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リサーチ

 基本装備と道中の買い物で必要な資金は城で受け取っている。

 オスマン帝国の通貨の単位はドゥカート。なんか聞いたことあるな、と思っていたら、寿明が昔のヨーロッパで使われてた金貨の種類じゃないかな、と教えてくれた。

 ありがちな銅貨何枚、銀貨何枚、という数え方でなく、円と同じように考えてよいらしい。

 ステーキ肉の昼食はひとり二百ドゥカート。日本円の十分の一くらいの価値かと思いきや、真希用の簡易布団には一万五千ドゥカートも払った。

 食料自給率は高いが、その他の産業はイマイチ、ということなのだろう。多分。

 一、十ドゥカートは硬貨、百、千、万、百万は紙幣。

 当座の資金としてひとり当たり一万ドゥカート紙幣を二十枚と千ドゥカート紙幣を十枚ずつ用意された。計二十一万ドゥカート。円なら持ち歩くのを躊躇してしまう額だ。電子決済が存在しない世界のドゥカートにしても、基本は食事と宿代にしか使わないことを思えば大金だ。

 まあ、縁もゆかりもない世界を救うと思えばどれだけ積まれても多すぎるなどとは言えないが。

 足りなくなったら、各街に必ずある銀行で身分証を見せれば必要なだけ出してくれるらしい。経費は使い放題ということだ。怖。

 いくらでも出金し放題ということで、自分の金がどうとかいう争いは起こりそうにない。それぞれが千ドゥカート紙幣を三枚だけ隠し持つことにして、残りは剣術家の久道に預けることになった。

 買い物担当の新右衛門はその長身を活かして、荷物のほとんどを持って歩いている。

 護衛役にも婦女子にも、重い荷物は持たせられないからねえ。だそうだ。紳士だ。


 真希はジャパレンジャー内で、遅れず歩くことしか求められていない。

(やだなあ、この立ち位置)

 会社と同じだ。

 何も出来ない、何も知らないお荷物な新入社員。だから発言権なんかない。

 四人ともそんなことは口にしないが、絶対に思っているはずだ。

 寿明が体調を崩すというお荷物振りを先に見せてくれたおかげで、多少は気が楽になっている。などと性格の悪いことを考えてしまう。

 戦闘力ゼロ、荷物持ちをするには力不足。どちらも頑張ってみればいいのかもしれないが、怪我をして却って邪魔になってしまう未来が見えてしまう。

 寿明のように医療の知識があるわけでもない。

 あとは料理か。野外炊飯は小学生のときに学校行事でやったくらいだ。やり方なんか覚えていないが、まだ推定二ヶ月はあるのだ。教えてもらって覚えるべきか。一日歩いた後で、そんなことをする体力が残っているだろうか。

 

