バッファ
「我ながら性格悪いとは思うんだけどさ」
「他人の過去の恥を忘れてくれないしね」
「……あの三人のこと」
「江戸明治昭和?」
「その三人。多分これから、彼らを仲間としてやっていかなきゃなわけだろ、僕ら五人で」
「……日本人ばっかりだからジャパレンジャー?」
「命名権は君に与えよう。いい奴らに見えるから、ちょっと心配になって。僕はしばらく、ここの国の人のことはもちろん、彼らのことも警戒するつもりでいるから」
「妥当な判断だと思います」
初対面の人間に気を許す気は、真希にもない。
「その言葉を聞いて安心した」
「……夫婦、って設定は、そのため?」
彼らは、寿明が真希と同室になることを当たり前のこととして去って行った。だから今、こんな密談をする時間を設けることができている。
「まあ。そのほうがいい気がして咄嗟に。ごめん勝手に」
「この状況でよくそんな些細なことを謝れるな」
「僕は全然気にしないから北村さんも気楽にしていいよ。願わくば、明日朝起き抜けに申し訳ございません……! って叫んで欲しい」
「あたしは今、慈悲の心で忘れてあげてた梶原寿明高二の冬の姿を思い出した」
「………………」
「今どれかなって考えてるでしょ」
秀才といえど、当時の彼も思春期男子だ。黒歴史のひとつやふたつやそれ以上あるのは当然だ。
他人の恥を記憶しているのは自分だけだと勘違いするなよ。思い上がりもはなはだしい。
「…………どの醜態の話でしょうか」
「次にあなたがわたしの過去について言及したときに教えて差し上げます」
「………一応さ」
「なんでしょう」
「北村さん、紅一点てやつだから。男の集団のなかに女ひとりは揉め事の予感しかない」
そうか。そういうものか。職場でも周りは男ばかりだから気にしていなかった。
「風除けになってくれると」
「でもさあ。戦闘力の差やばいよな。僕ら、五人の中で最弱だろ」
「あたしもそれは思った」
「風除けにはなれても何かあったときに守ってあげるのは無理だから、自衛して欲しい。のと、武闘派三人対僕らの構造ができたら詰むからさ、誰かひとり引き入れたいんだけど。誰がいい?」
「その発想はほんとに性格悪いと思う」
「ありがとう。武士は精神構造が単純だろうから、仲間意識を作れたら最強とは思うんだけど。でも思わぬところで価値観の違いが出てきそうで怖いなと思ってて。僕のなかでは耕造が最有力候補」
あの柄の悪い男か。悪い人間ではなさそうだが、それこそ価値観が違う気がする。
「新さんは?」
金持ちの家に生まれ育ち、苦労したことはありません、と全身が言っていた。育ちの良さは人の好さにつながりそうだ。一番話が通じそうな相手である。
「北村さん次第。目を離したら、魔王討伐の前に北村さんが妊娠してそうで怖い」
「おまえマジで最低だな」
「結構本気で言ってる。乗り気なら僕は何も言わないけど、その後のフォローはできないよ。その気がないなら自衛して」
「ご親切にどうも!」
「ちなみになぜ僕がこんな話をしたかと言うと、元同級生という理由だけで、よく知りもしない男を無条件で信用しようとしてる北村さんの危機管理能力を疑問に思ったからです。なんでこの状況で普通に寝ようとしてるの?」
「どうぞソファでご就寝あそばしてください」
「僕の目的は絶対帰る、今後の寝覚めのために出来れば過去を共有した知人も一緒に、です。ご協力よろしくお願いします。今度こそおやすみなさい」
言いたいことを一方的に言ってしまうと、寿明は仰向けになって目をつむった。
「目的同じ! おやすみなさい!」
夜は普通に眠れてしまった。仕事帰りで疲れていたのだから当然だ。
よく知りもしない同級生も同じくぐっすり眠れたらしい。彼氏でもない男とベッドを共有する日が来るとは想像したこともなかったが、何事もなく朝を迎えた。
