スペック
「おも」
「おまえの言葉は軽いな」
「ごめん、ちょっと実感湧かなくて」
「まあ俺も、北村が空気読まずに重いとか言わなきゃ、いちぞくろうとうろうとう? って言うとこだった」
「う、が一個多かったよ」
「まじか。いちぞくろとうろう」
「今度は足りないし多い」
「おぬしらは他人事か。このような事態になって困ることはないのか」
困らないわけがない。
真希は仕事があるし、耕造も新右衛門もそれは同じだろう。無断欠勤はクビ必至だ。寿明だって、大学が行方不明者の籍をいつまで置いておいてくれるか分からない。留年で済めば御の字だ。せっかく入学した医学部を除籍になれば、人生設計が狂ってしまう。
「考えたくないだけだ。せっかくマトモな仕事見つけたとこだったのに、また浮浪者に逆戻りしちまう」
耕造には頼れる家族がいないという話だった。戦後の日本には余裕がないだろう。仕事を失ったら詰むのだ。
「私もねえ。あまり長く行方をくらましていると、親父殿がキレて妻子ごと店を弟に任せてしまうだろうな」
新右衛門は骨肉の争いがあるお家か。帰ったら自分の妻の夫が弟になっていた、なんて笑えない。
「……そもそもさ」
「うお、寿明起きたのか」
「起きてたよ。半分くらいは。それぞれ、自分たちの時代に帰れるって思ってていいのかな。最速で魔王城に着いても一ヶ月後でしょ。すぐに魔王を倒せたとして、元の時代では同じだけ時間が経ってるのかな? 浦島太郎は困るんだよね」
「三百年後……!」
「も嫌だし、中途半端に二十年後とかだと、二十年も行方不明で歳を取らないまま戻ってきた、って騒ぎになったらどうすれば」
どれだけ苦労しても、一ヶ月で四十二歳に見えるまで老ける自信はない。
「……そのときはどこかの田舎町でふたりでひっそりと暮らす?」
夫婦設定を本当にするしかない。
「僕たちはその選択肢もあるけど、三人はひとりで生きていくの大変だろ」
「大変だな」
「やっぱり現実逃避するのは下策なんだよ。魔王城にある転移の魔法具の可能性を早く調べたい。えっと、なるはやで、だっけ」
「ですね。なるべく早く」
「なるはやで魔王を倒すことを真剣に考えるべきだと思う」
「だね」
「つーわけだから寿明、なるはやで回復しろ」
「ちょっぱやかな。ちょっぱやで治してよ」
「寝ておれ、寿明。背中は貸してやる」
「……おやすみなさーい」
城で聞いてきた歩いて一日、というのは、早足での計算だったらしい。
最初に目指す街は高い壁に囲まれており、日暮れ前に関所が閉じるとのことだ。陽が傾き始めてもそれらしきものは見えてこず、新右衛門が馬を走らせて偵察に行くことにした。
二時間ほどで戻ってきた彼によると、走れば間に合わないこともないかもしれない程度の距離がある、病人と女性に無理をさせて街に入っても宿を確保できる保証もなし、ここで野営の準備をするほうがいいだろう、とのことだった。
最低限野宿できるだけの準備はしてきている。
街から街までの距離は近いから、必要ないかもしれないが念の為、という話だったが、さっそく役に立った。
そこらへんで拾った長い木の枝を利用して、耕造が防水布でテントを作ってくれた。守られるのは上側だけという簡易テントだが、屋根がないよりはずっといい。
都会で暮らしていると忘れてしまうが、木の下にいると虫が落ちてくるのだ。
寿明がテントの下で横になっている間に食事作りをはじめる。
昼食に半分残して食べたパンだけでは、一日中歩き通した若者の腹は満たされない。
街道とほぼ並行に流れている川の存在は知らされている。持参した水が尽きてから一度、主に馬の給水のために利用したのと同じ川だ。そこから汲んできた水を利用してスープを作ろうとなった。
