に、誰も気がつかなかった。『山東』艦上では甲板を吹き抜ける強風に負けじと、乗組員たちが接近するJ-15艦上機の着艦準備を進めていた。
有線から切り離された長魚雷の高速スクリュー音が、海面下に晒されている艦底に迫る。
排水量約4000トンの海棲動物が、約7万トンの下腹を思い切り蹴り上げた。
高低差数百メートルの海中貫く、登龍がごとき一撃。艦底に潜りこんだ18式魚雷は炸裂するとともに水泡を生成し――002型航空母艦『山東』周辺の海水を崩壊させた。
魚雷の直撃を示すような巨大な水柱は、海面上に立たなかった。18式魚雷が発生させた強力な衝撃は、すべて『山東』をぶち破らんと艦底に殺到したからである。
「艦内爆発らしい」「着艦中止、着艦中止――」
2500名の乗組員を擁する巨艦故に、短時間だけ情報が錯綜する。
海面上の喧騒。海面下の浸水。
恐慌の最中――『山東』西方の海中にて、18式魚雷の装填と魚雷管への注水が完了する。
「アクティブ、高雷速ッ」
「方位送れ」
「セット――」
たいげい型『はくげい』の乗組員は、離脱のチャンスを失してでも、ここで中華人民共和国の誇る初の国産空母の浮力を徹底的に奪い去り、確実に海中に引きずりこんでやろうと覚悟を固めていたのである。
「――シュート」
スクリューが大破し、膨大な海水を呑みこんで身動きできない『山東』に、再び6発の18式魚雷が襲いかかる。バブルジェットが艦底をぶち破り、新たに生まれた破孔に海水が流入し――着艦のために002型航空母艦『山東』上空に戻ってきていたJ-15艦上機の操縦士たちは、傾斜しながら少しずつその身を海中に埋めていく巨艦の姿を目撃した。
大陸沿岸部の航空基地や、空中給油機を目指して変針するJ-15。
ゆっくりと、しかし確実に沈没という最期へ滑り落ち始めた『山東』には、30機近い回転翼機・固定翼機が取り残されている。
「002型が」
中国共産党中央軍事委員会参謀部のスタッフは、呆けた。
002型航空母艦『山東』が沈没すれば、作戦計画に狂いが生じる。
いや、狂いがさらに大きくなる、というべきであろうか。
加えてひとつの議論が生じた。003型航空母艦について、である。




