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コンセンサス

「納得。でもなんであんな変な翻訳しちゃったかな」

「変?」

 全員の視線が集まり、真希は戸惑った。

「え? 変だったよね? 会社の上司みたいに死語連発してて」

「……僕には、いかにもな王様言葉に聞こえたけど。世界が汝らを求めているのだ、みたいな大袈裟な言い回しで」

「? ? エイヤで、とか、なるはやでよろしく、みたいに軽く言ってなかった?」

「なるはや?」

 また全員分の視線が集まる。

「……ええ〜」

「俺もいかにもな偉そうな喋りに聞こえたけど」

「拙者もだ。此度を最後と心得、力余す事なく臨むべし。と我が殿もよく使われるお言葉だったゆえ、うっかりうなずきそうになってしまった」

「……そのひとに馴染みのある言葉、とか、王様的なひとが使いそうだと想像した言葉に翻訳されるってことかな」

 寿明が言いながら、肩を振るわせる。

「やめろ笑うな」

「だっ……て、北村さん、今どんな職場で働いてるの?」

「コピー機のリース会社ですが何か」

「そんな過酷な業界だったとは」

「ふっ。世間知らずな学生め」

「よく分からないけど、ここに召喚? されるときに、言葉が分からなくて困らないように付けられたってことで合ってる?」

 明治の人間にしては頭が柔らかい。翻訳機の存在が理解できたのか。

「多分。さすが異世界だよね。手回しいいというか便利なご都合主義」

翻訳機(これ)? 取れるのかよ。身体に害はないのか」

 耕造がおそるおそる耳に指を突っ込んで探っている。

「むしろ取れることを心配すべきじゃないかな。触るのやめたら?」

 寿明が冷静に忠告すると、耕造はビクッとして耳から指を外した。

「……取れたら不便だな」

「だね。言葉が分からなくなるだろうから。それもだし、耳の奥に入り込むのも怖くない?」

「耳鼻科案件」

 昭和ならギリギリなんとかなるのだろうか。

 江戸明治の医者に、耳の奥に入り込んだ異物を取ってもらえるとは思えない。

「……魔王を倒したら、家に帰れるんだよね」

 誰も待っていない真っ暗な部屋だが、誰にも侵されることのない真希の部屋(いえ)。もしくは、たまにしか帰らない田舎の実家(いえ)。令和の日本。

「そういう話だったね。僕は、とりあえず明日もっと詳しい話を聞いて、引き受ける方向で考えるべき、というかそうするしかない思ってる」

 全員寿明の言葉にうなずきはしたが、渋々感が否めない。言った本人もそうなのだから仕方がない。

「ってもまおー? 魔法? で焼夷弾なんか落とされたらどうしようもねえだろ。こんな古臭い城に戦闘機なんか期待できないぞ」

「武器はもらえるのかな。私は一応剣術と柔術の心得はあるけど、鉄砲には勝てないねえ」

「拙者は剣術師範を務めておる」

 男性陣のなかで一番小さい久道が胸を張る。

 他の三人は純粋に尊敬の目になる。いつの時代も、オスは強い奴が偉いのだ。

 真希はアホらし、と考えかけ、いやいや頼もしいなと思い直す。魔王対剣の達人、ワンチャン勝てるかも。

「その歳でか。すげえな。俺は小学校で柔道の授業があったのと、あとは路地裏で喧嘩のやり方を覚えたくらい」

「実際の戦闘はお任せします」

 寿明が頭を下げるから、真希もそれに続く。

「よろしくお願いしまーす」

「戦力三人、銃火器ゼロかあ」

「特攻しても無駄死に決定だな」

「えっと、役立たずですが発言よろしいでしょうか」

「どうぞ、北村さん」

 北村で、と言ったものの、仲良く喋っているなかでひとりだけ線を引かれたようで、少し寂しいと思ってしまった。

「それぞれ気づいたことは以上ですか? 他に何か」

 全員が首を振る。

「気になることとか、言っておきたいこととか」

「今現在の情報からは、特にないかな」

「拙者も」

 では、と真希はぱん、とひとつ手を叩いた。

「解散しましょう。疲れました。おやすみなさい!」

 仕事帰りだったのだ。

 謁見後に食事はさせてもらえた。パンやスープ、サラダ、ステーキ肉、など馴染みのある料理だった。味付けも盛り付けもシンプルだったが、普通に美味しかった。アパートの部屋で食べるはずだったコンビニ弁当よりも上等な食事だ。