 三人が調査を兼ねた買い物を終えて宿に戻ったのは、外が暗くなりはじめる少し前だ。

「ただいまあ」

「おうお疲れ」

「疲れたあ、けどちょっと楽しかった!」

「それはよかった」

「寿明は元気になったようだな」

「おかげさまで」

 買ってきたものを広げて、街を散策してきた話をはじめる。

 ランチが安くて美味しかった。この街を出たらしばらくは村がいくつかあるってお店の人が言ってたよ。と真希。

 最初に受け取った二十一万ドゥカートは、四人家族の一ヶ月分の生活費といったところかな。と新右衛門。

 合戦は滅多にないという話であったな。刀を持ち歩く者は見当たらなんだ。と久道。

「ちょっと楽しそうだな」

「今日は看病させちゃってごめんなさい」

「なんもしてねえけどな。今からでも外見てくるか」

 完全に観光気分で耕造が提案する。

 気持ちは真希にも分かる。彼女も半分以上海外旅行に来たつもりで楽しんでいた。

「ちょうど夕飯刻だ。寿明も元気になったみたいだし、飲みにでも行こうか」

「おっ。いいねえ」

 魔王退治に向かう旅とはいえ、ゴールまではまだまだ長い。呑気なものである。

「梶原くん、飲んで大丈夫なの?」

「現役医学部生が教えを授けてあげよう」

「拝聴しましょう」

「風邪菌はアルコールで消毒するんだよ」

「立派な学歴が泣いてる!」

「大丈夫、医学部流急性アルコール中毒者の応急処置も教えてあげる」

「どうするの?」

「とりあえず水飲ませて、邪魔にならないところに転がしとく」

 Fラン大学生とやることが同じ。

「君絶対学歴詐称してるよね」

 怪我をしても寿明がなんとかしてくれるだろうと思っていた。過度な期待をかけるのはやめておこう。


 宿の一階は食堂兼居酒屋のようになっていた。日本の一般的なホテルとは違い、フロントと居酒屋の大将は兼任だった。

 関所の役人が勇者様御一行だと紹介してくれたおかげで、ジャパレンジャーは下にも置かない扱いを受けている。

 夕飯と酒を、と言うとすぐさま奥の席に案内され、温かい料理が運ばれてきた。

 前菜、鶏肉と根菜のトマト煮込み、春野菜とベーコンのパスタ、と自動翻訳された。見たところ、それで間違っていない。得体の知れない食材を使った料理に遭遇することがないのが幸いだ。

 新右衛門が言っていたように、人間は元の世界にいる外国人と同じようにしか見えないし、肉も野菜も見慣れたものばかり。ここが異世界であることを考えると、ご都合主義が過ぎる気がする。

「これニワトリの肉だよね」

「そう見えるねえ」

「普通に美味しい。なんでだろ。地球と同じような環境だから、動植物も同じように進化してきたのかな」

 同じようなことを考えていたらしい寿明が、あまり重要ではなさそうな口調でつぶやく。

「味覚が似てるのはラッキーだったよね」

「ほんとそう」

 まあ異世界転移のお約束か、と暗黙のうちに話題が終わる。


「主人、米はないのか。白米、この際麦飯でも構わん」

「申し訳ございません。米はここらではあまり馴染みがなく」

「あるにはあるのか。どこへ行けば食べられるのだ」

「勇者様方は、魔王城を目指されるのでしょう。そうしたら、この先しばらく街はございません。街道を横に逸れて、村を経由しながら食料を補充してください。米を育てている村もいくつかありますから」

「よし。その村に行って米を分けてもらおう。すぐ出発だ」

 久道の米への執着は、この場の誰よりも強い。

「まあまあ。慌てない慌てない。今夜は無理だよ。今日は食べて飲んで寝ようよ」

「む」

「米喰いたいのはみんな同じだ。我慢しろ」

「……せめて魚はないのか」

「ああ。久道は獣肉は食べ慣れないか。今まで我慢してたんだね」

 そういえば、久道は昼もステーキは避けて注文していた。江戸時代は食肉文化が一般的ではないという知識は、真希も学校で習った記憶がある。

「気づかなかったよ。ひーちゃん、ごめん。もっとさっぱりした物食べたいよね」

 米、味噌汁、煮物、魚、漬物。そういう和食に近いものが、この世界にもあるだろうか。

「いや、このパンは美味いと思うぞ。道中の汁物も普通に食せた」

 それだけだったのか。魔王を倒すより先に、久道が倒れてしまいそうだ。

 この宿の一階にある食堂は、洋風居酒屋な食事しかないらしい。何か食べられたらいいのだが。

「鶏肉くらいは食べたことあるんじゃない?」

 ナイフとフォークにも慣れない久道のために、寿明が煮込み料理から鶏を取り出して、味の濃い外側を切り取った。内側だけを久道の前に置いて勧める。

「喰わず嫌いはよくないぞ。食べてみろよ」

 ビールばかり飲んでいる耕造にも促されて、久道は不器用にフォークを肉に突き刺した。

「…………うむ。美味い、気がする」

「充分充分。食べられる物を増やしていこう。私もこんな料理は初めてだが、美味いものだね」

 明治には洋食が広がっていたのだろう。お坊ちゃん育ちの新右衛門はナイフを器用に使う。

「明日街を出たら、川に魚がいないか見てみようか」

「よいのか。時間が」

「ひーちゃんが倒れるよりはいいでしょ。いいよね?」

「問題無し」

「いいと思うよ」

「決まり」

 ジャパレンジャーがこのメンバーでよかった、と思いながら、真希はビールを口に運んだ。

 女の体力不足を気遣ってくれるし、病人が出たらすぐに休めるよう協力するし、食生活に困る仲間の食べられる物を探しに行こうとすぐに提案する。

「北村さん、けっこう飲めるほう? ワインみたいなのあるけど、飲んでみる?」

「飲む飲む」

「私も飲んでみようかな」

「俺も」

「拙者は」

「まあまあ。なんでも試してみなって」

「む」

リサーチ 情報を収集・分析する


コメディ…コメディ?笑いの割合ってどれくらい必要?

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