荷物にある干し肉と乾燥野菜を入れて茹でるだけ。塩気は干し肉の塩分で充分足りる。キャンプ飯らしい簡単調理だ。
「煮炊きくらい出来ねば寿明が困るぞ」
「おまえ女だろ。メシくらい作れるようになっとけよ」
久道と耕造が手際良く石を積み、集めた枯れ枝に火を点け、鍋の中味を用意していく。
真希はそれを、邪魔にならない位置に座って眺めていた。
「それ、あたしたちの時代では禁句です。女のくせに、って」
「仕方ない。北村さんは良家のお嬢さんなんでしょう」
「新さん、それ厭味? 外で料理する機会がないだけだよ。普通のキッチンと見慣れた食材があればご飯くらい作れます」
屋外で即席コンロを作ったり火打石で着火したり、干し肉を使うのも初めてなのだ。乾いた枝を拾い集める際にも、これ湿ってる、使えない、と文句ばかり言われた。
「ごめん、そういう時代なんだ。僕も同じレベル」
「別のところで役立てること探すから、お食事お恵みください」
「じゃあ食べ終わったら川に鍋洗いに行けよ」
「了解です」
「暗くなったら危ないよ。私も一緒に行こう」
馬を走らせて偵察に行くという真希にはできない一仕事をしてきた新右衛門の言葉に、耕造と久道が無言になった。彼らは黙って新右衛門を見て、次いでぐったりしている寿明を見てから、真希を見て最後に新右衛門に視線を戻した。
「「………………」」
「おや。心外な視線」
それからふたりは目線だけで会話をして、同時に溜め息をついた。
「…………拙者も行こう」
「めんどくせえ面子だなあ、おい」
「あたしは悪くなくない?」
耕造も悪くない。真希と寿明の関係、新右衛門の言動を鑑みて心配してくれただけだ。
だがそれは、真希が罵られる理由にはならない。女なのも彼らとここにいるのも、真希のせいではない。
「てめえの存在がいちば」
「耕造、それは理不尽が過ぎる言葉だ。とはいえ君たちの心配は妥当だな。原因である私がひとりで洗ってこよう」
耕造の言葉を遮ったのは、飄々とした態度の新右衛門だ。
彼は即席の仲間に悪者になってしまう台詞を言わせず、悪いのは自分の性質であると笑った。
「…………っ」
それまで口悪く言いたい放題だった耕造も、言ってはならないことを言いそうになったことをすぐに自覚した。
「そういうわけなんで、私も料理を手伝う能力はないが、お食事お恵みくださいませ」
「…………てめえは鍋洗ったこともねえんだろうが」
「ないねえ」
「……ボンボンめ。俺も行く。それでいいだろ」
耕造はあっさりと失言を返上してしまった。口は悪いが、やっぱり悪い人間ではない。
「あたしはタダ飯喰らいか」
少し気は咎めるが、現時点で出来ることが思いつかない。
「北村殿は構わんよ。男の足について歩くだけで大変であろう。今日はよう歩いた。食べ終わったら寿明の隣で寝るといい」
そう言って汁椀を渡してくれた久道には、一日中歩いた疲れは見えない。さすが剣術指南役。体力オバケだ。
途中休憩を申し出た時点では、彼基準では疲れるはずがない距離だったが、さすがに朝から日暮れまで歩き通すのは女には辛いことだと思い至ったのだろう。
雑務は体力のある自分が引き受ける、体力的にハンデのある女と病人は休んでよし、ということだ。
令和の時代であれば最高の夫になるに違いない考え方だ。
「ありがとう。ひーちゃん優しい。お義姉さんにもそうやってしてあげたら仲良くなれると思うよ」
「そうやって、とは」
「大変そうに見えたら助けてあげるの。重い物を運んだり、具合が悪いときには家事を代わってあげたり」
「ふむ。これまで気にしたことがなかったな。無事戻れたら心掛けよう」
「頑張って」
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