 部屋には水圧がやや物足りなくはあったが、シャワー室もあったのだ。嬉しい誤算。

 クレンジングや洗顔料がなくとも、綺麗なお湯でざぶざぶ洗えば一日中皮膚呼吸の邪魔をしていた化粧の存在は気にならなくなった。

 自由に使ってよいと言われたクローゼットの中から、裾長でシンプルな形のワンピースを寝巻にすることにして着替えた。

 用意された下着らしき布は初対面の異性の前に出るには心許なかったため、下着は就寝時刻まで替えないことにした。寝巻と言ってもショールを羽織れば気になることはなかったし、実際、古い価値観を持っているであろう男性陣からの反応も特に何もなかった。

 話が終わったなら、脱ぐものを脱いでしまって寝たい。

「……寿明は、と言うのは野暮かな」

「野暮です。彼女をひとりにするのは心配だから、僕はここで寝るよ。そちらもできれば三人同室で寝ることをおすすめしたいかな」

 気負いなく同室宣言をした寿明を、真希は驚いて見る。

 男三人はそりゃそうか、と肩をすくめるのみで出て行こうとする。

「確かにね。じゃあ我々は野郎三人で雑魚寝とするかい」

「じゃあベッドは俺な。おまえら使ったことないだろ。下手すりゃ落ちるぞ」

「残念。うちの実家は洋風建築だよ。毎日ベッドだ。譲りたまえ」

「……べっどとはその高い寝床のことか。拙者は床寝で構わん」

「だろうねえ。じゃあ、我々は隣の部屋で寝るよ。何かあったら黙ってこっちの部屋に来るから、今夜は控えてね」

「大きなお世話だ。おやすみなさい」

「……おやすみなさーい」

 うっかり恥ずかしそうにぎこちない挨拶をしてしまう真希に、三人はニヤニヤしながらそれぞれ挨拶をして去って行った。


「ふー。寝るか。おやすみ」

「……どこで?」

 しれっとしている寿明をジト目で見てしまう。彼は何を考えているのか。

 真希に当てがわれた部屋は、巨大なベッドとソファ、ドレスが入ったクローゼット、鏡台が設置されている。

 立派ではあるが、キラキラなお姫様部屋、というほどではない。木の床は剥き出し、壁紙ではなく石の壁にタペストリー。巨大なベッドの天蓋にちょっとときめいたくらいだ。

「ベッド大きいから、半分使わせてもらえるならありがたいけど。抵抗があるならソファでも」

「抵抗はあります」

 邪魔だとも思う。

 元同級生とそういう関係になる予定はない。数時間前にうっかりときめいてしまったのは、混乱状態だったからだ。

「北村真希さん」

「はい」

「僕は今日、従兄の結婚式に出席した帰りに異世界転移に巻き込まれ、疲弊しています」

「あたしは仕事してました。同じく疲労困憊です」

「僕らは高校の同級生ですよね」

「ですね。二年のときに同じクラスでした」

「そう。高校二年の秋、あなたが授業中に居眠りをし、はっと目を醒まして、申し訳ございません……! と叫んだことを覚えています」

「やめろ」

「地理教師が反射的に投げたチョークがあなたの眉間に命中した瞬間を僕はこの目で見ました」

 これは令和の話である。昭和どころか平成ですらない。

 昭和生まれの地理教師はすぐに我に返り、大慌てで謝ってくれた。幸い、クラスメイトに動画を撮って晒すようなことをしたひとはいなかった。もちろん暴力はよくないが、真希にも非があったとして、爆笑の渦の中、わたしが悪かったですごめんなさい、もう寝ませんと謝ったのだ。

「マジでやめろ」

「この二十二年間、あれを上回る爆笑シーンに僕は遭遇したことがない」

「つまらん人生を送ってるようだな!」

「正直言って、君の顔を見ている今この瞬間も笑いを堪えるのに必死だ」

「……無理せず笑えば?」

「あははははははははは!」

 駄目だ。こいつ頭が良すぎて変になってる奴だった。

「……おやすみ〜」

 頭のいい変人と問答しても疲れるだけだ。寝よう。

 部屋の灯は光る小石ではなく原始的な火だ。燭台の蝋燭の火を消すと強い光がなくなり、かえって薄闇が広がった部屋の隅まで見えるようになった。都内の一Kには望むべくもない広々とした空間に、非現実感が浮き彫りになる。

「だから北村さんに対して何か出来る気がしないんだよね。ベッド半分借ります。おやすみ」

 一瞬で真顔に戻りやがった。サイコパスめ。

「あたし寝相悪いから、殴ったり蹴ったり殴ったり蹴落としたりするかもだけどよろしく」

「僕の一生分の笑いのタネを提供してくれたことに免じて赦してあげる」

 大人ふたりで寝台を共有しても、まったく狭苦しさはない。

 真希がごろんと寝返りを打つと、寿明がこちらを見ていた。

「……なんでしょう」

コンセンサス 複数人の納得できる範囲での同意

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