アウトソーシング
金髪碧眼ローブに先導されて薄暗い廊下を歩き、階段を登ると急に明るくなった。
電気ではない。それよりも圧倒的なパワーを持つ太陽光だ。先ほどの部屋に窓がなかったのは、地下だったからのようだ。
地上一階は、やっぱりお城のような廊下だった。日本の城ではない。欧米的古城だ。石壁なのは地下と同じだが、タペストリーが掛けられ、床には毛氈が敷かれている。
どこだかの国を模したテーマパークが、国内にあったはずだ。どこだっけ。朝のニュース番組で観たはずなのだが思い出せない。
騎士の甲冑がたてるがしゃん、がしゃん、という音の威圧感がすごい。数十キロの重さのそれは、相当鍛えていないと宝の持ち腐れになるはずだ。
そんなものを着て平然と歩いている男が六人。振り切って逃げられる気がしない。
長い長い廊下を歩いて、巨大な扉の前で先頭の金髪碧眼ローブが立ち止まった。
自動ドア、ではなさそうだから、おそらく内側にいる人物が手動で扉を開けた。
金髪碧眼ローブが、国王陛下に謁見を、とかなんとか声を張り上げる。約束の者どもがお目通り、やらなんやら。
その部屋は、ファンタジー映画で聞くような口上がよく似合う部屋だった。
ひと言で言うならば、謁見の間。
扉から真っ直ぐ続く緋毛氈の先に座っているのは、中年の王様とお后様。背後に大きくて派手な布を飾り、豪華な椅子にそれぞれ座っている。
緋毛氈と並行に並んでいるのは没個性の甲冑の騎士たち。それぞれ微妙に違うのかもしれないその防具は、集団になられたらまったく見分けがつかない。先ほど真希たちを連行してきた騎士たちもいつの間にか列に加わったのか、もしくは部屋の外で待機しているのか。気づけばいなくなっていた。
そろそろ、無意味な現実主義気取りを止める頃だろうか。
寿明の表情を窺い見ると、真希と同じような思考を辿っていることが分かる。
頭いいくせに。未知と遭遇してしまったとき、必要なのは豊富な知識よりも柔軟な頭なのかもしれない。
そういう意味では、寿明の頭は真希と同レベルのようだ。
これは。ここは、テーマパークでも宗教施設でもない。大掛かりな映画のセット、という可能性もわずかに残っているが、そんなもの誘拐犯ごときが利用できるわけがない。
内側に居るだけでも壮大さが分かる、巨大な石造りの城。そのどこにも、電気の存在を感じられない。使い込まれた武器を持つ甲冑の騎士。動きやすさを度外視した、何かの象徴であるようなローブを纏う外国人。彼らがかしずく王様とお后様。
中二じゃなくても、大人になってからも何度か妄想したことがある。
異世界行って特殊能力もらって好き放題暴れて、でもできれば敵を倒したら現代日本に帰って来て、もちろん特殊能力は持ったままで、理不尽な要求してくる上司をぶっ飛ばしたいなあ。
考えたことはあるけれど。
ここは異世界、もしくは昔々の外国だ。今の地球に、こんな場所は存在しない。
中世史は専門じゃない。この城の様子がリアルな中世ヨーロッパなのか、ゲーム寄りのなんちゃって中世なのか、真希の知識では分からない。
異世界転移か、タイムスリップか。
どっちがマシだ。
真希が頭の中で忙しくしている間に、話はどんどん進んでいった。
時折側に立つ白髪が話を向けられていた他は、王様がひたすらひとりで喋っていただけだが。
「あー……みんなご苦労さん。ご存知のとおり、昨今の情勢を……」
まだ短い社会人生活で身に付けた、『人の話を雑に要約する』スキルを発揮した真希が頭に残した王様の話はこんな感じだ。
選ばれし勇者たちよ、魔王を倒しこの世界に平和を取り戻してくれ。
偉い人の話は長いというのは、どこの世界でもいつの時代でも同じだ。
校長先生然り、社長然り、部長然り、酔っ払った課長然り、取引先の色んな役職のおじさん然り。
あれ。おじさんからおじいさんばっかりだな。一般的に女性はおしゃべり好きと言われているが、それは個人同士のおしゃべりであって、大勢に向けて一方的に話すのが好きなのは、圧倒的に男性に多い気がしてきた。
