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ネゴシエーション

「魔法具が決めたのです」

 金髪碧眼ローブは、あっさりと答えをくれた。理解不能な答えだったが。

「魔法具」

 わーほんとに口の動きが日本語じゃないや、と思いながら、真希は首をかしげた。

「ええ。オスマンの魔法は、すべて魔法具によるものです。万能なものではありませんし、思ったとおりの働きをするとも限りません」

(こわ)

 そんな不確かなものを使って真希たちを召喚したというのか。まさか五人が今生きてここに立っているのは僥倖だったというレベルの道具か。

「じゃあ、あたしたちが全員同じ国同じ年齢、な理由は分からないってことですか?」

「ですねえ。魔法具の御意志ですとしか」

 金髪碧眼ローブは、中年な外見の男性だ。欧米らしい色彩を裏切らず身長が高い。一七八センチだと言う寿明と同じか、もう少し高いくらい。

「魔法具の御意志」

 疑問は解消されなかった。


「正直言って、お若い方ばかりが来てくださったものですから、我々も戸惑っております」

 そうだろうよ。

 魔王を倒せと言う相手が成人して間もない男女では、成果を期待することも出来まい。体力はあるが、知識と経験が心許ない。

 勇者を張るような物語の主人公は若いほうが見栄えがいいのだろう。が、自分の身に起こってしまえば、人生の先輩方に代わっていただけないでしょうか、と思ってしまう。

 日本人が良かったのなら、自衛隊員とか警察官とか、耕造よりもう少し前の時代を生きていた特攻隊とか。もしくは久道と新右衛門の間の世代、幕末に斬った張ったな生き方をしていた最後の武士とか。

 泰平の世の武士、文明開化の花を咲かせる明治の商人、物心ついた頃には戦争が終わっていた昭和の孤児。平和な令和を生きる医学部生と新社会人。

 まおーと戦えと言うために呼んだくせに、実戦経験のある人物がひとりもいない。完全なる人選ミスである。

 しかもこの噛んで含めるような喋り方。日本人の童顔を見て子どもだと思っているのではなかろうか。

「あのう。その魔法具って見せていただくわけには」

「申し訳ありません。国宝ですので、王族の他は、極一部の者しか目にできない決まりです」

 勝手に召喚したくせに、随分ときっぱり断りやがる。

「ええと、サーニウさん? は見たことは?」

「ございます。わたくし神官を務めております、今回の召喚術の責任者でございますので」

 誘拐犯のトップだ。違うか、国を挙げての召喚という話だった、黒幕は皇帝か。

 サーニウは実行犯だ。

 昨日はわけが分からないうちに謁見の間に連れて行かれ、ぽかんとしている間に事情を一方的に捲し立てられた。

 今日、改めて詳しい話をしてくれるらしい。

 そう聞かされていたのに。

 朝用意された服に着替え、朝食後に呼び出されたと思ったら、控えの間で待ちぼうけを喰わされている。

 随分と軽んじられている。


(ふむ)

 おまえそれ舐められてんじゃねえか。

 パワハラ? 何それ美味しいの? と素で言いそうな課長の言葉である。

 なんでも客の言うこと聞いてヘコヘコするだけが営業の仕事じゃねえんだよ。人間対人間なんだから対等だろうが。それともあれか。てめえは士農工商言ってた江戸時代の人間なのか。武士にアタマ下げる商人なのかよ。出来ねえもんは出来ねえって言え。言って来い。こっちはそんな無茶振りに付き合ってるヒマはねえ。気に入らねえなら付き合い止めてやる、くらいのつもりで行け。その代わり余所で挽回しろよ。

 真希より数年だけ先輩の営業さんが、痛む胃を押さえながら聞いていたっけ。



「無理です」

「えっ?」

「だから、無理です出来ません」

「無理だし嫌です。やりません。やらなきゃいけないことなら、ご自分でどうぞ」


 武器は城にある物をなんでも持って行ってくれ。

 大小様々な刀剣、弓、槍。銃火器は無し。装備は鉄拵えの鎧がお勧め、スピード重視なら革がいいかな。

 え? ローマ帝国の武器? そりゃ魔法だよ。魔族なんだから魔法使うよ。どーんと何かが飛んでくるの。

 魔族の数が少ないうちに叩いておかないと危ないと思うんだよね。今なら圧倒的に数で勝ってるから。

 魔法は強力だけど、今は百人もいないんじゃないかな。正確には分からないんだけど、もしかしたら十人くらいかも。

 え? 自分たちで総攻撃掛ければって? 

 無理無理。魔法に対抗できるのは召喚された勇者たちだけだって言い伝えがあるからね。ボクらでは無理無理無理。


「だよねえ。皇帝陛下、ちょいと無茶振りが過ぎるんじゃないですかい」

「あたしたちはこの世界とは無関係、無力な人間です。刃物で飛道具(まほう)に立ち向かえって言われても無理です」

「そういうこと。数に物言わせて一斉攻撃でもなんでもして、魔王城にある魔法具とやらを持って来てくださいよ」

「それでわたしたちを元の世界に帰してください。それが責任ってものですよ」

 真希と新右衛門で交互に畳み掛けると、皇帝とその側近が怯んだ顔になる。

 やっぱり無茶振りしているという自覚はあったのだ。

 若者ばかりだから、よく分からないうちに丸め込んで、元の世界に帰るため死にもの狂いで戦わせればワンチャンあるかも、くらいのつもりだった。

「それでは困る」

「我々のほうが困ってます。これ誘拐ですよね。国民の方々はこのこと知ってるんですか?」

「こ、これは崇高な国家……」

「知らないんですね」

「何故でしょうか」

「さすがに横暴だという自覚があるからでは」

「自国の民には非難されたくないかあ」

 商人の口はよくまわる。

 勉強のため、と何度も営業に同行させられている真希は、調子を合わせることには慣れている。

「……ふたりとも、言い過ぎ」

 ぼそ、とつぶやいた寿明に、救世主を見るような目を向ける皇帝。

「おお! キミはやってくれるか!」

「条件次第では」

 サイコ眼鏡を頼るとは、なんと軽率な皇帝だ。

 眼鏡がキラッとしたのが見えないのか。今のは完全に、悪いことを考えてる奴の光り方だった。

「条件」

「この国にある武器類の他に、魔法具もすべて見せてください。使えそうな物があったら持って行きますので」

「それは」

「無理ですか。じゃあこちらも無理ですね。故郷でもない国を守るために命は賭けられません」

 寿明が口を挟む隙を与えず早口で宣言すると、耕造がわざとらしくぼやく。

「これからどうすっかなあ」

「すんごい不便なところみたいだけど、死ぬよりかはマシだよね。帰れないならこっちで暮らすしかないかあ」

 真希が続けると、新右衛門が乗っかってくる。

「そうなるのか。じゃあもしかして、ふたりの婚約も無効になるのかな。どうだい、北村さん。乗換えを検討してみては」

「新さんすごいね。さすが商人。保険の勧誘みたい」

「おや、かわされてしまったようだ。残念」

「ふむ。今後の進退を決めねばならぬということか。では、御前失礼」

 重々しく締めたのは久道だ。

「だね。失礼しまーす」

「っす」

「ちょっ」

「耕造略しすぎ。相手はこーてーだよ? 失礼しまーす」

「ちょっと」

「これからどうするー?」

「ちょっと待てい!」



 かくして勇者御一行様は、魔王討伐の旅に出る運びとなったのである。

ネゴシエーション 交渉、話し合い

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