スタート
「新さんすごいよね。さすが商人」
同じ年齢だが、まだ学生の寿明がしみじみと称賛の言葉を贈る。
「ふふふふふ。北村さんの合いの手も良かったよね」
謙遜しない新右衛門は、それでも手柄を独り占めにしない。
「今後も交渉事はふたりに任せよう」
「任されましょう」
「梶原くんも仲間に入れてあげよ。この視力が悪い以上の意味はないのに、無駄に意味ありげな眼鏡がポイント」
「僕が意味ありげな存在と言われたと解釈していいのかな」
「眼鏡は寿明の一部だもんな」
「そういうことです」
またキラッてした。光の方向まで計算しているのか。
和気藹々としている四人を、少し別の立ち位置から眺めている人物は久道だ。
「おぬしらは頭と口がよく回るな」
武士は軽々に口を開くものではないという教育を受けているのだろう。彼は本気で感心しているように見える。
「ひーちゃん、普段はおしゃべりしたら駄目なお家?」
「そこまででもないが。やはり武士たるもの」
「気持ちは分かるけどね。私の祖父もそうだったから」
「新右衛門の祖父殿は武家の出か」
「ああ。えっと……」
新右衛門が笑顔のまま口篭った。
久道は長く続く武士の時代を生きる人物だ。四民平等、もう武士とか関係ないんだよ、なんて言いにくいだろう。
「提案があります」
寿明が右手を低く挙げる。
「はい、梶原くん」
彼に通じるネタは、高校時代のものしかない。真希は高二のときの担任の真似をして、掌をくるりと回して上に向け差し出した。
「僕らは西暦二〇二五年の日本から来ました。ひーちゃんからすれば、百八十年後の人間ということです。学校で習った範囲だけど、三人が生きてる時代がこれからどう変わっていくか知ってる。でもみんな、元の世界に帰るつもりでいるよね? だったら、そういうことは知らないほうがいいと思う」
「なるほど」
「確かにな」
「だから、ひーちゃん以外のひとは、元の世界の話は極力避けよう。っていう提案。どう?」
「賛成」
「私もだ」
すぐに手を挙げたのは真希と新右衛門だ。
「反対する理由はねえけど。俺うっかりしそう」
「そりゃそうだよ。だから、極力」
「そのくらいでよければ。なるべく気をつける」
「あとさ、ひーちゃんは意外と気にしてなさそうだけど、一応言わせて。僕らはひーちゃんとは違う身分制度の元で生きてきたんだ。僕らは四人とも、武士の上でも下でもない。ついでに僕と北村さんは女性だからどうこうって意識も薄い。同輩と思って接してもらえたら嬉しいな」
「……なるほど。相分かった。元よりそのように思うておったが、教えてもらえてよかった」
武士は頭が固いというのが通説だ。そのままの印象だった久道だが、案外あっさりと寿明の言葉にうなずいた。この柔軟さは、若さゆえだろうか。
「満場一致ということで、ひーちゃんの話してよ」
今度は寿明が掌で久道を促す。
「うむ。そう来る気はしておった」
道中はなごやかなものだった。
勇者辞退を阻止したい皇帝を追い詰めて差し出させた武器をはじめとする魔法具を手に、徒歩(徒歩!)でとりあえず魔王城を目指している。
市中は、城や服装の印象通りの文化水準である。
馬車は都市内でしか使えない。都市と都市を繋ぐ街道は整備されていないため、必要なときには馬に乗るしかないそうだ。
勇者一行で乗馬可能なのは久道と新右衛門のみ。借りた二頭の馬には荷物を載せた。それぞれの轡は馬の扱いに慣れているふたりが持ち、全員でえっちらおっちら歩いているのだ。
全体的な印象は西洋。偉い人の衣類はゆったりしたローマ時代風、使用人はもう少し着やすく動きやすい洋服。近世に近い文化水準と言っていいだろう。
飛び道具は流通していない。武器は原始的に剣や槍。国はひとつしかないから、人間同士の争いは基本起こらない。なぜ騎士を名乗る兵士がいるかというと、領地間の諍い事があるから、ということらしい。あとは権力維持のための武力誇示だとか治安維持といったあたりの理由だろう。