男だから女だから、というのは時代錯誤だと自分でも思うが、社会に出てから「若い女の子だから」言われることが多すぎて、おじさんという人種を敵視するようになってしまったのだ。自覚したからには、自戒も必要だ。
「そういうわけだから。なるはやでよろしく」
だからおじさんは嫌いなんだ。
何がなるはやだ。
それならとっとと特殊能力を寄越せ。敵を一瞬でぶっ飛ばせるスキル。王様に向けてそれの照準を合わせて脅し、今すぐ元の世界に戻させる。
勇者とか魔王とかいう単語にワクワクしたのであろう男共は当てにならない。
真希はこれは自分を守るものだと握り締めていた手を振り解き、背筋を伸ばして息を吸い込んだ。
「いったん持ち帰らせていただきます!」
「……どこに?」
隣でつぶやいた頼りにならない男の足は、パンプスの踵で踏みつけておいた。
ありがたいことに、持ち帰る場所は用意してもらえた。
最初の何もない地下に戻されるかと警戒したが、ひとり一室、豪華な部屋を当てがわれた。とりあえず今夜はゆっくり休んでください、と金髪碧眼ローブが仕切り、足首が隠れる長さのワンピースに前掛け姿のメイドさんが部屋に案内してくれた。
「勇者に魔王かあ。やっぱりこれ、タイムスリップじゃなくて異世界転移だよね」
電源は入るが通信機器として役立たないことを確認できたスマホを見ながら、真希はつぶやいた。
寿明は、ん? 今のって話しかけられた? 独り言? と考える間を置いてからうなずいた。
「…………そう考えるしかないかな」
「魔王討伐しなかったら世界は滅ぶ、元の世界に戻るには魔王が持つ魔法具が必要、か」
「意外とちゃんと話聞いてたんだな」
「おい失礼だぞ医学部生」
「意識がどっかに飛んでるように見えたから。僕は基本、ノートを取らないと覚えられない。話を聞き漏らさないよう必死だったよ」
長身眼鏡、成績優秀な医学部生に勝てるところが真希にもあった。
「社会人スキルです」
逃げずに死ぬか、死なないために逃げるか。
寿明が言うとおりだ。
逃げずに真っ向から魔王なんて呼ばれる存在に特攻すれば、最低でも真希は命を落とすだろう。多分寿明も。戦闘力を持ってそうな他の三人も、魔法なんて使われたら対抗しようがない。
そんなの嫌だ、とここから逃げ出しても、行き先がない。魔王を倒し得る勇者として召喚された五人が姿を消せば、王様たちは次の手を考えるのだろうか。あるなら使って欲しいが。次善策。ないならやっぱり手詰まりだ。
なんと言っても世界が滅ぶのだから、この世界に来てしまった真希たちも無事では済むまい。
「こう見えて私は今非常に混乱しているんだが。君たちはなんていうか、馴染むというか納得するのが早いね?」
どう見えてるつもりなんだよ、と厭味なツッコミを投げる昭和男を無視して、真希と寿明は顔を見合わせた。
「文化の違い?」
現実は小説より奇なり、という言葉がある。
現代日本に溢れかえっている異世界転移の話は、もしかしたら真希の知らないどこか遠くで起こった出来事をモデルにした話なのかもしれない。と考え始めている。
「文化ねえ。ずっと疑問だったんだけど、同じ言葉を使ってはいるが、君たち全員、本当に日本人?」
「です」
「だけど」
「拙者は福山藩の」
「それもう聞いた。ねえ君、壬午って、いつの? 月代なんて久し振りに見たんだけど」
「いつと申されても」
「今って何年?」
「弘化二年でござろう。おぬしは商家の者か。年号も知らねば、商いに支障が出ようぞ」
真希と寿明は見ないフリ気づかないフリをしていたが、異世界転移の事実を認識してからはそのことも自然と受け入れていた。
だから、それぞれの方法で頑張って現実に向き合おうとしている三人を見守っていた。
「弘化。……てことはえっと、将軍様」
明治男は、笑顔固定で表情がずっと動いていない。なるほど、商人らしい。
「家慶公の御尊名くらいは存じておろう」
「……ははあ」
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