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ベストプラクティス

「ご迷惑おかけします……」

 前に座る男にべったり、は語弊があるか、ぐったりと寄り掛かりながら、寿明がつぶやく。

 最初の街、つまり城があるスタート地点に戻るのはもったいない、と考えてしまうほどには森の中をだいぶ進んでしまっている。与えられたざっくりとした地図の距離を比べてみれば多少遠い気はするが、予定していた次の街まで行ってしまったほうがいいだろう。そこで予定通り宿を取り寝台で寝かせたほうがいい。

 協議の結果そうなって、荷物持ちと化していた馬に久道が跨り、その後ろに寿明が乗ることになった。

 寿明と同じくらいの身長の騎士が甲冑を着て乗る軍馬だから大丈夫だろうという話だ。騎士と寿明の体重差推定二十キロ、甲冑三十キロ、計五十キロ。久道の体格なら大丈夫じゃないかな、と新右衛門がさらっと計算してくれた。

 最初は二十何貫やら言っていたが、真希が頼んだらキロに直してくれたのだ。優秀だ。

 北村さんは私と相乗りするかい、との再びのお誘いは、真希の足を心配してくれてのものだ。必然的に荷物持ちになってしまう耕造もそうすれば、と言ってはくれたが、さすがに申し訳ない。荷物はもう一頭の馬の背に預けて、三人はほぼ手ぶらで歩みを続ける。


「なに。困ったときはお互いさまだ」

「ひーちゃんかっこいい……。好きになっていい?」

 背中に張り付いた男にささやかれた久道が思い切り顔をしかめた。

「すまんが寿明。拙者、衆道はあまり」

「久道のそれはボケなのかマジなのか。分かりにくいぞ」

 久道の真面目なしかめっ面に、役回りが定着してきた耕造が突っ込む。

「む。戯言(ざれごと)であったか。寿明こそ分かりにくい」

「はっはあ。武士の間ではよくあった話だからね。三人の時代にはないのかな」

 先の時代の話はしない、という約束はしたが、この程度の雑談は許容範囲内だろう。

「いないわけじゃないよ。でも少数派かな」

 当事者よりも、(そういうのが好きな)女子のほうが多い気がする。真希もその世界を覗く機会があるというのはこの場では黙っていよう。

 あれっ。今気づいたけど、このひとたち妄想対象にぴったりじゃない? 

 長身メガネ。チャラい長身美形。口の悪いチビ。生真面目武士。

 ありだな。辛いときにはアレコレ考えて気を紛らわせよう。

「…………ああ。衆道ってそういう。ごめん、僕も違うんだ」

「話題についてくるのがおっせえよ。黙って寝てろ」

 口は悪いが、耕造は体調不良者に嫌な顔をしない。久道も新右衛門もだ。

 なんなら、早く言えよ、と考えてしまった真希が一番冷たいのかもしれない。ヒーラー違うんかい、的なことも言ってしまったし。反省しよう。

「……はーい」

「休憩短かったけど、北村さんは大丈夫かな」

「うん。靴擦れの手当てはできたからなんとか」

 城で持たされた救急セットをこんなことに使ってもよいものか、とは思った。が、正体不明の薬とわずかな包帯など、大怪我をすれば大して役に立ちそうもない。靴擦れの手当が精々だ。効能確認の目的も兼ねて傷薬を塗り、包帯を巻いてみた。

 足の痛みが軽減され、体調不良者を気遣って歩調が緩くなった今はさほど辛くはない。


「たくましいねえ。素晴らしい」

「うむ。おなごは頑強なほうが嫁ぎ先で喜ばれるぞ」

「旦那がコレだしな」

「……どうもひよわな夫です」

「黙ってひーちゃんに甘えてろ」

 設定を念押ししてくる寿明には呆れ顔しか見せるものがない。

「君たちはあれだね。ずいぶんと砕けたご夫婦なんだね」

「女房の尻に敷かれる旦那は、商家でも珍しくなかろう」

「そうだけどさ。私の知る夫婦とは違うなと思って」

「苗字呼びだしな」

 疑われている。というより、純粋に疑問に思われている。


「そもそも夫婦じゃないので。元同級生だから、昔の呼び方のままでいます」

 三人とも悪いひとには見えない。嘘をついたままなことに罪悪感が芽生えはじめてきた。だから真希は、嘘にならない言葉を選んで解説した。

「ああ。そういう感じか。元から知っている者同士で縁付くと、心安くていいよね」

 五人ともまだ二十二歳だ。真希の感覚では、結婚するにはまだ早い。

 夫婦設定を普通に受け入れている彼らの生きる時代では、二十二歳既婚は普通のことなのだろう。

「あれっ? みんな独身だと思い込んでたけど、もしかして結婚してたりするの?」

「してるよー。子どもはひとり」

「まじか。おまえそんな感じで親父なのか」

 耕造の感想は真希と同じだ。

「妾もひとり」

「うわあ」

 明治の大商人の息子なら、うわあ、なことでもないのだろうか。

 昨夜寿明が言っていた価値観の違い、とはこういうことも含まれていたのか。確かに目を離されたら、彼の懸念事項が起こる可能性はある。

 真希は紅一点だからといって、男たちが取り合いたくなるような女ではないという自意識がある。それと同時に普通の若い女、である自覚もあるから、愛人を囲うような男に暇潰しに手を出そうかなと考えられてしまうかもという警戒心は持ってしまうのだ。

「拙者は部屋住みの身なれば」

「でも剣術指南役でしょ。御役持ちの優秀な次男坊なら、婿入り先はあるんじゃないの?」

「さて。親も兄も同じことを言うておるが。兄にはまだ子もおらんし、どうだろうな」

 江戸時代の武士の次男以下の話だ。久道は、自分は跡継ぎ(あに)に万一のことがあった場合の予備として生きるのだと言っているのだろう。

 彼の結婚は他人次第。達観している。

「耕造はー?」

「俺が妻子持ちに見えるか」

「見えない」

 昭和の路地裏でふらふらしている悪ガキ、な印象だ。

「そういうことだ」


「ひーちゃんは江戸の生まれ? って話まで聞いたっけ。続きの話してよ」

ベストプラクティス 最も効果的・効率的とされる手法

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