食糧確保のための狩りは、そう難しいものではない。それぞれの都市を囲む広大な森に罠を仕掛けておけば、獲物は簡単に手に入る。畜産が盛んな地域から運ばれてくる肉も豊富にある。
都市というのも数は少なく、帝国、の名から想像されるような巨大な国ではないのも、食肉に困らない理由のひとつだ。発展途上の国は人口増加が進んでおり、皇帝も現在の正確な人口は把握できていない。
強奪した魔法具のなかにはレーザー銃ともいうべきものがあった。形状はまさに拳銃としか言いようがなく、過剰な装飾を施されたそれは素材不明、弾込め不要、分解不可能、と魔法具の名に相応しいものだった。
ひとり一丁ずつ隠し持つことにはしたが、できることなら使いたくない、というのが真希の希望だ。男連中の心中はおそらくその反対だ。全員、ワクワクした顔を隠せていなかった。
旅支度に用意された衣類は、西部劇に出てきそうなごわごわしたシャツとパンツ。靴は編み上げブーツ。真希には最初スカートが用意されたが、何かあったときに全力ダッシュしたいからと男性陣と同じ型のものを頼んだ。
何かあったときにする全力ダッシュは、もちろん逃げるためだ。ひらひらしたスカートが脚に絡んで転びでもしたら目も当てられない。
こちらに来たときに着ていた仕事用のパンツスーツは、数が少ないから汚したくない。城に置いてくるのも嫌だったから、通勤鞄と一緒に馬の背に載せてもらった。
ちなみに、洋服を着慣れている三人と、燕尾服くらいなら、と言う新右衛門はともかく、丁髷頭の久道は違和感が強く、みなで笑いながら丁髷をほどいて低い位置で縛り直し、月代隠しに布を巻いてやった。
馬はサラブレッドというやつだろうか。巨きくて艶々な毛並みの美しい雌雄だ。
新右衛門が乗った際にも大人しく従い、歩き疲れたら相乗りしようか、とチャラい口調で誘われたときには断ったが、内心では少し楽しみにしていたりする。
そんな旅人風を装ったジャパレンジャーは、城を出て最初の街、城下町というやつだ、を歩く際にはスタスタ早足で進んだ。
長身なぶん脚が長い寿明と新右衛門はもちろん、真希と変わらない身長の耕造と久道も同じスピードで苦もなく歩く。
少数派が合わせるべきか、と最初は真希も黙って脚を動かした。パンプスを脱いで踵がないブーツを履きはしたが、合わない靴でした無理は、すぐに祟った。
ファンタジーらしく鬱蒼と茂った森を貫く街道をいくらも行かないうちに、彼女はギブアップすることにした。
「休憩時間が欲しいです」
このくらいの要求は許されるべきだろう。元バレー部とはいえ、現事務職の体力には底がある。
久道が一瞬何故、という顔をしたのを真希は見逃さなかった。こいつの周り、多分普段は体力オバケの武士しかいない。
「ああ。そうだね。ここらで座って一度休もうか」
気づかせてくれてありがとう、とでも言うような空気ですぐに賛成してくれたのは新右衛門だ。軟派男は敬遠したいが、こういうときには絆されそうになってしまう。硬派は想像力が足りていない。
「寿明も顔色悪いしな」
半笑いで呆れる耕造も他人の体調を気にするタイプには見えないが、そんな彼の目にも明らかなほど寿明の顔は土気色になっていた。
事務職よりも医学部生のほうが体力がなかったらしい。寿明は全員が立ち止まるとすぐ、踏み固められた街道の端に寄って座った。
「って梶原くん体調悪いの? 早く言ってよ」
歩き疲れて、というレベルの顔色ではない。ぐったりと木に寄り掛かるのは、そうでもしないと地面に倒れ込んでしまうからだろう。
「歩くくらいなら、と思ったんだけど。考えが甘かった」
見た目とは裏腹に、説明する口調は淡々としている。そんなだから気づいてもらえないのだ。
「パーティー内医学部生が体調不良になったらどうすれば」
真顔で悩む真希に、耕造が間髪入れずツッコミ口調で返す。
「休ませるしかねえだろ」
「だねえ」
「でもこんな森の中じゃ」
せめて街中で自己申告してくれたらよかったのに。




