第119話 氷狼の弓
ガサガサと音を立て、前方から大きな影が近付いてくる。
俺と風音さん、弓月の三人は戦闘準備を調えて待ち構える。
リヴィエラたち三人のエルフは、俺たちの背後へと逃げ込んだ。
木々の合間を縫ってこちらに向かってきた大きな影は、やがて俺たちの前にはっきりと姿を現す。
それは巨大な蜘蛛の姿をしたモンスターだった。
八本の節足を左右に開いた差し渡しは、三メートルをゆうに超える。
体色は黒で、大小八つある目はいずれも赤く光っていて──
というか、ありていに言って「デススパイダー」だった。
俺たちの世界のダンジョンの森林層で、さんざんお目にかかったモンスターである。
それが一体。
今となっては、取るに足らない相手だ。
「【モンスター鑑定】しても、普通にデススパイダーっすね」
「ねぇ大地くん。火垂ちゃんのアレを試すのにちょうどいい相手なんじゃない?」
「ですね。──弓月、いけるか?」
「もちろんっす。早く試したくてうずうずしてたっすよ」
「たたた、試すって何を!? あのモンスター、すごい速さで近付いてきているんだけど!?」
俺たちの背後に隠れたリヴィエラが、慌てた様子で声を震わせている。
まあ俺たちから見れば取るに足らない相手でも、「力」を持たない立場では怖いだろうな。
デススパイダーは八本脚を高速で動かして、俺たちのほうへと突撃してくる。
あと十秒と待たずに、こちらに接触するだろう。
「じゃ──行くっすよ」
それを迎え撃つ姿勢の弓月は、手にした「武器」を構えた。
いつもの杖ではない。
透き通ったアイスブルーの成りを持った「弓」だ。
フェンリルボウ。
第九層の秘密の小部屋──そこにあった宝箱から手に入った、効果未知数の特殊武器である。
未知の状況や危機的状況で、不確定要素の大きい武器をなるべく使いたくなかった。
だからこれまでお蔵入りになっていたが、そろそろ効果の検証をしようということで持ち出したのだ。
左手に弓を握った弓月は、右手で弦を引く。
その右手に矢は握られておらず、まったくの素手だ。
だが弓月が弦を引き絞ると、そこに青白い輝きを放つ「氷の矢」が現れた。
「凍てつけ──フェンリルアロー!」
弓月の右手が弦を手放すと、「矢」が放たれた。
キィィィンッという鋭い音ととも飛んだ氷の矢は、一瞬の後、デススパイダーの頭部に突き刺さった。
氷の矢が着弾した部位から、まるで氷の花が咲くかのように幾本もの氷柱が伸び──
次の瞬間には、デススパイダーは黒い靄となって消滅していた。
地面には、魔石が落ちる。
戦闘終了だ。
射撃姿勢をといた弓月が、釈然としない様子でつぶやく。
「うーん、一撃っすね。これじゃいまいち威力が分からないっす」
「だな。今の弓月の魔力だったら、デススパイダーは【ファイアボルト】でも一発撃破あるんじゃないか?」
「多分そーっすね。『フェンリルボウ』は一発撃つのにMP10点も使うから、もっと上の威力を期待したいところっすけど」
「それなりに強いモンスターを相手にして試さないと、威力の検証にはならないってことか」
「そうなるっすね」
というわけで、フェンリルボウの威力検証としては不十分ながらも、ひとまずデススパイダーの撃破には成功した。
その様子を見ていた三人のエルフたちは、「おーっ」と感嘆の声をあげ、パチパチと拍手をしていた。
障害にもならない障害を突破した俺たちは、さらに森の中を進んでいく。
するとしばらくの後、次なるモンスターに遭遇した。
それは体長三メートルにも及ぶ、巨大ゴリラ型モンスターだった。
ありていに言って「ミュータントエイプ」だ。
数は一体。
「あ、あれは……! 集落の熟練の戦士でも苦戦するほどの、凶悪なモンスターだったはず! ねぇダイチ、大丈夫なの!?」
「まあ、さっきのデススパイダーよりはかなり強いな。──弓月、今度こそちょうどいいんじゃないか?」
「そっすね。──いくっす、フェンリルアロー!」
──キィイインッ!
弓月の弓から放たれた氷の矢が、襲い来るミュータントエイプに突き刺さった。
それはデススパイダーのときと同様、命中部に氷の花を咲かせるが──
ミュータントエイプの胸部から伸びた幾本もの氷柱は、次の瞬間には跡形もなく砕け散った。
モンスターの巨体は大きく揺らぎながらも、ろくに勢いを緩めずに俺たちに襲い掛かってくる。
「あ、残ったっす。残りHP10っすね」
「へぇ。残ったにしても、結構なダメージを与えたもんだな」
ミュータントエイプの最大HPって、確か138とかだったと思うが。
さておき──
「風音さん、経験値もらっていいです?」
「どうぞ~。私はゴブリン退治のときに結構もらったし」
「それじゃ、遠慮なく──【ロックバレット】!」
俺が放った魔法の岩石弾が直撃すると、そのミュータントエイプも黒い靄となって消滅、魔石となった。
戦闘終了っと。
それを唖然とした様子で見るのは、リヴィエラたち三人のエルフだ。
「す、すごい……ダイチたちってひょっとして、『戦士』としても、ものすごく強いの?」
「いや、そんなでもないと思うぞ。25レベルの熟練者だったら、だいたいこんな感じなんじゃないか」
一応限界突破しているとはいえ、2レベル差ぐらいならまだ大差はないだろうしな。
まあ弓月の魔法火力がそもそも規格外という説はあるが。
それにしてもフェンリルボウ、大した威力だ。
見た感じ、あの氷の矢は魔法と似たような緩やかな誘導性も持っているようだ。
まさに強力な氷属性単体魔法そのものといった感じだな。
氷属性の攻撃魔法は本来、水魔法の使い手にしか使えないはずだから、まあまあのチート性能と言えるだろう。
ともあれミュータントエイプも倒した俺たちは、さらに森の中を進んでいく。
そうして昼時を少し過ぎた頃、俺たちはようやく、目的地であるエルフの集落へとたどり着いたのだった。
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