ちなみに寝惚けて叫ぶような真似もしていない。
控えめなノックとともに入室してきたメイドさんが朝食の案内をしてくれた。パン、オムレツやスープなどなど、ホテルの朝食ビュッフェのようなメニューを提供された。
朝食専用の部屋なのだろうか。昨夜簡単な夕食を食べたのとは違う部屋だった。
「おふたりはよく眠れた?」
「おかげさまで」
「こっちは結局新の字がベッド使ってたんだけど、こいつ夜中に落ちて来やがったんだぜ。床に放置して俺が朝までベッド使ってやった」
「君も朝落ちてきたけどね」
「拙者の上にな」
「見てた。笑った」
「五人中寝相悪いのが三人かあ。先行きが不安だ」
「おや。北村さんもお仲間かい?」
「腹に踵落としを喰らった。魔王への最後の一撃はあれで決まりだな」
「黙れサイコ眼鏡」
「あ、その眼鏡洒落てるなあと思ってたんだよね。令和時代? の眼鏡ってそんなに薄くて綺麗なんだねえ」
「掛けてみる?」
「みるみる」
寿明は眼鏡を外して服の裾で軽くレンズを拭くと、新右衛門に手渡した。
「…………」
「眼鏡を外しても隣の人の視線くらいは分かります。なんでしょう北村さん」
「梶原くんに何かが足りない」
「眼鏡だろ」
耕造のツッコミにはスピード感がある。
「身体の一部ですから」
「すごいね。眼鏡を外したら美形が出てくる現象って、やっぱり漫画にしか期待できないのかな」
「妻に容姿をディスられた」
「新さんも眼鏡似合う顔だったんだね」
似合うどころか、軽い言動から気づかなかった冷たく整った美形が引き立って、目の保養である。
寿明の妻発言から昨夜の会話を思い出して、無闇に褒めるのは控えることにしたが、うっかり見惚れてしまいそうだ。
「ようやく言及してもらえた。ありがとう。遠くがこんなによく見えるのは初めてだ」
「新さんも視力悪いの?」
「そこまでではないつもりだったけど。寿明、これくれない?」
「予備の持ち合わせがないから無理。返して」
「ええ〜。ここが実家なら、金に物を言わせたんだけどなあ。今は無一文だ。仕方ないか」
「てめえ、お坊ちゃんか」
「まあね。若旦那と呼ばれてる」
初対面から丸一日も経っていない、生まれも育ちも時代もバラバラの人間の集まりとは思えないほど、みんな和気藹々としている。
「この後のことを考えなくてもよいのであれば、なんだか楽しいな」
「俺も。昔のスケに占い師やってる奴がいたんだけど」
「スケ」
「女の人。元カノってことでしょ。上司がネタだか素だか知らないけど、たまに使ってる」
「なるほど」
「もしかして俺、今馬鹿にされたのか。まあその女から聞いたことがあるんだ。壬午は異常干支だと」
「異常?」
「霊感が強い、先見の明がある、笑顔を集める」
「いい特徴じゃん」
「普通とはちょっと違う、って意味だろ」
「ふうん。全員それって、何か意味があるのかな」
「ないんじゃないかな。四柱推命って支那の思想だろう。ここのひとたちが漢字を知っているとは思えない」
それ以前に地球ではなさそうだから、同じ占いがあるとは思えない。
偶然、で片付けていいのかは分からないが、他の共通点がない。何を基準にこの五人を召喚したのか、検討もつかない。
「訊いてみればいいじゃない? なんで自分たちだったんですか、理由があるんですか、って」
分からないことは考えても時間の無駄。すぐに質問しなさい、は入社すぐに言われたことだ。
言われたとおり、これなんだっけ、と思った瞬間に席を立つことを続けたら叱られたけど。
まずメモを見ろ。自分なりの考えを持って、それが正解かどうかを聞きにこい。
今回のケースに関しては、全員同じ国、同じ年齢なのって何か意味があるんですか? と訊けば済む話だ。
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